冴木宇田シリーズ

「かーっ帰ってきた帰ってきた、やっぱ家が一番落ち着くわぁ」
 ぴんぽーん。
「ん? 誰やこんな時期に」
 異星人が大好きな大学生、冴木優哉こと俺。正月休み、母親の実家に帰省していた俺は休み明け早々に下宿先のアパートへと戻ってきていた。
 ぴんぽん、
「はいはい、今出ますよって」
 普通に押された後遠慮がちに押されたチャイム。学生アパートとしてそこそこ古いこの物件にドアカメラなどという進歩した物品はついていない。音声のみのそのインターホンの応答ボタンを押すのが面倒で、俺は直接玄関に向かった。
「はーい誰かな」
「……」
「宇田じゃん!?」
「はい」
 ドアの前に立っていたのは俺の大学の同期、宇田だった。SF研の同期でもある。年末はこいつとクリスマス宅飲みをし、大いに盛り上がった。
「どしたんこんな正月に。あ、あけおめ」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
「フルで言ったな! 真面目か!」
「真面目ですよ」
「そ。で、どしたん?」
「え」
 宇田は目をぱし、と開け、一瞬固まった。
 宇田が自ら俺の家を訪ねてくることは珍しい。というか、訪ねてきたことはない。ほんまにどうしたんやろ。
「お正月から親友と会いたかったんか?」
「え、いや、ええと」
「っていうかお前、結構早くこっち帰ってきてるんやな。帰省で忙しいとか言ってなかった?」
「……」
「体調悪い? 大丈夫?」
「……初詣を」
「お、行く系? 一緒に行っちゃう系? ええんか?」
「いいんですか?」
「互いに聞き合ってどうすんねん。いいなら行くで、用意するわ。入って」
「え、それは」
「外寒いやろ。玄関なら多少はマシや。すまんなボロアパートで」
「ボロってことはないですけど」
「そこは『豪華な御殿ですよ』って言うとこやで」
「いや、それは言わないんじゃないですか?」
「冗談やで冗談。宇田には冗談も習得してもらわなな。ビシバシ鍛えたるから」
「いえ、結構です」
「つれない!」
 宇田を玄関に通し、中に上がってスマホと財布を鞄に入れ、ダウンを羽織り、
「はい、お待たせ」
「そう待ってはいません」
「はは。ありがとな。さ、行こ行こ」
 俺たちは玄関から出、鍵を閉め、スマホの地図アプリに「神社」と入力し、
「神社遠くない?」
「遠いですね」
「俺はいいけど宇田は大丈夫か? 体力使いきらへん?」
「大丈夫です」
「そうか? ならええねんけど」
「陸上部だからって走らないでくださいね」
「当たり前やろ! 一般人も着いていける速度で歩くで」
「一般人、ね」
「お前はスポーツマンじゃないからな」
「冴木くんはスポーツマンということですね」
「せやで。かっこいいスポーツマンやで」
「なるほど」
「頼む、ツッコんでくれ……」
「なんでやねん」
「なんやそのテンプレ」
「まあいいじゃないですか」
 てくてくと歩きながら俺たちはじゃれ合う。神社は遠い。本当に遠い。歩くと一時間はかかる。だが、神社を通る次のバスも一時間後なのだ。田舎だ。
「帰りはバス使お」
「そうですね」
 てくてくと歩く。
「正月何してた?」
「まあそう事もなく、帰省して色々と」
「親戚づきあいか」
「そんな感じです」
「宇田んとこは正月はみんな集まる感じ?」
「集まりましたね」
「へえ。きっちりしとるな」
「冴木くんのところは違うんですか」
「俺んとこは家族と祖父母と従妹くらいやな」
「そうなんですね」
「でも早めに帰ってきたんやな、宇田も」
「ええ、まあ」
「そんな早く帰って怒られへん? 俺は怒られた」
「怒られたのに帰ってきたんですか?」
「レポート終わってへんねん」
「ああ……」
「3つくらい放置してる」
「それはまずいですよ。初詣終わったら付き合うので一緒にやりましょう」
「えっ」
「えっ?」
「ええんか?」
「いや当たり前でしょう、親友なんですから」
「宇田~!」
「なんですか」
「お前も言うようになったな!」
「え? 親友ってそういうものでしょう?」
「素か~! 仲良し~!」
 俺は歩きながら宇田の手を取ってぶんぶんと振った。
 やめてください、と言われた。



