長編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話番外編3話、完結済)
「わしの食料は誰にも渡さんぞ!」
防災公園に向かう途中、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。
「何でしょうね?」
誰かが食料を奪われそうになって抵抗しているのだろうか。ひょっとすると、暴徒に襲われているのかもしれない。
「とりあえず、様子を見に行きましょう」
「ああ」
僕たちは急ぎ足で声の方向に向かった。
「わしの食料を奪うつもりだろう! わしの食料はわしのものだ、絶対に渡さんからな!」
「誤解です、奪おうだなどと」
「隠しても無駄だ! わしにはわかる!」
「違いますから落ち着いて」
立派な門の前で、顔を真っ赤にした中年ほどの男性と、困った様子の数人の人たちが押し問答していた。
「どうしたんですか?」
僕は隅っこに立っていた論争に参加していない人に話しかけた。
「このおじさん、私たちがここで休んでいたら門から出てきて、食料を奪う気だろうって怒り始めたのよ。確かに私たちはここの様子を窺っていたけれど、誰かがまだ住んでるようだから立ち去ろうとしていた。リーダーたちが宥めてるんだけど、全然聞いてくれなくて……」
「ああ、探索しようとしていたんですね」
「そうなの。おじさんの言い分は半分当たってるから強く出ることもできなくて……」
「困りましたね……」
「そうね……このまま怒鳴り続けられると」
「ゴアー」
「来てしまったわね……」
中年男性の怒鳴り声に引かれたのか、僕たちの周りにゾンビがわらわらと集まってきていた。
「囲まれつつありますね」
「そうね」
僕と話していた人は懐から拳銃を引っ張り出した。
「リーダー、ゾンビよ! 戦ってもいいわね!?」
「落ち着い……ゾンビだって? みんな、応戦してくれ! この人と話をつけるのはその後だ!」
「ゾンビだと! わしは戦わんからな! お前たちのせいだぞ!」
なおも叫び続けようとする中年男性を、リーダーと思しき人が止めた。
「静かにしてください、さもないとゾンビが寄ってきます。静かに、静かに」
「ふん! 勝手にしろ」
中年男性は怒鳴るのをやめ、むすっとした様子で口を閉じた。
「僕たちも手伝いますよ」
「そう? じゃ、お願い! 危ないからあっちの隅のやつを頼むわ」
「了解です」
僕は隅にいるゾンビたちに向かって走っていった。
「えい」
一体に甲羅アタックをして押しつぶす。
「ゴアッ」
破壊。
「ゴアー」
近付いてきたゾンビを蹴り飛ばし、起き上がってまたプレス。
「ゴアッ」
破壊。
何体か繰り返すうちに、隅にいたゾンビはいなくなった。
元いた方に目をやると、そちらもちょうど片付いたようだ。
神父が僕から少し離れた所で服の埃をはらっている。おそらくいつも通り、近付いてきたゾンビだけを処理していたのだろう。
「無事でよかったです」
思わず僕はそう言った。
「心配したかね?」
「いえ……でも、神父の方を気にする余裕がなかったので」
「いつもそうだろう」
「ええ、でも」
「いい。わかっている」
「ありがとうございます?」
自分でもなぜそんなことを言ったのかわからなかったのだが、神父にはわかったのだろうか。何を?
まあいいか。
わからないことを考えても仕方がない。僕は分析を諦めた。
「我々も合流した方がよいのではないか?」
神父が門の前の人々を横目で見る。
「そうですね。行きましょう」
僕は気を取り直し、人々が集まっている方へ向かった。
人々が武器をしまい終わった頃、リーダーらしき人が中年男性に向き直った。
「怪我はなかったでしょうか」
「そんなことを言っても食料はやらん。さっさと消えろ」
はいはい、とリーダー。
「お騒がせしましたね。さてみんな……」
「旦那様、またお外に出られたのですか」
いつの間にか、門の前に執事服を着た白髪の男性が立っていた。
「危ないのでお家の中でお過ごしください、といつも申し上げておりますのに。早くお戻りください」
「わかったわかった、お前はいつもうるさいからな」
「旦那様のためです」
「わかってる。まったく……」
金持ちはぶつぶつ言いながら邸内に引っ込んだ。
「うちの旦那様を助けていただき、ありがとうございます」
執事さんらしき男性は深々と頭を下げた。
「それと、旦那様が失礼をしたようで。お詫びとお礼を兼ねまして、わずかですが、この食料を皆さんでお分けください」
そう言って、執事さんは後ろ手に持っていた袋をリーダーに手渡した。
「ありがとうございます」
リーダーがお礼を言う。
「あなたがたの旅に幸運があらんことを」
執事さんは静かに微笑んで、邸内に戻って行った。
「さて、君たちにもこれを受け取る権利があるね」
リーダーは袋の中にあった携帯食料をいくつか取り出し、僕たちに分けてくれた。
「ありがとうございます、助かります」
「なんのなんの。こっちこそ、加勢してくれて助かったよ」
これでヘリポート探しをできる時間が延びた、と僕は安心した。
