夏だ! Wkumoみんみん祭・会場
地下。広々とした一室に豪奢な椅子が一つ。
紺色のマントを羽織ってかけるは片目が青の青年。
「我々はこの世界を『侵略』する」
側に控えていたタキシードの赤目の青年が顔を上げる。
「相変わらず素晴らしいアイディアです」
「そうだろう」
「やりましょう、そのために僕は全力を尽くすつもりです」
長めの沈黙が落ちる。
ややあって、
「おかしい」
とマントの青年。
「何がおかしいんです」
「何がおかしいかは……由良文也氏、君ならわかっていると思いますがね」
「西園寺照久。あんたも気が付いてないはずないって思ってましたけどね」
「様子を見るというのも時には大事だ。さて」
西園寺照久と呼ばれた青年は立ち上がり、マントを脱いで椅子にかけた。
「行くか」
「どこのクソ野郎が僕たちをこんなテンプレ世界に巻き込んだのかとかはどうでもいいですけど、こんな解釈僕は嫌いなんでさっさと出ましょ」
「気が合う~。運命かな? 私もそう思っていたところ」
「運命、当然なんだよなあってそんなわけないでしょ、ポエム警察来ちゃう前に行きますよ」
「あたぼうよ」
西園寺のマントの下は品の良い背広。立ち上がった由良文也の服装も一瞬ぼやけ、普通のカジュアルに変化する。
「こういう怪異は気付いてやるのが一番の対処法だなあ」
「あるあるですね、怪異あるある」
長い廊下をカツカツと歩く二人。
「よくわからない世界を目的もなく侵略するなんてこと照さんがするわけないんだよなぁ」
「あ、でも楽しければするかも」
「楽しいってのも一つの目的なんだよなぁってあんたわかっててそのコメントしたでしょ」
「ばれたか」
「異世界に来て気分がノってるのはわかるけどあんまりラスボスムーヴすると取り込まれますよ」
「ぎりぎりのところを攻めるのが悪役ってもんよ」
「趣味が悪いんだよなあ……」
地下から外に出る二人。太陽光が目を射す。
「うおっまぶしっ」
「来たか魔王!」
二人を待ち構えていたのは輪郭のぼやけた人型。
「お前を倒すために俺はここまで来た!」
「うわーいるんですよねこういうテンプレ。あるあるすぎて反吐出ちゃう」
「挑発はよくないぜ文氏。私たちに戦闘の意志はないって示さなきゃ」
「何をごちゃごちゃ言っている!」
「あのねぇ、私たちは魔王ではないんです」
「問答無用!」
斬りかかってくる「勇者」の攻撃をひらりとかわす西園寺。
「あぶ、あぶないんだよなあ!」
「照さん身体能力たかーい」
「明らか魔王補正なんだよなあ……」
「勇者さーん、僕たちほんとに戦う気ないですよっていうかまだ何もしてないし」
「嘘をつくな! 魔族特有の惑わしだ!」
そう吠えて、なおも襲いかかってこようとする「勇者」。
「えいっ」
西園寺が手をかざすと、勇者を取り囲むように大きな光の立方体が出現し、閉じ込める。
「照さんそれ何ですか?」
「できるかなーと思ってやったらできた、あんまりやると危なそうだけどね」
「致し方なしってとこですか」
「うん」
「魔界の魔法か! ここから出せ!」
「やだ。勇者こわいし」
「ふざけてるのか!」
「ふざけてなどいませんよ。ねえ勇者さん、私の話を聞く気はありませんか?」
「魔王の話など聞くわけがないだろう!」
「……この世界がまやかしだ、と言っても?」
西園寺が何もない空間に手を伸ばす。
何かを掴むような仕草。
手を引くと、ぺらり、と空間がめくれた。
「何だ、それは……」
驚愕する「勇者」。
「断言しよう、この世界は『上書きされたもの』だ」
「何を……」
「私たちは元々この世界の住人ではない。何者かが何らかの目的で、目的があるかどうかは定かではないが、私とこの男、由良文也をこの世界に閉じ込め、『魔王』と『その側近』に仕立て上げた」
「馬鹿な……」
「信じられないのも無理はない。『世界』の住人の君からすれば荒唐無稽な話であることも理解している。だが」
「だが、何だと言うんだ!」
西園寺が手を上げると、ぱらり、ぱらりと世界が剥がれ落ちる。その向こうに見えているのは、骨組み。
「君にも自我はあるはずだ。何がしたい、だとか、どうなりたい、だとか、それなりの理想だって。だから君はそうしているのだろう? それを。『世界』に踊らされたまま私に倒されて終わり、などというのは癪だとは思わないか?」
「……」
俯く「勇者」。
