短編小説

 一人の男と一匹の蟹が、仮装をして蟹商店街を歩いている。
 どこか慣れなさそうな男に対して蟹の方は楽しげにトリックオアトリート! と言い回っている。
「トリックオアトリート! 悪い子はいねがー!」
「あ、かにだ!」
「かにー!」
 子供たちが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「はーいトリックオアトリート! でも僕はトリックのネタがないからトリックはしない。お菓子をあげようね」
「やったー! かにありがとう!」
「ありがとう、かにー!」
「うんうん、元気で過ごしなよ」
 蟹はハサミを振って子供たちを見送る。それを見た男がお前子供に大人気だな、と呟いた。
「なんせ、蟹ですから」
「関係あるか?」
「今日はハロウィンだからね。ハロウィンはほら……魔のものがいっぱい出てくるでしょ? 蟹は魔のもの、って言うし」
「ああ、おばけ?」
「おばけっていうか、蟹は蟹であって特にカニだったとかそういうわけではないからね」
「違いがわからん」
「わからなくても大丈夫! 蟹はオンリーワンな存在ってことだけわかってればいいから」
「よくわからないオタクみたいなことを言い出した……」
「オタクじゃないです~蟹ですぅ」
「はいはい……」
「あ! 吸血鬼のお兄ちゃん!」
 仮装した子供が男を見つけ、てててと駆け寄ってくる。
「お兄さんっていうかもうそろそろおじさんだけどな」
「じゃあおじさん!」
「そこは嘘でもお兄さんって言って欲しかった」
「じゃあお兄さん!」
「もうどっちでもいいよ」
「どっちでもいいお兄ちゃん! トリックオアトリート!」
「はいはい、これ、チョコ」
 彼は持っていた籠から個包装のチョコレートを一つ出し、渡した。
「ありがとう! お返しにぶらうにーあげる!」
 子供も籠から個包装のブラウニーを出し、渡す。
「かにさんにもあげるね!」
「じゃあ僕も飴をあげよう」
「ありがとー!」
「いえいえ」
「じゃね!」
 駆けてゆく子供にハサミを振る蟹。男も小さく手を振った。
「……」
「……さて! そろそろ蟹神社でお祭りが始まるよ!」
「お祭り?」
「ハロウィンのお祭りさ! かがり火を焚くのさ!」
「神社なのに?」
「蟹神社だから。神社って言ってるけどただの公共施設であって宗教施設ではないから」
「そうなのか」
「そうなのです。ほら、行こう行こう!」
 蟹がてけてけと走って男の肩に乗る。
「なんで乗った?」
「その方が格好つかない? 仮装したパートナーと仮装した蟹のコンビだよ? ワンセットでしょ」
「ワンセットかあ……」
「なに~、不満?」
「別に」
 男は蟹を乗せたまま商店街を歩いてゆく。その先には赤い鳥居。
「蟹神社か……」
「蟹神社~! 出店もあるよ!」
「ま、せっかくだし楽しむか」
「その意気その意気!」
 ゆっくりと歩く一人と一匹が鳥居に消える。
 ハロウィンの夜が更けてゆく。


(Happy Hallowe'en!)
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