「そういえば、リーダーさんたちはこの街の方ではないんですか?」
「そうだね。安全な場所を探して南から来たんだ」
「南……封鎖点の近くですか?」
「元封鎖点の近くだね」
「元?」
「あれ、知らないのかな。南の封鎖点は壊滅してしまったんだよ。僕たちは封鎖点の外側の街に住んでいたんだけど、ある日突然、ゾンビが封鎖を突破し街を襲ったんだ」
「え……それで、どうなったんですか」
「封鎖点にいる軍に助けを求めようと向かったけど、壊滅していた。街の方はゾンビだらけで戻れない。もう北上するしか道はなかったのさ。そこからは探索しながら武器や食料を手に入れて進んできた」
「そうでしたか……さぞ苦労されたでしょうね」
「まあ、何だかんだ言って楽しいこともあったよ。実弾を撃てるし、探索するのはわくわくするし、仲間が増えたりもしたし。安全な場所に着いたら、畑でも始めるさ」
「畑……」
僕は北の避難民村のことを思い出した。A亀さん。荒れた畑。煙を上げる村。
「僕たちはそろそろ行くよ。お互い幸運があらんことを」
「あ、ありがとうございます。幸運を」
記憶の奔流から我に返り、挨拶を返す。
リーダーが片手を挙げると、生存者の人々は歩き出した。
「じゃあね、亀くん」
一番最初に会話した人がウィンクして去ってゆく。
「あ、さっきの……お気をつけて」
「そっちこそ」
生存者の人々が角を曲がって見えなくなるまで、僕たちは見送った。
なんとなく、屋敷の方を見る。屋敷の前に広がる庭は、隅々まできれいに手入れされていた。さっきの執事さんのお仕事だろうか、と思う。やけにカーテンが引かれている部屋が多かった。こんな風になってしまった街なんて見たくないからかな。
「……僕たちも行きましょうか」
「そうだな」
少しだけ時間を食ったが、人助けができたし、食料まで手に入ってむしろプラスだ。
陽はまだ高い。お昼過ぎには防災公園に着くだろう。
僕は方角を確認すると、よし、と言って歩き出した。
防災公園に向かう途中、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。
「何でしょうね?」
誰かが食料を奪われそうになって抵抗しているのだろうか。ひょっとすると、暴徒に襲われているのかもしれない。
「とりあえず、様子を見に行きましょう」
「ああ」
僕たちは急ぎ足で声の方向に向かった。
「わしの食料を奪うつもりだろう! わしの食料はわしのものだ、絶対に渡さんからな!」
「誤解です、奪おうだなどと」
「隠しても無駄だ! わしにはわかる!」
「違いますから落ち着いて」
立派な門の前で、顔を真っ赤にした中年ほどの男性と、困った様子の数人の人たちが押し問答していた。
「どうしたんですか?」
僕は隅っこに立っていた論争に参加していない人に話しかけた。
「このおじさん、私たちがここで休んでいたら門から出てきて、食料を奪う気だろうって怒り始めたのよ。確かに私たちはここの様子を窺っていたけれど、誰かがまだ住んでるようだから立ち去ろうとしていた。リーダーたちが宥めてるんだけど、全然聞いてくれなくて……」
「ああ、探索しようとしていたんですね」
「そうなの。おじさんの言い分は半分当たってるから強く出ることもできなくて……」
「困りましたね……」
「そうね……このまま怒鳴り続けられると」
「ゴアー」
「来てしまったわね……」
中年男性の怒鳴り声に引かれたのか、僕たちの周りにゾンビがわらわらと集まってきていた。
「囲まれつつありますね」
「そうね」
僕と話していた人は懐から拳銃を引っ張り出した。
「リーダー、ゾンビよ! 戦ってもいいわね!?」
「落ち着い……ゾンビだって? みんな、応戦してくれ! この人と話をつけるのはその後だ!」
「ゾンビだと! わしは戦わんからな! お前たちのせいだぞ!」
なおも叫び続けようとする中年男性を、リーダーと思しき人が止めた。
「静かにしてください、さもないとゾンビが寄ってきます。静かに、静かに」
「ふん! 勝手にしろ」
中年男性は怒鳴るのをやめ、むすっとした様子で口を閉じた。
「僕たちも手伝いますよ」
「そう? じゃ、お願い! 危ないからあっちの隅のやつを頼むわ」
「了解です」
僕は隅にいるゾンビたちに向かって走っていった。
「えい」
一体に甲羅アタックをして押しつぶす。
「ゴアッ」
破壊。
「ゴアー」
近付いてきたゾンビを蹴り飛ばし、起き上がってまたプレス。
「ゴアッ」
破壊。
何体か繰り返すうちに、隅にいたゾンビはいなくなった。
元いた方に目をやると、そちらもちょうど片付いたようだ。
神父が僕から少し離れた所で服の埃をはらっている。おそらくいつも通り、近付いてきたゾンビだけを処理していたのだろう。
「無事でよかったです」
思わず僕はそう言った。
「心配したかね?」
「いえ……でも、神父の方を気にする余裕がなかったので」
「いつもそうだろう」
「ええ、でも」
「いい。わかっている」
「ありがとうございます?」
自分でもなぜそんなことを言ったのかわからなかったのだが、神父にはわかったのだろうか。何を?