「……じゃあ、どうすればいい」
「どうすればいいと思う?」
「俺は……お前たちを倒すのは、なんだかよくない気がしてきた。お前、その力、間違いなく魔王だが……まだ何もしていない、というのは、確かにそうだし、そう考えてみると、俺は何をしていたのだろう、とか、思って」
ぼやけていた「勇者」の輪郭がじわり、じわり、と定まっていき、光の立方体で囲まれた中に、気の強そうな青年が現れる。
にぃ、と西園寺が笑った。
「上出来だ」
「照さん悪い顔~魔王じゃん」
「違いますぅ~三下悪役ですぅ~」
「謎の拘りイズユアーズ、勇者さんも仲間に加えたことですし、めでたしめでたしって思いたいけど戦いはたぶんこれからですね?」
「その通り。さあ勇者、君の剣を台座に刺しに行こうじゃないか」
「剣……? この伝説の剣をか?」
「魔王的に考えるとそれが鍵になってる。この事件の黒幕的なものがいるとして、そいつは元々あった世界に干渉してこの『世界』を仕立て上げている。しかしその剣の力までは封じられなかったようで……たぶんねそれ原作のキーアイテム。台座に刺すと何かこう、あれだよ、世界が安定するはず」
「台座……神殿の? だが神殿は……ここからだと数ヶ月はかかるぞ」
「そこは問題ない」
西園寺が手をすいと動かすと周囲の景色がぱ、と変わり、三人は石造りの建物の中に立っていた。
「ここは……神殿か? だが……おかしい……誰もいない」
「他の人間は『隠されて』いる。剣を刺せば戻るはずだ」
「……わかった」
勇者はゆっくりと台座まで歩いて行き、恐る恐る、剣を、
『――――』
「うわ!」
勇者が台座からはじき飛ばされる。だがかろうじて剣は持ったまま、
「何だ……!?」
神殿の空間がぺらりぺらりと「剥がれ」、「勇者パーティ」が現れる。
「僧侶……剣士……違うな、幻影……に『変えられて』いる……」
「勘がいいね勇者。しかし、やはり邪魔が入ったか。勇者、これは私たちが食い止める。君は剣を台座に刺すことだけ考えるんだ。文氏、勇者が剣を刺すまで私たちで食い止めるよ」
「言われなくても。最後の戦いですね。死ぬなよ」
「当然。三下魔王ですから」
「決まらねぇな~!」
「ふふふ」
西園寺が両手を広げると空中から闇の魔法球が現れ、「勇者パーティ」に襲いかかる。
魔法球が当たったパーティメンバーはたじろぐが、歩みを止めることはない。
「これなかなかにゾンビゲーでは?」
「襲われるの僕たちの方、ゾンビゲーですねぇ!」
由良がパーティメンバーの前に立ち、手を押し出すと、不可視の手が現れメンバーを押し戻す。
「照さん、壁!」
「よしきた」
西園寺が指を鳴らすと、広場で「勇者」と戦ったときと同じ、光の立方体の壁がパーティの周囲に出現する。
壁が狭まる。じたじたと暴れるパーティーメンバー。
「勇者!」
「わかってる!」
台座の前まで移動していた勇者が台座に剣を、刺した。
『――――!』
世界が振動する。剥がれていた空間がくるり、くるり、と反転していく。
と同時に薄れていく西園寺と由良の身体。
「あーこれ元の世界に戻る案件じゃない?」
「たぶんそうおそらくそう絶対にそう」
「勇者、君は誇ってもいい。君は……『世界を救』ったのだ」
にい、と笑う西園寺の姿が透け、手を振る由良の姿が透け、消える。
「……」
神殿に一人残された勇者。その背後から、
「あれ、勇者?」
「……僧侶!?」
「どこここ、神殿? なんか剣士さんも倒れてるし。何があったの」
「話せば長くなる。とりあえず剣士を起こそう」
「こら剣士、復活魔法かけちゃうぞ~起きろ」
「うわ~~~起きます!」
「さて――」
◆
「……む」
「はーやっぱいいっすね~娑婆は」
「まあまあ楽しかった気がする」
「僕は二度とごめんですよ……」
「文氏は楽しくなかった?」
「楽しいとかそういう問題じゃないでしょ、あんたがあんなことになるの、何度も見たいもんじゃない」
「はーそれはごめん、でも私はそんな気にしてない」
「……」
「文氏~?」
「22時じゃないですか?」
「はーうる氏待ちくたびれてますねぇ……謝罪と賠償を要求する」
「じゃないですよ、ヘッドセットつけて、PCはスペック高いからすぐ点くか、とりあえずディスコインだな?」
「謝罪の気持ちを込めウィザー召喚!」
「迷惑ムーヴやめろ」
「三下ですので」
――そんな日常。
(おわり)
