短編小説

「好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い。あ、終わってしまった。だがお前のことは別に好きだからそう凹まなくてもいいぞ」
「じゃあなんで花占いなんてしてたんだよ」
「気分」
「はあ……」
 俺はため息をつき、自販機でこいつが当ててきたココアを飲んだ。
「うまいか?」
「甘い」
 遠くに目をやると、陸上部の奴が女子からチョコを渡されているのが見えた。
 あまり見るのも悪い気がして目を逸らす。
 チョコか。
「好き、嫌い、好き、嫌い、好き。ふむ」
 満足そうに息を吐く。俺はココアをまた一口飲む。
 温かい。
 最近寒い日が続くから、こういう缶飲料はありがたい。
 友人に目をやると、机の上に散らばった花びらを手で掃き寄せていた。
「花占いはもういいのか?」
「望みの結果が出たからな」
「そっか」
 友人は花びらを集め、透明なビニール袋にまとめて縛った。そして鞄に入れる。
「帰るのか」
「ああ」
 立ち上がる友人。まだ半分以上残っているココアの缶を片手に俺も立ち上がる。
 帰り道、言葉少なな友人を横目にココアをちびちび飲みながら歩く。
 あと一口というところまで飲んで、横断歩道に差し掛かる。信号は赤だ。
 なんとなく全部飲んでしまうのが惜しくて、無意味に両手で缶を持ってみたりする。
 ふと友人に目をやると、空を見上げていた。俺もつられて見上げる。青空に巻層雲が薄くわだかまっていた。
 信号が変わる。友人は空を見上げたまま。
 青だぞ、と促すと、ああ、と言って歩き出す。
 無言で渡り終えて、十字路まで。ここで俺たちの通学路は分かれる。
 友人が足を止める。
「今日はバレンタインだった」
「ん? そだな」
「ココアはそれだ。ハッピーバレンタイン。じゃあな」
 あ、と言う間もなく友人は足早に去ってゆく。
 角を曲がって、見えなくなった。
 しばらく立ち尽くしていた。
 遠く電車の音。
 一口だけ残していたココアをあおる。
 甘い。
 音は遠くなってゆき、完全に聞こえなくなった。


(おわり)
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