まあいいか。
わからないことを考えても仕方がない。僕は分析を諦めた。
「我々も合流した方がよいのではないか?」
神父が門の前の人々を横目で見る。
「そうですね。行きましょう」
僕は気を取り直し、人々が集まっている方へ向かった。
人々が武器をしまい終わった頃、リーダーらしき人が中年男性に向き直った。
「怪我はなかったでしょうか」
「そんなことを言っても食料はやらん。さっさと消えろ」
はいはい、とリーダー。
「お騒がせしましたね。さてみんな……」
「旦那様、またお外に出られたのですか」
いつの間にか、門の前に執事服を着た白髪の男性が立っていた。
「危ないのでお家の中でお過ごしください、といつも申し上げておりますのに。早くお戻りください」
「わかったわかった、お前はいつもうるさいからな」
「旦那様のためです」
「わかってる。まったく……」
金持ちはぶつぶつ言いながら邸内に引っ込んだ。
「うちの旦那様を助けていただき、ありがとうございます」
執事さんらしき男性は深々と頭を下げた。
「それと、旦那様が失礼をしたようで。お詫びとお礼を兼ねまして、わずかですが、この食料を皆さんでお分けください」
そう言って、執事さんは後ろ手に持っていた袋をリーダーに手渡した。
「ありがとうございます」
リーダーがお礼を言う。
「あなたがたの旅に幸運があらんことを」
執事さんは静かに微笑んで、邸内に戻って行った。
「さて、君たちにもこれを受け取る権利があるね」
リーダーは袋の中にあった携帯食料をいくつか取り出し、僕たちに分けてくれた。
「ありがとうございます、助かります」
「なんのなんの。こっちこそ、加勢してくれて助かったよ」
これでヘリポート探しをできる時間が延びた、と僕は安心した。
「そういえば、リーダーさんたちはこの街の方ではないんですか?」
「そうだね。安全な場所を探して南から来たんだ」
「南……封鎖点の近くですか?」
「元封鎖点の近くだね」
「元?」
「あれ、知らないのかな。南の封鎖点は壊滅してしまったんだよ。僕たちは封鎖点の外側の街に住んでいたんだけど、ある日突然、ゾンビが封鎖を突破し街を襲ったんだ」
「え……それで、どうなったんですか」
「封鎖点にいる軍に助けを求めようと向かったけど、壊滅していた。街の方はゾンビだらけで戻れない。もう北上するしか道はなかったのさ。そこからは探索しながら武器や食料を手に入れて進んできた」
「そうでしたか……さぞ苦労されたでしょうね」
「まあ、何だかんだ言って楽しいこともあったよ。実弾を撃てるし、探索するのはわくわくするし、仲間が増えたりもしたし。安全な場所に着いたら、畑でも始めるさ」
「畑……」
僕は北の避難民村のことを思い出した。A亀さん。荒れた畑。煙を上げる村。
「僕たちはそろそろ行くよ。お互い幸運があらんことを」
「あ、ありがとうございます。幸運を」
記憶の奔流から我に返り、挨拶を返す。
リーダーが片手を挙げると、生存者の人々は歩き出した。
「じゃあね、亀くん」
一番最初に会話した人がウィンクして去ってゆく。
「あ、さっきの……お気をつけて」
「そっちこそ」
生存者の人々が角を曲がって見えなくなるまで、僕たちは見送った。
なんとなく、屋敷の方を見る。屋敷の前に広がる庭は、隅々まできれいに手入れされていた。さっきの執事さんのお仕事だろうか、と思う。やけにカーテンが引かれている部屋が多かった。こんな風になってしまった街なんて見たくないからかな。
「……僕たちも行きましょうか」
「そうだな」
少しだけ時間を食ったが、人助けができたし、食料まで手に入ってむしろプラスだ。
陽はまだ高い。お昼過ぎには防災公園に着くだろう。
僕は方角を確認すると、よし、と言って歩き出した。