『青服の日常』より

「失礼しまっす」
「ああ? ……アンノウンか」
「どもッス」
「うん!?」
 医務室の中央にあるのは何か四角いテーブルに布団? がついた物体。
「それは……何だ、ですか?」
「これかァ? コタツだってよ」
「コタツ?」
「東の国の文明の利器ッスよアンノウンさん!」
「通販で買ったけど置く場所ねェから置かせてくれって頼み込まれてなァ……」
「語弊があるッスよ! 絶対楽しいから一緒に入ろうって言ったんスよ!」
「同じじゃねェか」
「違います~表現が違います~」
「ああ……邪魔したな、俺はかえ」
「待った~~~待った待った」
「……何だ」
「アンノウンさんもどうスかコタツ!」
「いい」
「まあそう言わず」
「いいって」
「あったかいッスよ! 落ち着くッスよ! 心癒やされるッスよ!」
「心……癒やされる……?」
「そうッス! コタツの癒やし効果は東の国では有名ッスよ!」
「そうなのか?」
「そうッス」
「じゃあ入る」
「アンノウンお前なァ……」
「何ですか?」
「いや……お前らほんと仲良いよなァ……」
「え?」
「そうッスよ! 仲良しコンビッスからね!」
 バイヤーが肩を組む仕草をする。
「……」
 触れるか触れないかの絶妙な距離だ。これはいったい、というか近いんだが、いやバイヤーが近くても近くなくても特にどうということはないはずなのだがいかんせん俺はバイヤーのことが■■??? おかしい、何だったか。いや違う、俺は確かにバイヤーのことを、
 はー、とドクターが大きなため息をつく。
「胸焼けするから大概にしろよ。俺ァそんなに胃が強くないんだ」
「でもドクターとオレも仲良しコンビじゃないッスか」
「そうだったかー! そうだったなー!」
「ねー!」
「ねー! ……っていやオイ」
「んー?」
 にこにこしながらバイヤーがドクターを見る。
「……まあいい。いちいち言うのも面倒だし、私だってそんな親切じゃないしィ?」
 ドクターは両手を広げ、肩をすくめた。
「……ドクターは親切です」
「何だァアンノウン」
「俺なんかの話を親身になって聞いてくれる、いつも」
「仕事だ仕事! 誤解するんじゃない」
「それでも、俺なんかに優しくしてくれる人はみんな親切です」
「……あー」
 沈黙が落ちる。顔を顰めるドクター。目を細めるバイヤー。
 えっと、と俺。
「言わねェぞ。今日カウンセリングの予約は入ってないし私はそんな親切じゃねェ」
 コタツのテーブル部分に顎を乗せ、背中を丸めるドクター。
「アーこれはお籠もりモード入っちゃいましたね~」
「すんません……」
「いや謝ることでもないですし? アンノウンさんの自己評価が谷底なのはだいたいみんな知ってますし」
「俺の自己評価が谷底?」
 バイヤーが無言で頷く。
「そんな自覚はなかったけども」
 目を伏せる。ドクターの姿が見える。すうすうと規則正しい寝息。寝不足なのだろう。いつも目にクマできてるもんな。まあ俺が言えたことじゃないけど。そういえばドクターは自己評価が高いんだか低いんだかよくわからない。そもそもドクターは俺に内面を見せないし、外側から推察することしかできなくて、俺のドクター像は全てそんなで、それはバイヤーに対しても同じで、俺はバイヤーのことを■■だと思っているけどバイヤーも俺のことを■■と思ってくれているはず、そのはず、だから俺は、そう思わないと俺は、でも俺はバイヤーのことを■■じゃなくて、違う、俺は……俺は、わからない、楽になれるんならそれが一番いいと思って、だからこれは■で、
『本当に?』
 そうだ、
『自分に■■がない者は誰のことも■せない、それはあんたが一番よくわかってるんじゃないッスか?』
 ……そうかもしれない。そうかもしれない? 俺は、でも俺は誰も■そうとなんて、
『逃げるんスか?』
「俺は、」
「……ンさん、アンノウンさん!」
「うん?」
「一人でゾーン入らないでくださいよお。オレ放置かよ」
「ごめん」
「いいですけど……横にね、オレがいるんですよちゃんと」
「え、っと」
「ちゃんと見ろ」
「えっと?」
 近いんですが? 近いんですが? 何だこれは何、
「うるせェぞ馬鹿共、医務室で何してんだ。思春期のガキかよ」
「違います~大人です~」
 バイヤーが俺を固定したまま応える。
「おやおや、帰りが遅いから見に来てみれば。ふふふ」
「ナイト、いやこれは」
「何を焦ってるんスかアンノウンさん」
「仲良しさんですねえ。ドクターも可哀想に」
「ナイト、こいつら引き取ってけ。鬱陶しいにも程がある」
「仕事の連絡が入ってるんですよ、二人とも。会議室、鍵取っておきましたので」
「おーさすがナイトさんは用意がいいッスね!」
 バイヤーがコタツから立ち上がる。
 俺もコタツから抜けようとして、
「なんか寒くないか?」
「出た、コタツの魔力!」
「コタツの魔力?」
「コタツは人を逃さない魔力があるって噂があるんスよね」
「何それ怖い」
「さっさと出て行けアンノウン。俺ァ寝る」
「あっすいません、お騒がせしました」
 コタツから立ち上がり、医務室のドアを開ける。
 ドクターをちらりと見ると、丸まったままひらりと手を振っていた。
 俺はぺこりと頭を下げ。

 それから三人で打ち合わせをし、資料作りやら予行演習やら何やらした午後だったが特に何か変わったことが起こるでもなく、普通に時が過ぎて普通に家に帰って普通に俺は寝た。
 そう、寝た。
 珍しくすぐに。
 何の夢を見たかは覚えていない。

 今回はそんな話。
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