短編小説(2庫目)

 夜中。部屋。同居人がぽつりと呟く。
「お腹が空いた」
 君はいつもそうだなあ、と僕。
「お腹が空いたんだ」
「こんな夜中に食べると身体に悪いよ」
「何か食べたい」
 同居人はゆっくりと部屋を見回す。
「食べるものはないよ」
「空間の欠片でいいから」
「この部屋の空間は君がほとんど食べちゃったじゃあないか」
「じゃあ虚無を食べる」
「虚無なんか食べたらますますお腹が空かないか?」
「わからない、やってみないことには」
「じゃあやってみたまえ。責任は取らないからね」
 同居人は立ち上がり、虚無から虚無を一つ取って口に入れる。
「モグ……」
「どうだい、味は」
「悪くはない」
「でも、美味しくはない?」
「食べたことのない味がする」
「知らない味ってことか。僕も食べてみようかな」
「やめた方がいい、人間が食べるとお腹を壊す」
「人間じゃないんだけど」
「そうだった」
「裏側だよ」
「そうだった」
 僕は虚無から虚無を取ろうとして、すり抜ける。
「あ、駄目だね」
 もう一度取ろうとするが、すかすかと通り抜けてしまう。
「取れないか?」
「掴めない」
「裏側でも虚無は無理なのか」
「同質だからこそストッパーか何かがかかってるのかもね」
「裏側と虚無……同質」
「たぶんそうだ」
「虚無はいくら食べても無くならないから良い」
「案外食べすぎたら無くなるかもしれないぞ」
「どうだろう、やってみないことには」
「君はなんでもやってみる主義だねー。お腹壊さないのが不思議だよ」
「丈夫なので」
「まあそうだね。……僕は何か食べるものを買ってくるけど、何がいい?」
「一緒に行く」
「一緒に来るの?」
「一緒は楽しい」
「そうかあ……。じゃあ来るといい」
「うん」
 同居人は立ち上がり、ととと、と僕についてくる。
 月が出ていた。
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