夏だ! Wkumoみんみん祭・会場
蝉が鳴いている。
鳴いていない。
鳴いている。
本当は鳴いていない。長雨の影響か知らないが、例年なら蝉が鳴き始める季節になっても今年は蝉が一向に鳴かない。
鳴いているような気がするのは俺の頭の中、いや部屋の中、どちらなのだろうか。
蝉の声は嫌いじゃない。夏が来たという気にさせてくれる。
蝉の声が思考の邪魔をするという人もいるが、むしろ俺は蝉の声があった方が集中できるほどだ。
……いや、それは言いすぎた。蝉の声があってもなくても集中の度合いは変わらない。それが本当。
だが今年は蝉がいない。数日に一度、思い出したかのように鳴くだけで、あの大合唱がない。
道端に落ちているのは見るのだが、奴ら本当に鳴いているのだろうか。
それを確かめるために裏山へ出かけることにした。
裏山は小さい。すぐに登れてしまう。
裏山は私有地だ。本当は登ってはいけないことになっている。
そんな裏山。
登っても登っても草だらけ、全く手入れがされていないからだ。
俺は一旦撤退し、裏の倉庫から草かきハンマーを持って来てもう一度挑む。
蚊が多いので長袖も着込む。帽子も被る。タオルも巻く。
そうこうしているうちに重装備になり、とても裏山を登るだけとは思えぬ装備が出来上がる。
せっかくなので俺は道に出て、少し歩いたところにある山に登ろうと決意した。
少し歩いたところにある山までは少し歩く。
水筒にたっぷり水を入れ、少し歩いた。
長袖なので汗をかく。
相変わらず、蝉はない。
◆
少し歩いて、山につく。
山は、だが山というほどでもなく小さい。すぐに登れてしまう。30分もかからない。どうせならもっと遠くの山に行けばよかったかと考えたが、財布を持っていないのでそう遠くまでは行けない。
山に足を踏み入れる。山は観光地なので綺麗に舗装されている。
こんな重装備で来るんじゃなかったな。
でもそうだ、どうせならもっと面白い道から登ろう。
俺は山の裏道の登山道に足を向けた。
アップダウン、アップダウン。
服が汗を吸って重い。
水筒の水がなくなりそうだ。
道中の東屋に腰をかけたところで意識が落ちる。
あ、これはやばい。
蝉の声が聞こえた気がした。
◆
ひやりとしたものが顔に当たって、目が覚める。
「おじさん、大丈夫?」
「ここは……」
「山だけど」
「俺は……」
「そんな阿呆みたいな装備で山に来るとか大丈夫?」
「阿呆とは失礼な」
「ろくな熱中症対策もせず夏の山に来るのがどれだけ愚かなことか」
「あ、はい、すみません」
「僕がここを通り掛からなかったら大変なことになってたよ」
首やら脇やらに何やら冷たいものがあてがわれている。保冷剤か何かだろうか。
この少年がやってくれたのだとしたら、用意のいい少年だ。
「君は?」
「僕? 僕は――」
「え、なんて?」
「―—」
「わからん……」
「人間には発音できないからね」
「なんて?」
今のは二重の意味のなんて? だ。
「君は人間じゃないのか?」
「当然でしょ。こんな日にこんなところを通りがかる子供が人間だと思う方がどうかしてるよ」
「えー……」
「ほら、おじさんも食べなよロックアイス」
「ロックアイス!?」
大人になってからめっきり食べなくなったそれは……少年が持っている結露した何物か。
「身体を冷やしな、ほらほら」
「あ、ありがとう……」
よく見ると、俺の首やら脇やらに挟まっている冷たいものも……
「ロックアイスだ……」
「子供らしいでしょ?」
「ど、どうかな……?」
とりあえず上体を起こし、
「くらくらする」
「そりゃあまあそうだよ」
ロックアイスの蓋を開け、
「うまい」
うまかった。
俺はがつがつとロックアイスを食べた。ロックアイスってそういう食べ方するものじゃないだろというツッコミが入りそうだががつがつ食べた。
「ロックアイスってこんなにうまかったっけ……」
「暑いからおいしく感じるんじゃない? はい水」
「俺の水筒……」
「補充しておいたよ」
「あ、ありがとう……」
口をつける、と、
「水かこれ!?」
「ロックアイスを混ぜておきました~」
「けどうまい……」
うまかった。
「しかしどうして君はロックアイスにこんなに拘るんだ?」
「知りたい? 知りたい?」
にやあと笑う少年。
「知りたくなくもない」
「それはね……この形になって初めて買ったのがロックアイスだったからだよ!」
「買った!? 人外イズマネーイズどこ!?」
「え、支給されるでしょそりゃ」
「そういうものなの!?」
「そういうものだよ~おじさんはいい年なのに物を知らないね」
「おじさんって言うなよ俺はまだお兄さんだ」
「僕から見たらおじさんだよ」
「ぐっ……そもそも人外って長生きするんじゃないのか」
「どうかな、僕みたいなイレギュラーはわかんないよ蝉だし」
