『青服の日常』より

「空虚」
「何スか?」
「いや……」
「アンノウンさんの鳴き声?」
「え、あ、そうだ、鳴き声だ」
「へえ……」
 俺はほっと息を吐いた、が、
「いや違うだろ」
「む」
「メンタル下がってんじゃないッスかぁ?」
「え……心配してくれるのか?」
「心配っていうか、明日任務一緒でしょ。調子崩されたら困りますし」
「なるほど」
「で」
「いや……特に何かあったわけじゃない。いつもこうだし」
「強がり~!」
「わかった、言う。今朝通勤のときに見た広告がメンタル相談ダイヤルのやつだったんだよ」
「それで自分と重ねて落ち込んだんスか?」
「いや……どうなんだろ」
 どうなんだろう。
 メンタル相談ダイヤル。いい噂もあれば悪い噂もある。人手不足なのに相談件数が多すぎてブラックだとか、つらさを軽視されミスマッチなコメントをされたとか、そもそもかけても繋がらないとか。
 藁にもすがる思いでかけた先で更にダメージを受け、孤独に押し潰されそうになる相談者。
 それを思うと心が痛んだというか、つまり俺のことではないから。
 と言うと、
「へえ……そうなんスね。まあ優しいんスね」
 と返された。
「優しいというか」
「繊細?」
「どうせガラスハートだよ俺は」
「ガラスハートなアンノウンさん……そのまますぎて何も言えないッス」
「そこはせめてツッコんで欲しかった」
「自虐ネタにツッコミ要求するって相当ハードル高いッスよ」
「すまん」
「素直か? やっぱ今日は調子悪そうッスね……」
「素直だから調子が悪いと判断されるのはいかがなものか」
「じゃあ何ッスか」
「お前が相手だから素直なんだとは判断しないのか」
「は?」
「うん?」
 俺今なんかまずいこと言ったか?
 言った?
 言ったような。
 うわ。
「忘れてくれ」
「ほら調子悪い~バグってるッスよアンノウンさん~」
「忘れてくれ…………」
「あーこれ別の方向で落ち込むやつ? アンノウンさん~~~~」
 その後バイヤーにあれこれ声をかけられ続け、正気に戻った時には空虚は消えていた。
 いいんだか悪いんだか、迷惑をかけてしまってすまんと言ったらあんたほんと馬鹿ッスね、××に迷惑とか何とかあんま考えなくてもいいんじゃないスか? と返され、よくわからなかったので聞き返したらもう一度「馬鹿」と言われてお菓子を渡された。
 東の国の黒飴。
 いつもお菓子を渡すのは俺の方なんだがな。
 よくわからない気持ち。
 でも、あまり悪いものではなかった。

 今回はそんな話。
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