長編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話番外編3話、完結済)
村では数人の人間が僕と記者さんを出迎えた。ここは北の避難民の村であっているかと記者さんが問うと、村人は肯定した。
「何の用かな、避難民ならいつでも歓迎だけど」
「私は外から来た記者です。この子は避難民です」
「記者さんか。外から来たなら色々と頼みたいことがある。しばらく滞在してくれるんだろう?」
「もちろん」
「じゃ、こちらへ」
記者さんは村人に案内され、村の奥に向かっていった。
「僕は安全なところを探して来たんです」
「そりゃあここだよ。北部ではこの村が一番安全だ。君、見たところ、亀だろう。大丈夫、この村には亀もいるから安心するといい」
「本当ですか!」
仲間がいるなら安心だ。
「ああ。この時間帯なら食堂にいるはずだ。案内してあげるよ」
「ありがとうございます」
「彼女がそうだ」
「え? でも甲羅が……」
亀だと紹介された人は、甲羅を背負っていなかった。かといって、付近にありそうな様子でもない。
「甲羅は外してるのよ。邪魔になるから」
甲羅が邪魔? 変わったことを言う亀の人だ。食べるときだけ外しているということだろうか。
「あなた、新入り? 亀なのね」
「ええ。よろしくお願いします」
「よろしく。私はA亀」
僕はA亀さんと握手をした。
「A亀さんは午後から見回りなんだ。君も村を確認がてら、ついていくといい。そうだ、君、昼食は食べたのかな?」
「車の中で食べました」
「それならいい」
「はい。ありがとうございます」
「A亀さん、この子をよろしく」
A亀さんは頷くと、自分の分の食器が載ったトレーを持って席を立った。
「じゃ、行くからついてきて」
「はい」
出口の側の返却口にトレーを置き、A亀さんは引き戸を開ける。僕はそれに続いて外に出た。
A亀さんはすたすたと歩き、少し離れた場所にあるプレハブ小屋に入った。
僕もおそるおそる中に入る。
「お邪魔します……」
中にはベッドや小さな棚などがあり、ベッドの下には甲羅があった。甲羅があるということは、ここがA亀さんの家なのだろうか。
「ここってA亀さんのおうちですか?」
「そうよ」
A亀さんは短く答え、壁にかかっていた銃を取った。
「じゅ、銃があるんですね……」
銃にはゴシック体で『ライフル』と書いてあった。
「武器がないとゾンビどもに立ち向かえないからよ」
「そうなんですね……」
「持ってみる?」
「え」
「はい」
A亀さんは僕にライフルを手渡してきた。こわごわ受け取る。
ライフルはずしりと重かった。これが銃というものか。こんなに重いんなら、使いこなすにはそれなりに時間がかかりそうだ。
「ありがとうございます」
僕はA亀さんにライフルを返した。
A亀さんはライフルを受け取ると、そのまま外へ出た。
「あれ? 甲羅は背負われないんですか」
「さっきも言ったでしょ、邪魔になるって。あなたも今回はつけてていいけど、徐々に外す練習をしていってもらうから」
外す練習? 確かに甲羅は人間用の設備を利用したりするときに邪魔になることもあるけど、武器にもなるし、身も守れるし、何より亀の身体の一部だ。外したままそれを放置して行動するなんて考えられない。
僕がぐるぐる思考していると、A亀さんはさっさと出て行ってしまった。慌てて後を追いかける。
先を行くA亀さんに追いつくと、ぼうっとしてちゃ駄目よ、と叱られた。
僕のこの気にかかった事に集中してしまう性格は今の危険な世界には向いてないよなあ、と思う。じゃあどうすればいいんだろうと考えたが、気を付けていくしかないという結論にしかならず、少々落ち込んだ。気を付けて直るものであれば、僕は……
僕ははっとした。また考え事に集中しかけていた。そっと前を見ると、A亀さんは僕が考え事をしていたことに気付いていないようだった。
午後はずっとA亀さんについて村の中と外周を回った。幸運なことに、ゾンビには一度も遭遇しなかった。
「この辺りはゾンビが少ないのよ。ここに村を作ったのにはそれもあったらしいわよ」
「へえ……それじゃ安心ですね。僕の大学みたいにゾンビの大群に攻められたりしないのはいい」
「そこから来た人もいるわね。戦いが少なくて楽だって毎日言ってるわ」
「そうなんですね……」
「おう、帰ってきたか」
畑の方から声をかけられる。見ると、お昼に案内してくれた村の人がこちらに手を振っていた。
「どうも……」
「どうだった?」