「蝉なの!?」
「蝉の余白」
「って何だ?」
「今年は蝉の声がないでしょ。いつもあるものがないと世界は歪むんだよ、その余白に生まれたのが僕ってわけ」
「解説をありがとうございます、で、そのヨハクくんは」
「ヨハクくんって何」
「君の名前」
「変な名前つけないでくれる?」
「でも本当の名前が発音できないんだから仕方ないだろ、俺蝉じゃないし」
「はあ」
「で、そのヨハクくんはロックアイスが好きと」
「そうだよ……ロックアイスおいしいでしょ」
「確かにうまい」
俺は自分の脇に挟んであったロックアイスを開封する。
「とけて……ない」
「蝉パワーでなんとかした」
「蝉パワーすごいな? ……うまい」
「君もロックアイスを気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
「いや俺子供の頃からロックアイス好きだし」
「でも最近は食べてなかったんでしょ」
「そうだが」
「僕のおかげだよ、感謝しなさい」
「ありがとうございます」
どっちにしてもこのヨハクくんは命の恩人なので、感謝はいくらでもしなければならない。
「そう、命の恩人だからね……レアだよ僕に命を救ってもらうなんて。二度とないと思いなよ」
「感謝します……」
感謝の歌を歌いたかったがまだそんな元気は戻っていないのでやめる。
「ヨハクくんは鳴かないのか?」
「ヨハクが鳴いたらヨハクじゃなくなる」
「そうなのか」
「僕が鳴くのは蝉の大合唱が戻ってきたときだよ」
「そうか、じゃあ当分聞けないな」
「……はあ」
「なんでため息つくんだよ」
「いや、君の考えてることを読んだ」
「勝手に読んだのか」
「顔に出てるんだよ……これから毎日ここに通ってくるつもりでしょ……」
「そうだが?」
「ドヤ顔しないで。暇なのはわかるけどそう簡単に僕と会えると思うな」
「え?」
途端、蝉が鳴く。
「……」
側にいたはずの少年はいなくなっていた。
「ヨハクくん……」
残されたのは大合唱。
◆
それから俺は毎日ロックアイスを買って山に登ったが、ヨハクくんと会うことはなかった。
毎日蝉が鳴いている。
夏が戻ってきたみたいに。
彼は何だったのかとかそういうことを考える気はない、そもそも正体自分で言ってたし。
いつ彼が現れてもいいように、ロックアイスは必ず二つ買っていく。
明日も。
(おわり)
鳴いていない。
鳴いている。
本当は鳴いていない。長雨の影響か知らないが、例年なら蝉が鳴き始める季節になっても今年は蝉が一向に鳴かない。
鳴いているような気がするのは俺の頭の中、いや部屋の中、どちらなのだろうか。
蝉の声は嫌いじゃない。夏が来たという気にさせてくれる。
蝉の声が思考の邪魔をするという人もいるが、むしろ俺は蝉の声があった方が集中できるほどだ。
……いや、それは言いすぎた。蝉の声があってもなくても集中の度合いは変わらない。それが本当。
だが今年は蝉がいない。数日に一度、思い出したかのように鳴くだけで、あの大合唱がない。
道端に落ちているのは見るのだが、奴ら本当に鳴いているのだろうか。
それを確かめるために裏山へ出かけることにした。
裏山は小さい。すぐに登れてしまう。
裏山は私有地だ。本当は登ってはいけないことになっている。
そんな裏山。
登っても登っても草だらけ、全く手入れがされていないからだ。
俺は一旦撤退し、裏の倉庫から草かきハンマーを持って来てもう一度挑む。
蚊が多いので長袖も着込む。帽子も被る。タオルも巻く。
そうこうしているうちに重装備になり、とても裏山を登るだけとは思えぬ装備が出来上がる。
せっかくなので俺は道に出て、少し歩いたところにある山に登ろうと決意した。
少し歩いたところにある山までは少し歩く。
水筒にたっぷり水を入れ、少し歩いた。
長袖なので汗をかく。
相変わらず、蝉はない。
◆
少し歩いて、山につく。
山は、だが山というほどでもなく小さい。すぐに登れてしまう。30分もかからない。どうせならもっと遠くの山に行けばよかったかと考えたが、財布を持っていないのでそう遠くまでは行けない。
山に足を踏み入れる。山は観光地なので綺麗に舗装されている。
こんな重装備で来るんじゃなかったな。
でもそうだ、どうせならもっと面白い道から登ろう。
俺は山の裏道の登山道に足を向けた。
アップダウン、アップダウン。
服が汗を吸って重い。
水筒の水がなくなりそうだ。
道中の東屋に腰をかけたところで意識が落ちる。
あ、これはやばい。
蝉の声が聞こえた気がした。
◆
ひやりとしたものが顔に当たって、目が覚める。
「おじさん、大丈夫?」
「ここは……」
「山だけど」
「俺は……」
「そんな阿呆みたいな装備で山に来るとか大丈夫?」
「阿呆とは失礼な」
「ろくな熱中症対策もせず夏の山に来るのがどれだけ愚かなことか」
