『青服の日常』より

 俺は跳び起きた。嫌な汗が背中を這っている。
 夢を見た。思考が塗りつぶされる夢。ただ一色の感情に支配される夢。
 それが何だったのかはもはや思い出せない。ただ、ひどく……恐ろしかった。自分が自分でなくなるのが。おかしくなるのが。日常が消えるのが。
 何を?
 それは。
 本当のことだったのだろうか。
 スマホが光っている。メッセージ、ロックを解除して、アプリケーションを開いて、差出人の名を見て、
 ――。――、
 めまいがする。
 あれは夢だ。夢のはず。残滓。
 消えてしまえ。消えてしまえ。
 俺は息を止め、ぐるぐると感情を回す。
 消えてしまえ、代謝しきって、なくなって、俺の中から消えてくれ。
 あれは夢だ。夢でしかない。だってそんなことは理不尽だ。俺は、俺は、
 ××。
 やめてくれ、来ないでくれ、侵食、侵食、塗りつぶされた思考が、世界が、
「アンノウンさん!」
 ……?
「職場で居眠りッスか?」
「ばいやー?」
「仮眠するならドクターんとこ行ったらどうスか? 机で寝たら身体痛くなるっしょ」
「……」
「おーい」
「……夢」
「夢?」
「見た」
「へえ。どんな夢だったんスか?」
「……思い出せない」
「思い出せないんかーい!」
「なんか……」
「なんか?」
「怖かったような気がする」
「アンノウンさんひょっとして怖がりさん?」
「怖がりさんじゃない」
「怖がってるじゃないスか」
「いや……」
「まあ、ここは安全スよ。オレはそんな戦闘力あるわけじゃないけど、今日はバロンさんとかいるし」
「……」
「……ほら」
「!?」
 ――、
 どこまでが夢だったのか。
「元気出してくださいよ、まああんたが落ち込んでるのはいつものことですけど」
「……ああ」
「医務室まで付き添いましょうか?」
「大丈夫」
 目、覚めたし、と付け加える。
「そりゃよかった」
 じゃ、と言ってバイヤーが手を振る。
 扉が閉まる。
 静けさ。
 まるで誰もいなかったかのようで、しかし、
 俺は頭に手をやる。
「……」
 ――、
 それは夢だ。
 回りかける思考に、感情に、見ないふりをして、スリープしていたPCを立ち上げた。
 今日もたぶん、平穏だ。
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