「結構広い村なんですね。ゾンビが少ないというのも安心です」
「ああ。いい村だろ」
「ええ。僕が亀でもみなさん優しく声をかけてくださって、ありがたいです」
「うちは避難民であればみんな仲間、って方針でやってるんだ。差別はなし」
「へえ……」
「ただ、ずっと一緒にやっていくつもりなら甲羅は外してもらわないといけないな」
「えっ」
この人からも甲羅を外す話が出た。
「そうね。甲羅を外さないことには始まらないわ」
A亀さんも同意する。
「ど、どういうことですか……?」
「こんなものをつけていたら、動きにくくて仕方がないでしょう。いつ敵が攻めてくるかわからないのに、甲羅なんか背負ってちゃ駄目よ」
「でも、亀は甲羅を背負うものですよ」
A亀さんはため息をついた。
「自分が亀だってことにこだわってちゃだめよ。人間に馴染む努力をしないと」
「努力……? 亀が、人間に馴染む努力をするんですか?」
そうよ、とA亀さん。
「亀であっても人間に馴染む努力をすることで人間の仲間に入れてもらえるのよ」
「そうなんですか……? ただこれまで生きてきた中でも努力してきましたけど、無理でしたよ。それは、僕が亀だったからで……」
「それは努力が足りないの。自分が亀ということに甘えて努力の量が少なかったんじゃない? あるわよね、そういうこと」
「亀……僕は……」
「まあまあA亀さん、その辺にしてやって」
村の人が割って入る。
「この亀くんも周囲に合わせることの大事さはわかっているだろうから。一人の足並みが乱れると全員に害が行く。コミュニティに害をなす者を置いておくわけにはいかない。それはわかるよね?」
村の人は僕の顔をじっと見た。
「は、はい……」
「甲羅、外してくれるよね?」
「えっと……」
甲羅を外す。外すとまたあの不安と戦わなければいけない。そうだ、A亀さんはそれとどう戦っているのだろう。
「A亀さんは、甲羅を外しても苦しくないんですか?」
「最初はつらかったけど、だんだん何も感じなくなったわ。普段は自分が亀だってことも忘れているくらい。忘れた方がいいのよ、亀だってことなんか。自分が亀だってことを覚えていたって、あなたは言い訳に使うだけでしょ」
うんうん、と頷く村の人。
「それで、君は甲羅を外すの? 外さないで村から出ていくの?」
僕は一歩後ずさった。いずれ何も感じなくなるとはいえ、甲羅を外すのはやっぱり怖い。それに、僕は自分が亀であることを忘れたくなんかなかった。忘れてしまえば、理由がなくなってしまう。僕は人間ではないのだから。
「すみません……僕、やっぱり旅を続けます」
「残念だよ。じゃあ、陽が落ちるまでに村を出て行ってくれ」
「はい……」
僕は力なく頷いた。
出て行く前に記者さんには一言言っておこうと思ったが、忙しいのか見つからなかった。
僕は諦めて、村の外に出た。
これからどうしよう。せっかく安全な場所までたどり着けたのに、甲羅を外さないという選択をしたばっかりに出ていくことになってしまった。
どうしようもなかった。ああするしかなかった。甲羅は外せない。
亀はやっぱり排斥される生き物なのだ。僕は途方に暮れた。その時。
「お困りのようだな」
「誰ですか?」
僕は辺りを見渡した。
夕暮れの街灯の上に、腕組みをして立っている人がいる。
あんなところに立って、危なくないのだろうか。
見ていると、その人は街灯の上からスッと飛び降りた。
着地。
「私はカンフーが得意な神父」
「神父さん、ですか……?」
「そうだ」
神父は短く答えた。
「君は今、困っているのだろう?」
「ええ、困っています……」
僕は力なくうつむいた。
「同行者が必要か?」
「同行、していただけるんですか……?」
神父を見上げる。ゆっくりと頷く神父。
「どこまで……?」
下手に二人旅に慣れてしまったら、一人に戻った時につらくなるだろう。二日三日の同行なら、断ろう。そう思って僕は訊いた。
「君が望む限り」
「え……?」
「迷える子羊を導くのが私の役目だからな」
「僕は亀ですが……」
「私は君という存在に声をかけているのだぞ。人間であろうと亀であろうと君が君であることに変わりはないだろう」
「……」
何も言えなかった。神父の言葉は打ちのめされていた僕が一番かけてほしかった言葉だった。
「決めたまえ。同行を承諾するか、拒否するか」
神父は僕をまっすぐ見た。
「承諾、します」
「わかった。これからよろしく頼むぞ。君の名前は?」
「ええと……亀、と呼んでください。甲羅を得る前の名前は、忘れてしまいましたから」
