短編小説

「ハッピーハロウィン!」
「え?」
「ハロウィンだよハロウィン」
「テンション高いな」
 ハサミを振りながらはしゃぐ蟹を前に男はため息をつく。
「楽しみだったんでしょ?」
「なんでわかる……」
「なんてったって僕は君の蟹だからね! 蟹はパートナーのことは何でもわかるんだよ!」
「プライバシーはないのか……」
「あるよ、知られたくないことはわからない。でも君は……誰かとハロウィンをしたかったんだろう?」
「む」
 男は一寸沈黙をした。
「大丈夫、今年のハロウィンは僕がいるからね。仮装でもお菓子でも何でもありさ!」
「仮装なんて用意してないぞ」
「ここに蟹版ヴァンパイアなりきりセットがありまーす」
「蟹版?」
「まあ、普通のヴァンパイアなりきりセットなんですけどね」
「あ、そう……」
「人間の分も蟹の分もセットであるってこと」
「へえ……」
「蟹が生け贄役ね」
「!?」
「ヴァンパイアといえば生け贄の人間とセットでしょ。それを蟹がやるっていう倒錯したシチュエーションがなんたらかんたら」
「いや意味がわからない」
「まあ着て着て」
「めんどくさい……」
「じゃあ、ほい」
 蟹がハサミを振ると、ぽんという音を立てて男の服がヴァンパイア風のものに変わった。
「えっどういう」
「蟹パワー」
「こんなところで使うなよ」
「どうせ使うんなら楽しいことに使いたいでしょお~」
「それはそうだが……」
 よいしょよいしょとなりきりセットを着る蟹。
「自分の着替えはパワー使わないのか」
「気分」
「気分か……」
 蟹はすぐに着替え終わり、いつの間にやらテーブルの上に用意されていたお菓子のバスケットを持ち、さあ行こうと男を誘った。
「どこに?」
「蟹神社」
「へえ……」
「蟹パワーでドアトゥードアだから」
「マジか……」
 るんるんと蟹が先行し、ゆっくりと、だが少し軽めの足取りで男が後を追う。
 その姿がドアに消え、
 室内を月明かりが照らす。
 今日はハロウィン。

(おわり)
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