「あ、はい、すみません」
「僕がここを通り掛からなかったら大変なことになってたよ」
首やら脇やらに何やら冷たいものがあてがわれている。保冷剤か何かだろうか。
この少年がやってくれたのだとしたら、用意のいい少年だ。
「君は?」
「僕? 僕は――」
「え、なんて?」
「―—」
「わからん……」
「人間には発音できないからね」
「なんて?」
今のは二重の意味のなんて? だ。
「君は人間じゃないのか?」
「当然でしょ。こんな日にこんなところを通りがかる子供が人間だと思う方がどうかしてるよ」
「えー……」
「ほら、おじさんも食べなよロックアイス」
「ロックアイス!?」
大人になってからめっきり食べなくなったそれは……少年が持っている結露した何物か。
「身体を冷やしな、ほらほら」
「あ、ありがとう……」
よく見ると、俺の首やら脇やらに挟まっている冷たいものも……
「ロックアイスだ……」
「子供らしいでしょ?」
「ど、どうかな……?」
とりあえず上体を起こし、
「くらくらする」
「そりゃあまあそうだよ」
ロックアイスの蓋を開け、
「うまい」
うまかった。
俺はがつがつとロックアイスを食べた。ロックアイスってそういう食べ方するものじゃないだろというツッコミが入りそうだががつがつ食べた。
「ロックアイスってこんなにうまかったっけ……」
「暑いからおいしく感じるんじゃない? はい水」
「俺の水筒……」
「補充しておいたよ」
「あ、ありがとう……」
口をつける、と、
「水かこれ!?」
「ロックアイスを混ぜておきました~」
「けどうまい……」
うまかった。
「しかしどうして君はロックアイスにこんなに拘るんだ?」
「知りたい? 知りたい?」
にやあと笑う少年。
「知りたくなくもない」
「それはね……この形になって初めて買ったのがロックアイスだったからだよ!」
「買った!? 人外イズマネーイズどこ!?」
「え、支給されるでしょそりゃ」
「そういうものなの!?」
「そういうものだよ~おじさんはいい年なのに物を知らないね」
「おじさんって言うなよ俺はまだお兄さんだ」
「僕から見たらおじさんだよ」
「ぐっ……そもそも人外って長生きするんじゃないのか」
「どうかな、僕みたいなイレギュラーはわかんないよ蝉だし」
「蝉なの!?」
「蝉の余白」
「って何だ?」
「今年は蝉の声がないでしょ。いつもあるものがないと世界は歪むんだよ、その余白に生まれたのが僕ってわけ」
「解説をありがとうございます、で、そのヨハクくんは」
「ヨハクくんって何」
「君の名前」
「変な名前つけないでくれる?」
「でも本当の名前が発音できないんだから仕方ないだろ、俺蝉じゃないし」
「はあ」
「で、そのヨハクくんはロックアイスが好きと」
「そうだよ……ロックアイスおいしいでしょ」
「確かにうまい」
俺は自分の脇に挟んであったロックアイスを開封する。
「とけて……ない」
「蝉パワーでなんとかした」
「蝉パワーすごいな? ……うまい」
「君もロックアイスを気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
「いや俺子供の頃からロックアイス好きだし」
「でも最近は食べてなかったんでしょ」
「そうだが」
「僕のおかげだよ、感謝しなさい」
「ありがとうございます」
どっちにしてもこのヨハクくんは命の恩人なので、感謝はいくらでもしなければならない。
「そう、命の恩人だからね……レアだよ僕に命を救ってもらうなんて。二度とないと思いなよ」
「感謝します……」
感謝の歌を歌いたかったがまだそんな元気は戻っていないのでやめる。
「ヨハクくんは鳴かないのか?」
「ヨハクが鳴いたらヨハクじゃなくなる」
「そうなのか」
「僕が鳴くのは蝉の大合唱が戻ってきたときだよ」
「そうか、じゃあ当分聞けないな」
「……はあ」
「なんでため息つくんだよ」
「いや、君の考えてることを読んだ」
「勝手に読んだのか」
「顔に出てるんだよ……これから毎日ここに通ってくるつもりでしょ……」
「そうだが?」
「ドヤ顔しないで。暇なのはわかるけどそう簡単に僕と会えると思うな」
「え?」
途端、蝉が鳴く。
「……」
側にいたはずの少年はいなくなっていた。
「ヨハクくん……」
残されたのは大合唱。
◆
それから俺は毎日ロックアイスを買って山に登ったが、ヨハクくんと会うことはなかった。
毎日蝉が鳴いている。
夏が戻ってきたみたいに。
彼は何だったのかとかそういうことを考える気はない、そもそも正体自分で言ってたし。
いつ彼が現れてもいいように、ロックアイスは必ず二つ買っていく。
明日も。
(おわり)
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