「よろしい。よろしく頼むぞ、亀よ」
「よろしくお願いいたします」
こうして僕は神父と出会った。
「何の用かな、避難民ならいつでも歓迎だけど」
「私は外から来た記者です。この子は避難民です」
「記者さんか。外から来たなら色々と頼みたいことがある。しばらく滞在してくれるんだろう?」
「もちろん」
「じゃ、こちらへ」
記者さんは村人に案内され、村の奥に向かっていった。
「僕は安全なところを探して来たんです」
「そりゃあここだよ。北部ではこの村が一番安全だ。君、見たところ、亀だろう。大丈夫、この村には亀もいるから安心するといい」
「本当ですか!」
仲間がいるなら安心だ。
「ああ。この時間帯なら食堂にいるはずだ。案内してあげるよ」
「ありがとうございます」
「彼女がそうだ」
「え? でも甲羅が……」
亀だと紹介された人は、甲羅を背負っていなかった。かといって、付近にありそうな様子でもない。
「甲羅は外してるのよ。邪魔になるから」
甲羅が邪魔? 変わったことを言う亀の人だ。食べるときだけ外しているということだろうか。
「あなた、新入り? 亀なのね」
「ええ。よろしくお願いします」
「よろしく。私はA亀」
僕はA亀さんと握手をした。
「A亀さんは午後から見回りなんだ。君も村を確認がてら、ついていくといい。そうだ、君、昼食は食べたのかな?」
「車の中で食べました」
「それならいい」
「はい。ありがとうございます」
「A亀さん、この子をよろしく」
A亀さんは頷くと、自分の分の食器が載ったトレーを持って席を立った。
「じゃ、行くからついてきて」
「はい」
出口の側の返却口にトレーを置き、A亀さんは引き戸を開ける。僕はそれに続いて外に出た。
A亀さんはすたすたと歩き、少し離れた場所にあるプレハブ小屋に入った。
僕もおそるおそる中に入る。
「お邪魔します……」
中にはベッドや小さな棚などがあり、ベッドの下には甲羅があった。甲羅があるということは、ここがA亀さんの家なのだろうか。
「ここってA亀さんのおうちですか?」
「そうよ」
A亀さんは短く答え、壁にかかっていた銃を取った。
「じゅ、銃があるんですね……」
銃にはゴシック体で『ライフル』と書いてあった。
「武器がないとゾンビどもに立ち向かえないからよ」
「そうなんですね……」
「持ってみる?」
「え」
「はい」
A亀さんは僕にライフルを手渡してきた。こわごわ受け取る。
ライフルはずしりと重かった。これが銃というものか。こんなに重いんなら、使いこなすにはそれなりに時間がかかりそうだ。
「ありがとうございます」
僕はA亀さんにライフルを返した。
A亀さんはライフルを受け取ると、そのまま外へ出た。
「あれ? 甲羅は背負われないんですか」
「さっきも言ったでしょ、邪魔になるって。あなたも今回はつけてていいけど、徐々に外す練習をしていってもらうから」
外す練習? 確かに甲羅は人間用の設備を利用したりするときに邪魔になることもあるけど、武器にもなるし、身も守れるし、何より亀の身体の一部だ。外したままそれを放置して行動するなんて考えられない。
僕がぐるぐる思考していると、A亀さんはさっさと出て行ってしまった。慌てて後を追いかける。
先を行くA亀さんに追いつくと、ぼうっとしてちゃ駄目よ、と叱られた。
僕のこの気にかかった事に集中してしまう性格は今の危険な世界には向いてないよなあ、と思う。じゃあどうすればいいんだろうと考えたが、気を付けていくしかないという結論にしかならず、少々落ち込んだ。気を付けて直るものであれば、僕は……
僕ははっとした。また考え事に集中しかけていた。そっと前を見ると、A亀さんは僕が考え事をしていたことに気付いていないようだった。
午後はずっとA亀さんについて村の中と外周を回った。幸運なことに、ゾンビには一度も遭遇しなかった。
「この辺りはゾンビが少ないのよ。ここに村を作ったのにはそれもあったらしいわよ」
「へえ……それじゃ安心ですね。僕の大学みたいにゾンビの大群に攻められたりしないのはいい」
「そこから来た人もいるわね。戦いが少なくて楽だって毎日言ってるわ」
「そうなんですね……」
「おう、帰ってきたか」
畑の方から声をかけられる。見ると、お昼に案内してくれた村の人がこちらに手を振っていた。
「どうも……」
「どうだった?」
「結構広い村なんですね。ゾンビが少ないというのも安心です」
「ああ。いい村だろ」
「ええ。僕が亀でもみなさん優しく声をかけてくださって、ありがたいです」