 そんなこんなで俺たちは神社に着いた。
「広い!」
「広いですね」
「でもやっぱ人おるな~三が日よりはましなんやろうけど」
「そうですね」
 参拝の列に並ぶ。脇でおみくじや何やを売っている。
「おみくじも買いたい!」
「買うんですか?」
「お正月と言えばおみくじやろ! おみくじ買わずに新年は始まらぬ!」
「いやそんなことはないでしょう」
「宇田は買わんの?」
「ええと。どうやって買えばいいんですか?」
「もしかして買ったことない?」
「ええ」
「ないんか! 普通に並んでお金払って箱に手ぇ突っ込んで一つ取るだけやで」
「なるほど」
「後で一緒に買お」
「……はい」
 そんな会話をしているうちに順番が回ってきて、五円入れて鳴らして拝んで、列を離れると宇田は既におみくじコーナーの前で待っていた。
「早いな」
「そうですか?」
「何願ったん?」
「宇宙が平和になりますように」
「スケールでかっ!」
「初詣とはそういうものでしょう?」
「もっと個人的なこと願ってもええんやで?」
「個人的なこと?」
「おしるこ食べたいとか」
「そんなことでいいんですか?」
「いいんやで」
「へえ……」
 宇田がちら、と拝殿の方を振り返る。
「もっかい行っとく? 付き合うで」
「……はい」
 俺と宇田は列に並び直し、もう一度参拝し、今度は宇田の方が俺より長く拝んでいた。
「願えた?」
「はい」
「じゃあおみくじやな! お楽しみコ~ナ~!」
 宇田の腕を引きおみくじコーナーに向かう。
「おみくじ二つくださいな!」
「600円です」
「はい」
 財布から千円出して渡す。四百円のおつり。
「二つ買うんですか?」
「一つはお前のぶんやで」
「えっ」
「ほら、引いて引いて。後ろの人待ってるし」
 俺は適当に一つ取り、宇田に箱を譲った。
 宇田は少し迷い、そろそろと一つ取る。
「あっちの空いてるとこで見よ」
「そうですね」
 てくてくと移動し、人があまりいないところで立ち止まっておみくじを開く。
 大吉。
「っしゃあ!」
「大吉ですか?」
「もちろんや!」
「よかったですね」
「嬉しいわぁ。宇田はどうやったん?」
「僕は……」
 宇田の手元を覗き込む。
 凶。
「マジで?」
「マジです」
「じゃあこれあげるわ。交換しよ交換」
「交換?」
「お前が大吉ってことで」
「いやそれは駄目でしょう」
「ええんや。俺の人生基本いいことしかないし」
「前向きですね」
「それにどうせ結ぶんやし何引いても同じやで」
「結ぶ? ああ、おみくじ結び処ですか」
「おみくじ結び処?」
「引いたおみくじを結ぶところでしょう?」
「そんな名前ついてたんか、めっちゃそのままやな!」
「わかりやすい方がいいでしょう」
「せやけどぉ」
 おみくじ結び処まで行き、畳んで結ぶ。宇田はと見ると、何か苦心していた。
「あ、畳み方わからんのか。初めてやもんな」
 結んだおみくじを外し、開き、こうやってこうやでとやってみせる。
「こうやってこう……」
 やはり苦心している。
「宇田ってもしかして不器用?」
「そんなことはないですが……」
「手、ええか?」
「えっと」
「手重ねてやるやつ」
「いいですけど」
「こうやってこうやって、こうやってこうや」
「ありがとうございます」
「できたな。で、こうやって結ぶんや。くるっと」
「くるっと……」
「巻いて、端っこを通す」
「こうですか」
「できたやん!」
 宇田の肩をぱしぱし叩くとやめてください、と言われた。



 帰りのバスは比較的すぐに来た。
「そういえば冴木くん、今日関西弁きつくないですか?」
「実家帰ってたからな。移ったんやろ」
「移るもんなんですか」
「大阪弁は移るってよく言われるの知らん?」
「話者でも移るもんなんですね」
「そりゃあこっちで暮らしてたら俺も標準語移るし、お前が知ってるのはそういう俺なんだよ」
「そうだったんですか?」
「そうやで」
「へえ……」
「でもお前は俺の関西弁移らんのな」
「そうですね」
「染まらぬ者! かっこいいね!」
「はあ……」
「反応が冷たい!」
 徹頭徹尾標準語を崩さぬ宇田はたぶん東京育ちとかそういうのなのかなとか思いながらもそういえば俺は宇田がどこ出身なのか聞いたことがなかったななんて疑問を抱いたが、いきなりそういうことを聞くのも唐突でよくないかと思って後回しにした。



 それから俺の家に帰った俺は、宇田の監視のもとうんうん唸りながら夜までかかってなんとかレポートを完成させた。
「終わったー!」
「おめでとうございます」
「やったー! これで大学始まるまで遊んで暮らせる!」
「授業開始は明後日ですけどね」
「残酷な現実!」
「SF研の新年会も明後日ですよ」
「そうだった! やったー!」
 はしゃぐ俺。それを無表情で見つめる宇田。
 せめて何かツッコんでほしかった。
「宇田は今日泊まってく?」
「いえ」
「遠慮しなくてもええねんで。歯ブラシ余りあるし」
「……」
「男子会しよ男子会」
「……わかりました」
 実家から持って帰ってきた甘酒を飲みながら宇田とだらだらゲームや何やをし、いつの間にか寝落ちし、甘酒は新年会の二次会宅飲みに取っておけばよかったなと思いながらまだ半分残ってるからいいかと思いつつ目覚めたら宇田が朝食の準備をしていた。
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