『青服の日常』より

 一色に染まるのが怖い。
 だが、一色に染まれば忘れられるのだろうか。この絶望を。
 恐れて、押し込めて、そうしたら、灰色。
 こんな夜に暗い天井を眺めていつものように思考を回している。
 とてつもない空虚に気付いてしまった。
 それはいつものこと。
 最近なんだか調子がよかったから、絶望も地獄も忘れて生きていけるのかと思っていた。
 確かに空虚はあったが、以前よりは遥かに小さく、心の隅に引っかかった棘程度の威力のもの。
 身の内からわき起こる空虚とは無縁で、外部刺激によって引き起こされる憂鬱にだけ対処していればよかった。
 それがどうだ、この虚ろは。
 懐かしくもなんともない。ただただ空虚。
 結局俺はこの空虚を抱えたまま生きていくしかないのだろうか。埋まってもすぐに空いてしまう沼の上を。
 忘れてしまう。××も××も。
 ただの一般人だから、記憶力もよくないから、処理能力も低いから、新たな色を怖がって、後退して、沼に落ちてもがいている。
 色。
 そんなものは本当はなくて、あると信じているだけなのかもしれない。幻を怖がっているだけなのかもしれない。幻影を見て霧と戦っているのか、それなら俺は何を恐れているのか。ないものを恐れるのは底なしの空虚だ。自覚してしまうと更に加速するばかりだが、それでも、振り返ってみると、確かに霧はそこにあった。
 黄金の霧。
 走る紫電。感情がゆっくりと回り出す。
 染まっていく。灰色から青紫。
 穴が埋まる。空虚が霞む。
 それがまやかしでも、幻でも、安寧に繋がるのなら許してもいい気がした。
 平穏が消えてしまうのが、日常が変わってしまうのが、怖くても、恐ろしくても、今はただ底なしの空虚を抱え続けられるだけの強さがなくて。
 そうして染まっていく。
 名前のない彼のもしもの話。
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