短編小説

「力が……湧いてくる……おかしい……俺は図書館にいたと思ったのだが……」
 俺がぐるぐると考えていると、半透明の生物がこちらを見る。
「キィ」
「うわ……鳴いた」
「キィ」
「目ェ怖! こっち見ないで」
「キィ」
「そういえば帰り道ですれ違った人が力をやろうとか言ってたような……力か……パワー!」
「ハァイ」
「蟹!?」
「君の世界に蟹はいないがパワーによって現れた。ここは今から僕たちの管轄だ」
「管轄って?」
「わからなくてもいい」
「あれ……化け物がいない」
「あれはいなくなったよ。主の孤独が消えればあれも消えるようにできている」
「そんなものなのか?」
「そんなものなんだよ」
「へえ……」
「うん。ところで君、うどんを食べたまえ」
「謎のうどん推し! っていうかどこから出した!?」
「蟹パワーさ。君の力でブーストされた蟹パワーは無から有を作り出すことすら可能とする。フフ……楽しくなりそうだ」
「悪役みたいなこと言ってんな……」
「で、君は何を忘れたの?」
「え?」
「忘れたんでしょ?」
「何を?」
「忘れてないの?」
「わからなくてね……何が消えたのか忘れてしまった」
「ははあ」
「ははあ?」
「秘密にしておこう」
「はあ……」
「僕もその図書館には興味があるけど。でも蟹は基本不可侵。それにあの図書館に蟹を必要とするヒトはいないし」
「?」
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕は蟹。頼れる君のパートナーさ」
 謎の宣言から始まる生活にそれまでの嵐は上書きされて。これから何がどうなるのかなんて俺にはわかるはずもなかったけれど、呆れたように笑ったあの司書さんの期待を裏切るようなことにはおそらくならないのだろうなということだけはわかった。


(おわり)
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