紺色のマントを羽織ってかけるは片目が青の青年。
「我々はこの世界を『侵略』する」
側に控えていたタキシードの赤目の青年が顔を上げる。
「相変わらず素晴らしいアイディアです」
「そうだろう」
「やりましょう、そのために僕は全力を尽くすつもりです」
長めの沈黙が落ちる。
ややあって、
「おかしい」
とマントの青年。
「何がおかしいんです」
「何がおかしいかは……由良文也氏、君ならわかっていると思いますがね」
「西園寺照久。あんたも気が付いてないはずないって思ってましたけどね」
「様子を見るというのも時には大事だ。さて」
西園寺照久と呼ばれた青年は立ち上がり、マントを脱いで椅子にかけた。
「行くか」
「どこのクソ野郎が僕たちをこんなテンプレ世界に巻き込んだのかとかはどうでもいいですけど、こんな解釈僕は嫌いなんでさっさと出ましょ」
「気が合う~。運命かな? 私もそう思っていたところ」
「運命、当然なんだよなあってそんなわけないでしょ、ポエム警察来ちゃう前に行きますよ」
「あたぼうよ」
西園寺のマントの下は品の良い背広。立ち上がった由良文也の服装も一瞬ぼやけ、普通のカジュアルに変化する。
「こういう怪異は気付いてやるのが一番の対処法だなあ」
「あるあるですね、怪異あるある」
長い廊下をカツカツと歩く二人。
「よくわからない世界を目的もなく侵略するなんてこと照さんがするわけないんだよなぁ」
「あ、でも楽しければするかも」
「楽しいってのも一つの目的なんだよなぁってあんたわかっててそのコメントしたでしょ」
「ばれたか」
「異世界に来て気分がノってるのはわかるけどあんまりラスボスムーヴすると取り込まれますよ」
「ぎりぎりのところを攻めるのが悪役ってもんよ」
「趣味が悪いんだよなあ……」
地下から外に出る二人。太陽光が目を射す。
「うおっまぶしっ」
「来たか魔王!」
二人を待ち構えていたのは輪郭のぼやけた人型。
「お前を倒すために俺はここまで来た!」
「うわーいるんですよねこういうテンプレ。あるあるすぎて反吐出ちゃう」
「挑発はよくないぜ文氏。私たちに戦闘の意志はないって示さなきゃ」
「何をごちゃごちゃ言っている!」
「あのねぇ、私たちは魔王ではないんです」
「問答無用!」
斬りかかってくる「勇者」の攻撃をひらりとかわす西園寺。
「あぶ、あぶないんだよなあ!」
「照さん身体能力たかーい」
「明らか魔王補正なんだよなあ……」
「勇者さーん、僕たちほんとに戦う気ないですよっていうかまだ何もしてないし」
「嘘をつくな! 魔族特有の惑わしだ!」
そう吠えて、なおも襲いかかってこようとする「勇者」。
「えいっ」
西園寺が手をかざすと、勇者を取り囲むように大きな光の立方体が出現し、閉じ込める。
「照さんそれ何ですか?」
「できるかなーと思ってやったらできた、あんまりやると危なそうだけどね」
「致し方なしってとこですか」
「うん」
「魔界の魔法か! ここから出せ!」
「やだ。勇者こわいし」
「ふざけてるのか!」
「ふざけてなどいませんよ。ねえ勇者さん、私の話を聞く気はありませんか?」
「魔王の話など聞くわけがないだろう!」
「……この世界がまやかしだ、と言っても?」
西園寺が何もない空間に手を伸ばす。
何かを掴むような仕草。
手を引くと、ぺらり、と空間がめくれた。
「何だ、それは……」
驚愕する「勇者」。
「断言しよう、この世界は『上書きされたもの』だ」
「何を……」
「私たちは元々この世界の住人ではない。何者かが何らかの目的で、目的があるかどうかは定かではないが、私とこの男、由良文也をこの世界に閉じ込め、『魔王』と『その側近』に仕立て上げた」
「馬鹿な……」
「信じられないのも無理はない。『世界』の住人の君からすれば荒唐無稽な話であることも理解している。だが」
「だが、何だと言うんだ!」
西園寺が手を上げると、ぱらり、ぱらりと世界が剥がれ落ちる。その向こうに見えているのは、骨組み。
「君にも自我はあるはずだ。何がしたい、だとか、どうなりたい、だとか、それなりの理想だって。だから君はそうしているのだろう? それを。『世界』に踊らされたまま私に倒されて終わり、などというのは癪だとは思わないか?」
「……」
俯く「勇者」。
「……じゃあ、どうすればいい」
「どうすればいいと思う?」
