長編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話番外編3話、完結済)
四つめの街に来た。
この街には平和だった頃に電車で来たことがある。地域の中では中心街に次いで大きな街。
広いので、探索し切るには時間がかかりそうだ。しかし、食料はもってあと二日。方針を決めておく必要がある。
「メインはヘリポートの捜索、余裕があれば食料を探す、念のためついでに封鎖についても情報を集める、という方針で行こうと思うんですが。ふわっとしてますけど」
「異議はない」
「では決定ですね。ただ……ヘリポートってどうやって探したらいいのか。軍人さんがキーを持っていたということは、軍関係のヘリポートなんでしょうかね……」
「その可能性はあるな」
軍のヘリポート。そんなものをこれまでの人(亀)生で探した経験なんかはないので、どういうところにあるのかがわからない。
通常のヘリポートは屋上や駐車場の上などにある印象だが、軍のヘリポートも軍関係の建物の上にあるとかなのだろうか。
「この街に軍関係の施設なんてありましたっけ?」
あっても地図には載っていないだろう。
高いところから見たらわかるだろうか。
周囲を見渡すと、少し離れたところにデパートがあった。
確か、あのデパートの屋上には遊園地があり、双眼鏡もあったはずだ。
「あそこから街を見渡してみましょうか」
デパートは例によって荒れていた。と言っても、そこまでひどくはない。ところどころ陳列棚や観葉植物が倒れ、商品が床に散らばっている箇所があるだけだ。全ての商品が床に散らばっているわけではないので、旅の最初の方に入ったスーパーマーケットよりはましである。
館内図を見る限り、屋上に行く手段は三つある。そのうちの一つ、エレベーターは電気が止まっているので論外。残った二つは、階段を上がっていくという手段と、止まっているであろうエスカレーターを上るという手段だ。
「階段の方がいざという時に戦いやすそうなので、階段で行きましょうか」
「妥当だな」
入口のカウンターからは見えないところに階段はあるようだ。まずはそこまで行かなければ。
陳列棚をなるべく踏まないように階段を目指す。
「うわ……」
階段の辺りには大量のゾンビがひしめいていた。
「エスカレーターで行くしかないようですね」
僕たちは来た道を戻り、エスカレーターに向かった。
「止まってるエスカレーターを上るのって僕初めてです」
「そうか」
微動だにしないエスカレーターの段をこん、こん、と上っていく。歩く速度しか出ないので、進みが遅く感じられる。
エスカレーター付近はあまり荒れていないから、さながら営業時間外のデパートに忍び込んだようだ。こんな時だというのに、僕は少し楽しんでいた。
「神父……」
あと一階上がれば屋上だ。僕は立ち止まって振り返ろうとした。
「おっと、止まるのはやめておきたまえ」
「なぜです?」
「下から来ている」
「えっそうなんですか、じゃあ急がなければ」
僕はエスカレーターを駆け上がろうとした。
「待ちたまえ」
神父が止めたが時既に遅し、僕は足でガン、と派手な音を立ててしまったあとだった。
まずい。ここを離れなければ。しかし、僕たちがいるのはまだエスカレーターの半ばだ。走ったりしたら、更に多くのゾンビを引きつけてしまうことにならないか。
焦っているうちに、上から列をなしてゾンビがやってきた。
甲羅アタックをかけようとしてみたが、あまり強くぶつかるとエスカレーターが抜けてしまうかもしれないので決定打は与えられない。
ちらりと下を見ると、そちらからもゾンビがゆっくり上がってきているのが見えた。
どちらにも逃げられない。このままではじり貧になる。
「亀よ」
「なんですか」
噛みついてこようとするゾンビを甲羅で押し止めながら、僕は神父を見る。
「甲羅にこもるのだ」
「え?」
「屋上のゾンビは少ない、君一人でもなんとかなるだろう」
「それってここは俺に任せろ的な……」
「急げ」
「はい」
不安だったが、僕は甲羅にこもった。
