短編小説

 グラスを見ている。
 割れたグラス。
 割れたグラスは鋭くて、少しでも取り扱いを間違えれば指が切れてしまいそうだ。
 想像してしまって、胸の辺りがぞぞぞとしてくる。
 それなのに見ているのは、手持ち無沙汰だから。
 昨日机の上でグラスを割ってしまって、眠くて片付けるのが面倒だったから放置した。それを今朝起きて見ている。
 休日の朝、家事は昨日のうちに済ませてしまったし、朝食の洗い物も終わっている。趣味も特にないし、あっても気力がわくでもなし、こういう日は本当にやることがない。
 割れたグラスの片付けだけが残ったタスクなのであるが、面倒で。
 こうして日の光に照らされてちらつく破片をただ見ている。
 透き通ったガラスを美しいと思うこともできるし、割れていて恐ろしいと思うこともできる。二つは両立する。けれど、プラスマイナス両方の感情が心を占有しているのは少々疲れる。明るい気分でいればいいのか暗い気分でいればいいのかわからなくなってしまうからだ。
 物事はプラスかマイナス、白か黒のどちらかしかない、わけではない。それなら俺のこの気分も白黒両方あって、それを受け入れればいい。そういう意見もあるだろう。しかし、俺は灰色が苦手だ。許容できない、と言ってもいい。灰色を心にとどめることがどうしてもできなくて、振り回されてキャパオーバーしてしまう。
 俺の世界は白と黒だけでできている。常に常に判断し続けて生きている。それが普通なのか普通じゃないのかどうかはよくわからない。この際どうでもいい。問題なのは、白か黒かを常に判断し続けることは結構疲れるということだ。
 灰色を灰色のまま許容できるような心が欲しい。その方が絶対楽に生きられるに決まっている。……たぶん。しかし、灰色を灰色のまま許容できる人間がこの世界にいくらいるか、少数派だろう。数えたことはないが、たぶんそう。
 灰色を灰色のまま許容できる人間こそ「頭が良い」とされる人間なのだと思う。しかし残念ながら俺は頭が良くない。ゆえに永遠に灰色を許容できる人間にはなれないのかもしれない。でも夢想することくらいはいいだろうと思う。
 理想の人間。割れたグラスの片付けを後回しにし続けたり、それをぼんやり眺めながらつまらないことを延々考え続けたりせず、義務を着実にすぐこなし、迷わず、決断力があり、灰色を灰色のまま許容する心があり、頭が良くて……それは明らかに超人である。だが、そういう人間が実在することを俺は知っている。確実に在りはするのだ。なれるかどうかはともかく。できるならそういう人間に俺はなりたかった。
 絶望が降りてくる。こうなってくると、ガラスの綺麗さだとか怖さだとかはどうでもよくなってくる。絶望の前では全ての感情が等しく摩耗する。
 そうしてやっと俺は動けるようになった。新聞を取って、軍手をして、机の上の割れたグラスを片付けて。それをビニール袋に入れて部屋の隅へ。机に残った破片は掃除機で吸う。タスクは終了。
 これで本当にやることがなくなった。
 そう思うとなんだかどっと疲れてしまった。ただガラスを片付けただけなのに。
 ちょっとしたことでひどく疲れてしまうのも自分の嫌なところのひとつだ。
 絶望が馴染んで、とげとげの針山が胸の底にずっと広がっているような、そんな心持ち。疲労感がじわじわと滲みて、底に沈み続けた針山が身体の一部になってしまうような錯覚。
 のろのろとベッドに向かって、寝転がる。
 次に起きたとき、外はもう暗かった。
 カーテンを閉めることすら億劫で、俺はのろりと目を瞑り、もう一度布団を被った。


(おわり)
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