「俺は……お前たちを倒すのは、なんだかよくない気がしてきた。お前、その力、間違いなく魔王だが……まだ何もしていない、というのは、確かにそうだし、そう考えてみると、俺は何をしていたのだろう、とか、思って」
ぼやけていた「勇者」の輪郭がじわり、じわり、と定まっていき、光の立方体で囲まれた中に、気の強そうな青年が現れる。
にぃ、と西園寺が笑った。
「上出来だ」
「照さん悪い顔~魔王じゃん」
「違いますぅ~三下悪役ですぅ~」
「謎の拘りイズユアーズ、勇者さんも仲間に加えたことですし、めでたしめでたしって思いたいけど戦いはたぶんこれからですね?」
「その通り。さあ勇者、君の剣を台座に刺しに行こうじゃないか」
「剣……? この伝説の剣をか?」
「魔王的に考えるとそれが鍵になってる。この事件の黒幕的なものがいるとして、そいつは元々あった世界に干渉してこの『世界』を仕立て上げている。しかしその剣の力までは封じられなかったようで……たぶんねそれ原作のキーアイテム。台座に刺すと何かこう、あれだよ、世界が安定するはず」
「台座……神殿の? だが神殿は……ここからだと数ヶ月はかかるぞ」
「そこは問題ない」
西園寺が手をすいと動かすと周囲の景色がぱ、と変わり、三人は石造りの建物の中に立っていた。
「ここは……神殿か? だが……おかしい……誰もいない」
「他の人間は『隠されて』いる。剣を刺せば戻るはずだ」
「……わかった」
勇者はゆっくりと台座まで歩いて行き、恐る恐る、剣を、
『――――』
「うわ!」
勇者が台座からはじき飛ばされる。だがかろうじて剣は持ったまま、
「何だ……!?」
神殿の空間がぺらりぺらりと「剥がれ」、「勇者パーティ」が現れる。
「僧侶……剣士……違うな、幻影……に『変えられて』いる……」
「勘がいいね勇者。しかし、やはり邪魔が入ったか。勇者、これは私たちが食い止める。君は剣を台座に刺すことだけ考えるんだ。文氏、勇者が剣を刺すまで私たちで食い止めるよ」
「言われなくても。最後の戦いですね。死ぬなよ」
「当然。三下魔王ですから」
「決まらねぇな~!」
「ふふふ」
西園寺が両手を広げると空中から闇の魔法球が現れ、「勇者パーティ」に襲いかかる。
魔法球が当たったパーティメンバーはたじろぐが、歩みを止めることはない。
「これなかなかにゾンビゲーでは?」
「襲われるの僕たちの方、ゾンビゲーですねぇ!」
由良がパーティメンバーの前に立ち、手を押し出すと、不可視の手が現れメンバーを押し戻す。
「照さん、壁!」
「よしきた」
西園寺が指を鳴らすと、広場で「勇者」と戦ったときと同じ、光の立方体の壁がパーティの周囲に出現する。
壁が狭まる。じたじたと暴れるパーティーメンバー。
「勇者!」
「わかってる!」
台座の前まで移動していた勇者が台座に剣を、刺した。
『――――!』
世界が振動する。剥がれていた空間がくるり、くるり、と反転していく。
と同時に薄れていく西園寺と由良の身体。
「あーこれ元の世界に戻る案件じゃない?」
「たぶんそうおそらくそう絶対にそう」
「勇者、君は誇ってもいい。君は……『世界を救』ったのだ」
にい、と笑う西園寺の姿が透け、手を振る由良の姿が透け、消える。
「……」
神殿に一人残された勇者。その背後から、
「あれ、勇者?」
「……僧侶!?」
「どこここ、神殿? なんか剣士さんも倒れてるし。何があったの」
「話せば長くなる。とりあえず剣士を起こそう」
「こら剣士、復活魔法かけちゃうぞ~起きろ」
「うわ~~~起きます!」
「さて――」
◆
「……む」
「はーやっぱいいっすね~娑婆は」
「まあまあ楽しかった気がする」
「僕は二度とごめんですよ……」
「文氏は楽しくなかった?」
「楽しいとかそういう問題じゃないでしょ、あんたがあんなことになるの、何度も見たいもんじゃない」
「はーそれはごめん、でも私はそんな気にしてない」
「……」
「文氏~?」
「22時じゃないですか?」
「はーうる氏待ちくたびれてますねぇ……謝罪と賠償を要求する」
「じゃないですよ、ヘッドセットつけて、PCはスペック高いからすぐ点くか、とりあえずディスコインだな?」
「謝罪の気持ちを込めウィザー召喚!」
「迷惑ムーヴやめろ」
「三下ですので」
――そんな日常。
(おわり)
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