短編小説

 幼い頃、窓際社員と呼ばれるのが夢だった。
 適当に仕事をして適当にサボって、のんべんだらりと優雅に過ごしてリラックスしてお気楽に生きる。
 夢だった。夢だったのだが、何の因果か俺は真面目に仕事をし、残業を繰り返し、低い能力から仕事を溜め込みストレスに耐えかね窓から××××てしまった。
 深夜、締め切り前日、残業の中、仕事が終わらぬことを苦にした××。高層ビルだったのでひとたまりもない。
 しかし、事を起こす前に散々窓辺で逡巡したのが悪かったのか、どうも地縛されてしまったようだ。
 それをした窓の側で一人、スーツ姿でふよふよと浮遊し、誰にも気付かれることなく一日数日一週間一年。日は事も無く過ぎ。つまりこれは念願の窓際社員。
 困っているわけじゃないし、成仏したいとも思わない。ふよふよしてるだけで何もしなくていいお気楽な生活だ。俺と違って要領よく仕事し続ける元同僚や先輩たちを見ながら頑張ってるねえと思ってふよふよしてうとうとして、暖かい日光に当たったりしてひたすらのんびり。天国というものがあるのならこれがそうなのだろう。生前空回りし続けた俺へのご褒美だ。
「……あんた、誰ですか?」
 そんな平穏を打ち破る声。
「なんで浮いてるんですか?」
「シーッ声が大きい。やばいやつだと思われるぞ」
 俺は親切にも忠告してやる。見ない顔だった。どうやら新人だ。つまり俺のやっているのは新人指導。企業戦士だったころは自分のことで精一杯で、他人の面倒なんて見る余裕なかったから新鮮だ。
「魔法使いか何かが不法侵入したとかですか?」
「なんてファンタジーだよ。俺は地縛霊だ。一年前にこの窓から――だ。研修とかで聞いてないのか?」
「知りませんけど……」
 ひょっとしてみんな俺が××だことを隠してるのか? 俺はここから離れられないからテレビなんかも見られないし、俺のそれが世間でどう扱われたかなんかを知る余地もなかったけど。
「で、あんたは誰なんですか?」
「だから地縛霊だって」
「名前ですよ」
「あ、ええと、タムラだ」
「タムラさんね。俺は村山」
「村山……? えーと、よろしく?」
「よろしくお願いいたします」
 ぺこりと頭を下げる村山。
「バカ、危ない奴だと思われるって」
「いついかなる時も礼儀は必要ですから」
「お前結構頭固いって言われないか?」
「言われませんけど?」
 そしてそれから度々話しかけてくる村山に対応しているうちに俺と村山のわくわく会社ライフが始まってしまうのだが、それはまた別の話。


(つづかない)
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