「うちは避難民であればみんな仲間、って方針でやってるんだ。差別はなし」
「へえ……」
「ただ、ずっと一緒にやっていくつもりなら甲羅は外してもらわないといけないな」
「えっ」
この人からも甲羅を外す話が出た。
「そうね。甲羅を外さないことには始まらないわ」
A亀さんも同意する。
「ど、どういうことですか……?」
「こんなものをつけていたら、動きにくくて仕方がないでしょう。いつ敵が攻めてくるかわからないのに、甲羅なんか背負ってちゃ駄目よ」
「でも、亀は甲羅を背負うものですよ」
A亀さんはため息をついた。
「自分が亀だってことにこだわってちゃだめよ。人間に馴染む努力をしないと」
「努力……? 亀が、人間に馴染む努力をするんですか?」
そうよ、とA亀さん。
「亀であっても人間に馴染む努力をすることで人間の仲間に入れてもらえるのよ」
「そうなんですか……? ただこれまで生きてきた中でも努力してきましたけど、無理でしたよ。それは、僕が亀だったからで……」
「それは努力が足りないの。自分が亀ということに甘えて努力の量が少なかったんじゃない? あるわよね、そういうこと」
「亀……僕は……」
「まあまあA亀さん、その辺にしてやって」
村の人が割って入る。
「この亀くんも周囲に合わせることの大事さはわかっているだろうから。一人の足並みが乱れると全員に害が行く。コミュニティに害をなす者を置いておくわけにはいかない。それはわかるよね?」
村の人は僕の顔をじっと見た。
「は、はい……」
「甲羅、外してくれるよね?」
「えっと……」
甲羅を外す。外すとまたあの不安と戦わなければいけない。そうだ、A亀さんはそれとどう戦っているのだろう。
「A亀さんは、甲羅を外しても苦しくないんですか?」
「最初はつらかったけど、だんだん何も感じなくなったわ。普段は自分が亀だってことも忘れているくらい。忘れた方がいいのよ、亀だってことなんか。自分が亀だってことを覚えていたって、あなたは言い訳に使うだけでしょ」
うんうん、と頷く村の人。
「それで、君は甲羅を外すの? 外さないで村から出ていくの?」
僕は一歩後ずさった。いずれ何も感じなくなるとはいえ、甲羅を外すのはやっぱり怖い。それに、僕は自分が亀であることを忘れたくなんかなかった。忘れてしまえば、理由がなくなってしまう。僕は人間ではないのだから。
「すみません……僕、やっぱり旅を続けます」
「残念だよ。じゃあ、陽が落ちるまでに村を出て行ってくれ」
「はい……」
僕は力なく頷いた。
出て行く前に記者さんには一言言っておこうと思ったが、忙しいのか見つからなかった。
僕は諦めて、村の外に出た。
これからどうしよう。せっかく安全な場所までたどり着けたのに、甲羅を外さないという選択をしたばっかりに出ていくことになってしまった。
どうしようもなかった。ああするしかなかった。甲羅は外せない。
亀はやっぱり排斥される生き物なのだ。僕は途方に暮れた。その時。
「お困りのようだな」
「誰ですか?」
僕は辺りを見渡した。
夕暮れの街灯の上に、腕組みをして立っている人がいる。
あんなところに立って、危なくないのだろうか。
見ていると、その人は街灯の上からスッと飛び降りた。
着地。
「私はカンフーが得意な神父」
「神父さん、ですか……?」
「そうだ」
神父は短く答えた。
「君は今、困っているのだろう?」
「ええ、困っています……」
僕は力なくうつむいた。
「同行者が必要か?」
「同行、していただけるんですか……?」
神父を見上げる。ゆっくりと頷く神父。
「どこまで……?」
下手に二人旅に慣れてしまったら、一人に戻った時につらくなるだろう。二日三日の同行なら、断ろう。そう思って僕は訊いた。
「君が望む限り」
「え……?」
「迷える子羊を導くのが私の役目だからな」
「僕は亀ですが……」
「私は君という存在に声をかけているのだぞ。人間であろうと亀であろうと君が君であることに変わりはないだろう」
「……」
何も言えなかった。神父の言葉は打ちのめされていた僕が一番かけてほしかった言葉だった。
「決めたまえ。同行を承諾するか、拒否するか」
神父は僕をまっすぐ見た。
「承諾、します」
「わかった。これからよろしく頼むぞ。君の名前は?」
「ええと……亀、と呼んでください。甲羅を得る前の名前は、忘れてしまいましたから」
「よろしい。よろしく頼むぞ、亀よ」
「よろしくお願いいたします」
こうして僕は神父と出会った。