短編小説

 禁教徒の村に住んでいるさあくはサボりがちな村人だ。村の者の中にはさあくを疎ましく思う者もいるが、博愛思想という皆の信じこんだ建前の恩恵でさあくもなんとか生きていくことができている。
 さあくにも人の役に立ちたいという気持ちはある。だが、つい、果てしない億劫さに負けてしまう。
 村の皆にも億劫さはあるだろう、とさあくは思う。しかし彼らはきっと鉄の意志の強さでそれに打ち勝っているのだろうとも。そうでなければ毎日ああも懸命に働ける理由がわからない。
 生活というものはさあくにとってはひどくぼんやりしており、分厚い膜を隔てた別の世界の出来事のように思われる。そういった感覚をいけないとは思っているのだが、脱せない。これは己の信仰が足りないせいだとさあくは信じている……信じたがっている。
 さあくに儀式の手順や聖典の登場人物の名を覚える気はないが、毎日の祈りだけは熱心にやっている。
 さあくの祈りは誰よりも長い。それだけはさあくが胸を張れるところであったが、本人は祈りの内容に集中しすぎて時間のことまで気にしている余裕がなかった。
 祈るならば、皆の救いを願わねばならない。自分一人のことを神に願うのはよくないことだ。さあくだってそれは知っている。だが、皆が救いを求めているのかどうかなんてことはさあくにはわからなかったし、何より不甲斐ない自分をなんとかしたい気持ちの方が強くて、しかし自分ではどうにもできなくて、祈るしか方法がなかった。だから、自分の祈りは不純だとさあくは思っていた。



 ある日、村に役人がやってきた。村人たちは祈りの道具を床下に隠し、さも普通の村であるかのように装った。
 さあくだけが役人が来たことに気付かず、部屋で祈り続けていた。
 さあくを見つけた役人は祈るさあくを見咎めて、
「お前は何をしているんだ」
 と訊いた。
 さあくは驚き、何も答えることができなかった。
「それは禁教の祈りだろう。俺は知っているんだ。一緒に来てもらおうか」
 さあくの同意を確認せずに役人はさあくを引っ張っていった。
 役人はさあくを馬に乗せ、山を越え谷を越え、そうしてたどり着いた詰め所の一室にさあくを押し込み、対峙した。
「お前が住んでいる村は禁教を信じているという噂がある。それは本当か?」
「い、いえ」
「嘘をつくとためにならんぞ。この道具を見ろ」
 役人はじゃらりと恐ろし気な器具を取り出した。
 自白しなければ器具を用いてさあくの身体を傷つけていく、と説明する役人。
「お前はあそこで何をしていた?」
 器具を構えながら役人が問う。
「……祈っておりました」
「禁教の祈りをか?」
「……」
「あの村は禁教徒の村だ。そうだろ?」
「い、いえ」
 役人が器具をさあくに近付ける。
「そうだろ」
 器具がさあくの指に触れた。ひやりとした感触に身体を震わせるさあく。
「禁教を信じるってどんな気持ちなんだ? あんないかれた宗教をさ」
「禁教など信じておりません」
「禁教徒は始め皆そう言うんだ」
「いいえ。確かに信じてはおりました」
「やっぱりな」
「けれど、それはふりをしていただけです」
「ほう?」
 役人は片眉を上げた。
「信じていれば、いつかいいことが起こると思えます。信じていなければ絶望するだけ」
「それで禁教を信じたのか? なぜ王を信じないんだ?」
「王を信じた方がいいというなら、信じます。私は祈る対象さえあればいいんです。王を信じた方がいいですか?」
「俺に訊かれてもな」
「王を信じた方がいいんですか。王はどんな人ですか? 王に祈れば救われますか?」
「お前は神を信じないのか?」
「神なんていてもいなくても同じです。ただ、信じてはいます。そっちの方が楽に生きられますから。でも信じるなと言われればいつでもやめますよ。代わりに信じるものさえ示してくれれば。私は王を信じた方がいいんですか?」
 役人は不快そうに顔を歪めた。さあくの目はぼんやりと曇り、虚ろな光を湛えている。
「お前の信仰心がカスだってことはわかった」
 吐き捨てるように言って、役人は器具を下ろす。
「改宗するんなら余ってる創世神話をやるから、さっさと出てけ。祈りたいなら向かいにある聖堂に」
「ありがとうございます」
「最後に一つ教えてくれ」
「何ですか?」
「あの村は禁教徒の村なのか?」
「違います」
「……そうか」



 さあくがいた村は、その後すぐに滅ぼされた。
 さあくはそのまま街の聖堂に入り、聖堂騎士団の手伝いをして過ごしている。
 サボり癖は治っていないが、王への祈りだけは熱心にするということで許されている節がある。
 祈りの時間は相変わらず長い。
 道の真ん中で立ち止まることが増えた。
 さあくの睡眠時間は、日に日に延びている。


(おわり)
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