短編小説

 食卓。一人の人間と一匹の蟹が枝豆片手に飲んでいる。
「だから君さあ、その癖、昔あった、身内にしかわからない笑い話を他人にする癖絶対よくないと思う」
「はっきり言うねえ。でも意味がわかったら絶対面白いと思うんだよ」
「そういう話は身内でやってこそ真価を発揮するものだよ。ないのかい、身内で集まる機会は」
「うん……遠いし、連絡つかなくなった人もいるし……」
「ああ……」
「きっとみんな僕のことなんか忘れちゃってると思って……でも僕はみんなのことずっと覚えてたくて……それで……」
「重いなあ」
「ほんとは会いたいんだけどなあ……」
「いつか会えるでしょ」
「無責任なこと言うなあ」
「だってそういうものでしょ、人の縁って。まあ僕は蟹だけど」
「諦めきれないんだよ。連絡を断つなんて僕のことを嫌いになったんじゃないかって……あのときの言葉は嘘だったんじゃないかって疑ってしまうんだよ……そしたら僕は……」
「重症だなあ」
「だって僕は友達が少ないんだよ……」
「僕がいるだろう」
「でも今の僕を構成してるのは昔の友達で、君が支えているのはそういう僕なんだよ。昔の友達を信じられなくなったら僕は根底から変わってしまう」
「ははあ、だから蟹に選ばれたのか」
 蟹はぼそりと呟いた。
「何か言った?」
「いや。君がもし変わってしまっても、僕は君を嫌いにはならないよ」
「ほんとに?」
「本当だよ。君が世界に絶望して僕のことを憎んでも、僕は君を好きでいる」
「そう……?」
「そうさ」
「そっか……」
「大丈夫だよ。安心したまえ」
「うん……」
 一人と一匹の夜は更けていく。


(おわり)
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