長編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話番外編3話、完結済)

「亀よ、君は戦えるのかね?」
 南の封鎖点の情報を集めるために南下している道中、神父が訊いてきた。
「戦えるか、ですか」
 北の避難民村跡の探索時、向かってくるゾンビは神父がやっつけてくれていた。僕はほぼ何もしていない。だから、神父の疑問はもっともだ。
「そもそも、戦ったことはあるのかね?」
「……一度だけ」
 もう随分と昔のことのように感じられるが、スーパーの古着屋で『バット(炎)』(安易な名前だ)を持ったゾンビと戦った。あの時は超至近距離で逃げられない感じだったのでやむなくだったが。
「どのように倒したのかね?」
「なんというか、事故みたいな感じでした。甲羅から相手に向かってこけてしまって、その結果、みたいな……」
「甲羅が武器になった、ということか」
「そうなりますね。甲羅が相手に当たって、当たった箇所が消えて、それが決定打になったみたいだったので」
「ふむ」
「あ……今思いついたんですけど、甲羅でプレスしたらゾンビ倒せるんじゃないですかね?」
 名案だと自分でも思った。神父はまた、ふむ、と言った。
「では、次にゾンビと戦うことになったときにでも試してみたまえ」
「そうします」

 機会は思ったより早く訪れた。
「いすぎですよ、これ!」
 僕たちは少し南下した街に入り、ビルを探索していた。
 最上階への階段の途中で、下の階からゾンビの大群が上がってきたのだ。
「初戦がこれってちょっと特殊ですって!」
 大量のゾンビにどう攻撃したものか判断がつかず、おろおろ逃げ惑う僕。
「甲羅プレスをするのではなかったのか?」
 神父は消火栓の上に立ってこちらを眺めている。
「いやそう言ってましたけど! 見てないで助けてくださいよ!」
「今はまだそのときでない」
「いやいやそのときですよ! っと、あぶなっ」
 正面から噛みついてきたゾンビをかわす。
「よそ見している場合ではないぞ。戦うのだ」
  僕は攻撃を避けながらゾンビたちを眺めた。動き自体はゆっくりしている。が、数のせいか隙が見えない。あちらのゾンビに隙ができてもこちらのゾンビが襲ってくる、という具合だ。
 困ったな……。このまま避け続けても体力を消費するだけだ。ここは覚悟を決めて甲羅プレスした方がいいんだろうか。いいんだろうな。
 そんなことを考えている間に壁際へと追いつめられてしまった。
 ええいままよ!
「えいっ」
 ジャンプ、甲羅プレス。
 3体ほど巻き込めた。のはいいのだが、起き上がろうとしている間にゾンビがわらわら寄ってくる。
 なんとか起き上がり、再度ジャンプ、甲羅プレス。
 今度は5体ほど巻き込めた。
 起き上がりからのジャンプ、甲羅プレス。4体。
 いいペースだが、そろそろ息切れが激しくなってきた。
 起き上がりが遅れる。駄目だ、四方からゾンビが。間に合わない……
「哈ッ」
「えっ」
 強い衝撃とともに僕の身体が宙に跳び上がった。横回転しながら数秒間対空し、少し離れたところに甲羅から着地。
 地面が凹む感触があった。
 くらくらする頭を押さえて階段の方を見ると、神父が掌底でゾンビたちを吹き飛ばしていた。
 蹴り。掌底。裏拳。様々な箇所を破壊され、消えてゆくゾンビ。

 僕が立ち上がった頃にはもうゾンビは残っていなかった。
 服の埃をはらった神父がこちらに歩いてくる。その顔には何の表情も浮かんでいない。
「すみません、僕……途中で……」
「やればできるではないか」
 神父が僕の肩をぽんと叩いた。彼の口角は少し上がっている。
 これは褒められているのだろうか。
「自ら攻撃することを覚えたのは収穫だろう?」
「追いつめられてようやくという感じでしたが」
「かまわん。繰り返すうちに慣れるだろう」
「そうですかね……繰り返す?」
 追いつめられる状況を繰り返す、ということだろうか。それはつまり……
「基本的に、私は今後戦闘に手を出さん。君は能動的な攻撃を覚えることだ」
「ああやっぱり……」
 僕は下を向いた。
「だが訓練は必要だな」
「訓練?」
 見上げると、神父は腕組みをしていた。
「そうだ。甲羅プレスを使ってみて、問題点はなかったか?」
「ええと……」
 先ほどの戦いを思い返す。プレス後の起き上がりがだんだん遅れていき、最終的に攻撃されたこと。起き上がりが遅れていったのは動きに体力が追いつかなかったからだ。
「問題点は体力がないこと、でしょうか。だから体力をつければ……」
「違うな。体力などすぐにつくものではない」
 僕の案は即座に否定された。確かに今から体力づくりを始めても、次の戦闘までに間に合わないとは思う。
「亀よ。もっと根本的な問題だ」
 根本的な問題? 僕は懸命に考えた。
「起き上がりが遅れる……それをなくす……そうだ、起き上がらなくてもよくすれば」
「左様。そのためには?」
「プレス状態のまま攻撃できればいい……」
「ご名答。訓練したいか?」
「したいです」
「ではまず腹ごしらえだ」
 いつの間に取り出したのか、携帯食料を手に持っていた神父がそれを僕に押し付けた。
「ありがとうございます、でもいったん外に出た方がいいのでは?」
「なぜかな?」
「ここにいるとまたゾンビが襲ってくるかもしれないので……」
「ああ、それは心配ない」
「なんで言い切れるんですか」
「近付いてきたら教えてあげよう」
「すごい、気配がわかるとかですね?」
「そうだ。カンフーはすごい」
「カンフーはすごい」
 その後ゾンビが再び襲ってくることはなく、僕たちは無事に携帯食料を食べ終えることができたのだった。

 秋の日が差していた。
8/29ページ
スキ