すかさず甲羅に覆いかぶさろうとするゾンビ。
「哈ッ」
衝撃とともに、僕の身体はゾンビを薙ぎ倒しながら上の階――屋上へ吹っ飛んだ。
神父がやったのか。
コンクリートの床を滑り、屋上にいたゾンビを勢いで数体破壊し、甲羅の回転が止まる。
這い出そうとすると、後方でものすごい音がした。
慌てて起き上がると、神父が屋上の床に着地したところだった。
「何をしたんですか?」
僕は思わず訊いた。
「落とした」
「落とした?」
下の方からずずん、という衝撃。
よく見ると、いやよく見なくても、エスカレーターがなくなっている。それがあった場所はただの穴になっていた。
「エスカレーターを落としたんですか……」
「そう何度もできることではない」
神父は服の埃をはらった。
「私は基本、自衛しかしないのだ。君もあまり危ない目に遭わないでもらいたい」
「すみません……」
戦闘には手を出さないと言われていたのに、神父の手を煩わせてしまった。僕はしゅんとなってうつむいた。
「怒っているのではない。これはお願いのようなものだ。私でもどうにもならぬことはある。君が私の目の届かぬところで死んでしまうと、約束を果たせないからな」
「約束……」
僕が望む限りついてきてくれる、という約束のことか。神父はそれを忘れず心に置いてくれていたのか。
なんていい人なんだ。素晴らしい善の人……ではないか、他人にすごく冷たいときがあるし。しかし、僕に親切にしてくれるという時点でいい人なのは間違いない。普通の人は亀を嫌うからだ。なんて聖人なんだ。心優しいんだ。こんなに優しい人が世の中にいたんだ。
「ありがとうございます……!」
僕は感極まってお礼を言った。
「礼を言われるようなことではない」
「すみません」
「だが、気持ちは受け取っておく」
「ありがとうございます」
「謝ったりお礼を言ったり、忙しいな」
神父は苦笑した。
「す……」
すみません、と言いかけて、やめる。
「君はもっと落ち着いていてもいいのだぞ。私は君の上司ではなく、同行者なのだから」
「ありがたいお言葉です、しかし……いえ……はい、そうします」
「無理に納得する必要はない。君がそうしたいのならば、続けたまえ。……さて、双眼鏡はそこだ」
「あ、そうでした」
双眼鏡のことをすっかり忘れていた。これはいけない。
甲羅から財布を引っ張り出しながら、双眼鏡に近付く。
1回10円、と書かれていた。安いな、と思う。
僕は双眼鏡に10円を入れた。
かしゃん、という音がして、双眼鏡が使えるようになった。
「ええと……」
双眼鏡越しに街を見渡す。色々な建物があった。
ヘリポートを探す。建物の上にあるもの。駐車場の上にあるもの。ヘリが置かれていたり格納庫があったりするものもあったが、どれも壊れていたり、空だったりした。
探し続けていると、やたらと平らな公園を見つけた。
大規模な駐車場が併設されており、敷地の隅に建物が数棟立っている。芝生広場には壊れたテントが立ち並び、ゾンビが何体かうろついている。
「防災公園だな。公園周辺には関連施設が作られていることが多い」
「なんか壊滅してるように見えますが……」
「人はいなくなっても、機械が残されている可能性はあるだろう」
「ということは、軍の施設が残っているかもしれないということですか」
かしゃ、という音とともに視界が暗くなった。双眼鏡の制限時間が終わったのだ。
僕は財布からもう10円出して入れたが、視界は暗いままだった。
入れた10円は帰ってこない。
「壊れちゃったみたいです」
「そうか」
「とりあえず、あの公園を目指してみましょうか」
「そうだな」
「それで、どうやって外に出ますか」
エスカレーターは神父が落としてしまった。1階の階段周辺にはゾンビがたくさんいる。
「亀よ、甲羅にこもるのだ」
「え? はい」
僕は素直に従った。
「哈ッ」
僕の身体はフェンスを突き破って跳び、隣のビルの屋上に着地した。
ややあって、僕の横に神父がふわりと着地した。
「危……怖かったです!」
「無事済んだのだからよかろう」
