冴木宇田シリーズ

「あああ、こたつはええなあ」
「優哉、こたつに入ってばっかりじゃなくて手伝いや」
「ええ、あとちょっと」
「あんたジョギング行くって言ってへんかった?」
「そうだ」
 がばり、とこたつから出る青年……冴木優哉は陸上部とSF研究会を兼部している一般的な地方大学の1年生である。
「お兄ちゃん、こたつから出るついでに三時間延長押して」
「しょうがないなあ。感謝しろよ」
 ぴ、とストーブのボタンを押す冴木。
「サンキュー」
 妹の声を尻目に冴木は荷物置き場になっている寝室へ向かう。
「さむ」
 年末。冴木一家は同じ府内にある祖父母の家に里帰りしてきていた。実家を離れて一人暮らししている冴木は帰省に重ねた里帰りである。
 里帰り中もジョギングができるようにと着替えに加えてジャージも持ってきていた。
「うわ、部屋の中やのに息白い。おかしいやろほんま」
 独り言を言いながらジャージに着替える。袖を通してチャックを閉めると、脱いだ服を畳んで隅に寄せた。
「よし」
 長い廊下を進んで玄関に向かい、靴を履いてとんとんとかかとを地につける。
 外に出ると、夜空に月が浮かんでいた。
 満天の星空を見上げながら、郊外だから空が綺麗だなあと思う冴木。彼は大阪の都会で生まれ育っているため、よく見える星空にはあまり馴染みがない。
「大学みたいだ」
 部活で夜に走るとき、冴木はよく星空を見上げながら走っていた。冴木のいる大学は大阪から遠く離れた県の田舎にあるため、夜はいつも星がよく見えるのだ。
「M42、ないな。プレアデス星団、ない。宇宙船は今日もなしか。でもいつ出てくるかわからんし、よく見とこ」
 誰もいないのをいいことに、異星人の船を探してから走り出した。
 畑を横目に田舎道を走る。踏み切りを抜けて、坂道を登る。
 しばらく走ると、丘の上に出た。
 冴木は立ち止まる。
 故郷ほどではないが、帰省で人の多い年末の町の明かりが一望できた。
「異星人……」
 この町のどこかに異星人が潜んでいるかもしれない。しかし、人の数も家の数も多すぎるため、それを見つけることはできない。そのことを思うと、冴木は少し悔しくなった。
「いいんだ別に。身近な異星人を探すし」
 そう言いながらも、空を見上げる冴木。あわよくば宇宙船が見えないかと期待しているのだ。
 白い息を吐きながら、冴木はしばらく空を見ていた。
「あ」
 流れ星が一つ流れる。
「あれが宇宙船だったらいいんやけど」
 冴木は流れた先をじっと見つめた。
「そう簡単にはいかへんもんやからな……」
 ポケットが震動し、冴木はスマートフォンを取り出した。
『そばの準備できてる 今どこ?』
 妹からのメッセージだ。
『休憩してた。戻ります』
 そう送ると、スマートフォンをポケットに戻し、名残惜しそうに空を一度見上げてからまた走り出した。
 帰りは商店街を通り抜けた。まだ残っているクリスマスのイルミネーションが点滅している。
 クリスマスか、と冴木は思った。
 異星にもクリスマスはあるのだろうか。聖人の誕生を祝うこと。親しい人に感謝を伝えること。そんな行事が。
 今年のクリスマスイブは宇田と二人で宅飲みをした。寝落ちして起きたらベッドにいて、一瞬夢かと思ったけどキッチンを見たら宇田が朝食の準備をしてたんだっけ。宇田がそういうことするのってなんか意外でびっくりしたな。
「うん?」
 おかしいな、異星のクリスマスのことを考えていたのに何で俺のクリスマスの話になるんだ。
 冴木はぶんぶんと頭を振った。
「お正月だよ。そばだよそば」
 思考をお正月に切り替える。
 冴木はそばが好きだ。もちろん、年越しそばも好きだ。母がそばアレルギーなので普段そばはあまり食べられないが、年越しの時だけは堂々と食べられるので冴木は年越しが好きだった。母はうどんを食べて、家族はそばを食べて。そうやって年が明けるのだ。
 畑の横を過ぎ、祖父母の家に着く。居間の方からは楽しそうな声が聞こえていた。
「ただいまあ」
「おかえり、早く着替えな、そばがのびちゃう」
「わかってる」
 いそいそと靴を脱ぎ、揃えると寝室に戻る。
 ジャージを洗濯籠に放り込み、畳んでいた服を着て、手洗いうがいをしてから居間に戻った。
「お兄ちゃん遅い」
「ごめんごめん」
 言いながら、こたつに滑り込む。
 家族が一堂に会して紅白歌合戦を見ていた。
 バンドがクリスマスの歌を歌っている。
 冴木はそばを食べながらスマートフォンのメッセージアプリを開いた。
『元気?』
 そう送る。送信相手は、宇田。
 返信はすぐに来た。
『急になんですか。僕だって帰省で忙しいんですよ』
『走ってたら宇田のこと思い出してな』
 次の返信までに、一曲分くらいの間が開いた。
『それはどうも』
 短いメッセージが返ってくる。
『今年はありがとな。お世話になりました』
『今年はお世話になりました』
 少し考えながら、そばを食べ進める。
 テレビでは「蛍の光」が歌われていた。
『来年も仲良くしてな。よいお年を』
 そう送った直後に、ゴーン、という音。11時45分からの「ゆく年くる年」が始まったのだ。
「あれ、夏美は?」
「寝た」
「ふうん」
 そう言って、そばのつゆを飲み干す。
 見回すと、家族は皆そばを食べ終えていた。
「俺、片付けるわ」
「珍し。明日は雪ちゃう?」
「お正月やし、雪くらい降るやろ」
「それもそうやな」
 冴木はこたつから出てそばの器を片付け、洗った。
 居間ではゆく年くる年が終わり、明けましておめでとうという声が聞こえてくる。
 洗い物の手を止め、宇田にメッセージを送った。
『あけおめ。今年もよろしくな』
 返信はすぐに来た。
『明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします』
『いい年になるとええな』
『そうですね』
 スマートフォンをしまい、皿を籠に伏せる。
 いい年になるといい。
 そう思った。


(つづく)
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