「そうですね……」
それから僕たちはビルの階段を下り、何事もなく地上に戻った。
この街には平和だった頃に電車で来たことがある。地域の中では中心街に次いで大きな街。
広いので、探索し切るには時間がかかりそうだ。しかし、食料はもってあと二日。方針を決めておく必要がある。
「メインはヘリポートの捜索、余裕があれば食料を探す、念のためついでに封鎖についても情報を集める、という方針で行こうと思うんですが。ふわっとしてますけど」
「異議はない」
「では決定ですね。ただ……ヘリポートってどうやって探したらいいのか。軍人さんがキーを持っていたということは、軍関係のヘリポートなんでしょうかね……」
「その可能性はあるな」
軍のヘリポート。そんなものをこれまでの人(亀)生で探した経験なんかはないので、どういうところにあるのかがわからない。
通常のヘリポートは屋上や駐車場の上などにある印象だが、軍のヘリポートも軍関係の建物の上にあるとかなのだろうか。
「この街に軍関係の施設なんてありましたっけ?」
あっても地図には載っていないだろう。
高いところから見たらわかるだろうか。
周囲を見渡すと、少し離れたところにデパートがあった。
確か、あのデパートの屋上には遊園地があり、双眼鏡もあったはずだ。
「あそこから街を見渡してみましょうか」
デパートは例によって荒れていた。と言っても、そこまでひどくはない。ところどころ陳列棚や観葉植物が倒れ、商品が床に散らばっている箇所があるだけだ。全ての商品が床に散らばっているわけではないので、旅の最初の方に入ったスーパーマーケットよりはましである。
館内図を見る限り、屋上に行く手段は三つある。そのうちの一つ、エレベーターは電気が止まっているので論外。残った二つは、階段を上がっていくという手段と、止まっているであろうエスカレーターを上るという手段だ。
「階段の方がいざという時に戦いやすそうなので、階段で行きましょうか」
「妥当だな」
入口のカウンターからは見えないところに階段はあるようだ。まずはそこまで行かなければ。
陳列棚をなるべく踏まないように階段を目指す。
「うわ……」
階段の辺りには大量のゾンビがひしめいていた。
「エスカレーターで行くしかないようですね」
僕たちは来た道を戻り、エスカレーターに向かった。
「止まってるエスカレーターを上るのって僕初めてです」
「そうか」
微動だにしないエスカレーターの段をこん、こん、と上っていく。歩く速度しか出ないので、進みが遅く感じられる。
エスカレーター付近はあまり荒れていないから、さながら営業時間外のデパートに忍び込んだようだ。こんな時だというのに、僕は少し楽しんでいた。
「神父……」
あと一階上がれば屋上だ。僕は立ち止まって振り返ろうとした。
「おっと、止まるのはやめておきたまえ」
「なぜです?」
「下から来ている」
「えっそうなんですか、じゃあ急がなければ」
僕はエスカレーターを駆け上がろうとした。
「待ちたまえ」
神父が止めたが時既に遅し、僕は足でガン、と派手な音を立ててしまったあとだった。
まずい。ここを離れなければ。しかし、僕たちがいるのはまだエスカレーターの半ばだ。走ったりしたら、更に多くのゾンビを引きつけてしまうことにならないか。
焦っているうちに、上から列をなしてゾンビがやってきた。
甲羅アタックをかけようとしてみたが、あまり強くぶつかるとエスカレーターが抜けてしまうかもしれないので決定打は与えられない。
ちらりと下を見ると、そちらからもゾンビがゆっくり上がってきているのが見えた。
どちらにも逃げられない。このままではじり貧になる。
「亀よ」
「なんですか」
噛みついてこようとするゾンビを甲羅で押し止めながら、僕は神父を見る。
「甲羅にこもるのだ」
「え?」
「屋上のゾンビは少ない、君一人でもなんとかなるだろう」
「それってここは俺に任せろ的な……」
「急げ」
「はい」
不安だったが、僕は甲羅にこもった。
すかさず甲羅に覆いかぶさろうとするゾンビ。
「哈ッ」
衝撃とともに、僕の身体はゾンビを薙ぎ倒しながら上の階――屋上へ吹っ飛んだ。
神父がやったのか。
コンクリートの床を滑り、屋上にいたゾンビを勢いで数体破壊し、甲羅の回転が止まる。
這い出そうとすると、後方でものすごい音がした。
慌てて起き上がると、神父が屋上の床に着地したところだった。
「何をしたんですか?」
僕は思わず訊いた。
「落とした」
「落とした?」
下の方からずずん、という衝撃。
よく見ると、いやよく見なくても、エスカレーターがなくなっている。それがあった場所はただの穴になっていた。
「エスカレーターを落としたんですか……」
「そう何度もできることではない」
神父は服の埃をはらった。
「私は基本、自衛しかしないのだ。君もあまり危ない目に遭わないでもらいたい」
「すみません……」
戦闘には手を出さないと言われていたのに、神父の手を煩わせてしまった。僕はしゅんとなってうつむいた。
「怒っているのではない。これはお願いのようなものだ。私でもどうにもならぬことはある。君が私の目の届かぬところで死んでしまうと、約束を果たせないからな」
「約束……」
僕が望む限りついてきてくれる、という約束のことか。神父はそれを忘れず心に置いてくれていたのか。
なんていい人なんだ。素晴らしい善の人……ではないか、他人にすごく冷たいときがあるし。しかし、僕に親切にしてくれるという時点でいい人なのは間違いない。普通の人は亀を嫌うからだ。なんて聖人なんだ。心優しいんだ。こんなに優しい人が世の中にいたんだ。
「ありがとうございます……!」
僕は感極まってお礼を言った。
「礼を言われるようなことではない」
「すみません」
「だが、気持ちは受け取っておく」
「ありがとうございます」
「謝ったりお礼を言ったり、忙しいな」
神父は苦笑した。
「す……」
すみません、と言いかけて、やめる。
「君はもっと落ち着いていてもいいのだぞ。私は君の上司ではなく、同行者なのだから」
「ありがたいお言葉です、しかし……いえ……はい、そうします」
「無理に納得する必要はない。君がそうしたいのならば、続けたまえ。……さて、双眼鏡はそこだ」
「あ、そうでした」
双眼鏡のことをすっかり忘れていた。これはいけない。
甲羅から財布を引っ張り出しながら、双眼鏡に近付く。
1回10円、と書かれていた。安いな、と思う。
僕は双眼鏡に10円を入れた。
かしゃん、という音がして、双眼鏡が使えるようになった。
「ええと……」
双眼鏡越しに街を見渡す。色々な建物があった。
ヘリポートを探す。建物の上にあるもの。駐車場の上にあるもの。ヘリが置かれていたり格納庫があったりするものもあったが、どれも壊れていたり、空だったりした。
探し続けていると、やたらと平らな公園を見つけた。
大規模な駐車場が併設されており、敷地の隅に建物が数棟立っている。芝生広場には壊れたテントが立ち並び、ゾンビが何体かうろついている。
「防災公園だな。公園周辺には関連施設が作られていることが多い」
「なんか壊滅してるように見えますが……」
「人はいなくなっても、機械が残されている可能性はあるだろう」
「ということは、軍の施設が残っているかもしれないということですか」
かしゃ、という音とともに視界が暗くなった。双眼鏡の制限時間が終わったのだ。
僕は財布からもう10円出して入れたが、視界は暗いままだった。
入れた10円は帰ってこない。
「壊れちゃったみたいです」
「そうか」
「とりあえず、あの公園を目指してみましょうか」
「そうだな」
「それで、どうやって外に出ますか」
エスカレーターは神父が落としてしまった。1階の階段周辺にはゾンビがたくさんいる。
「亀よ、甲羅にこもるのだ」
「え? はい」
僕は素直に従った。
「哈ッ」
僕の身体はフェンスを突き破って跳び、隣のビルの屋上に着地した。
ややあって、僕の横に神父がふわりと着地した。
「危……怖かったです!」
「無事済んだのだからよかろう」
「そうですね……」
それから僕たちはビルの階段を下り、何事もなく地上に戻った。