長編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話番外編3話、完結済)
この世界は、どこかおかしくなっているのかもしれない。
僕は歩きながらぼんやりそんなことを考えていた。
HPなんてものが存在していてそれで疲れが取れたり怪我が治るなんて、非現実的だ。ゾンビと戦う非日常的な日々で感覚が麻痺していたのか普通に受け入れてしまったけれど、改めて考えると明らかにおかしい。
もしかして、世界が荒廃したのもゾンビがはびこっているのも全部夢で、実際の僕は今も自分のアパートのベッドで眠り続けているのかもしれない。
それならば、甲羅を得たのも夢なのだろうか。夢から覚めたら甲羅はなくて、余計なことばかり考えて落ち込む僕に戻ってしまうのだろうか。
「亀よ」
「何ですか神父……あいたっ」
振り返ろうとして、何かにつまづきその何かに向かって甲羅から思いっきり突っ込んでしまった。
ごん、めきゃ、という音。
これは何か壊したな。
「何ですかねこれは……車だ」
起き上がって見てみると、車のボンネットは盛大にへこみ、中の機械が見えていた。機械は少し壊れていた。
フロントガラスも割れていたが、これはおそらく元々だろう。
『まだ動かせる車』
ボンネットには太字のゴシック体ででかでかとそう書いてあった。
まだ動かせると言うからには、まだ動かせるんだろうか。
運転席のドアを開けてみる。キーが刺さったままだった。
なんとなくひねろうとする。
「何ですか、神父」
キーをひねる前に、神父に手首を掴まれた。
「やめておきたまえ」
「なぜです?」
「エンジンが損傷している。このままの状態で起動させるとどうなるかわからんぞ」
「……ありがとうございます」
そんなことになっていたとは。僕はキーからそっと指を離した。
車の正面に回り、ボンネットの文字を見る。
『まだ動か 車』
「ん?」
文字が一部欠けていた。よく見ると、文字は少しずつ薄れ、消えていっている。
「なんだこれ……」
何もしていないのに消えるのはおかしい。ゾンビは倒すと消える。今まで気にしていなかったが、これもおかしい。人間が突然消えたりする、なんて話も前に聞いた。
やっぱり世界はおかしくなっているんじゃないか。
「あっ」
文字だけではない。車も端から消え始めている。そのまま眺め続けていると、あっという間になくなってしまった。
「おかしい……」
「何がだね」
「この世界ですよ。車が消えたりゾンビが消えたりHPが存在したり、こんなこと、現実的じゃない……」
神父は黙っている。
「なぜか今までは疑問を抱くことなく受け入れてきましたけど、それもおかしい。本当はこれ、夢なんじゃないですか?」
「夢か」
く、と神父は笑った。
「ならばこれは覚めることのない夢だろう」
「それはど……」
僕の口に携帯食料が押し込まれた。
「食べたまえ」
咀嚼して、飲み込む。
この世界はおかしい。そうかもしれない。でも、そこまで気にすることだろうか。醜いものを見ることもなく、怪我をしたってHPが減るだけで、死ぬときも痛みがないのなら。
夢かもしれない。現実かもしれない。でも、僕が甲羅を得る前だって、夢現の境は曖昧だった。
そんなことは気にせぬ方が、楽に生きていけるのではないだろうか。
僕は口の中の物を飲み込んだ。
「そうかもしれません」
秋の陽は陰り初めていた。
僕は歩きながらぼんやりそんなことを考えていた。
HPなんてものが存在していてそれで疲れが取れたり怪我が治るなんて、非現実的だ。ゾンビと戦う非日常的な日々で感覚が麻痺していたのか普通に受け入れてしまったけれど、改めて考えると明らかにおかしい。
もしかして、世界が荒廃したのもゾンビがはびこっているのも全部夢で、実際の僕は今も自分のアパートのベッドで眠り続けているのかもしれない。
それならば、甲羅を得たのも夢なのだろうか。夢から覚めたら甲羅はなくて、余計なことばかり考えて落ち込む僕に戻ってしまうのだろうか。
「亀よ」
「何ですか神父……あいたっ」
振り返ろうとして、何かにつまづきその何かに向かって甲羅から思いっきり突っ込んでしまった。
ごん、めきゃ、という音。
これは何か壊したな。
「何ですかねこれは……車だ」
起き上がって見てみると、車のボンネットは盛大にへこみ、中の機械が見えていた。機械は少し壊れていた。
フロントガラスも割れていたが、これはおそらく元々だろう。
『まだ動かせる車』
ボンネットには太字のゴシック体ででかでかとそう書いてあった。
まだ動かせると言うからには、まだ動かせるんだろうか。
運転席のドアを開けてみる。キーが刺さったままだった。
なんとなくひねろうとする。
「何ですか、神父」
キーをひねる前に、神父に手首を掴まれた。
「やめておきたまえ」
「なぜです?」
「エンジンが損傷している。このままの状態で起動させるとどうなるかわからんぞ」
「……ありがとうございます」
そんなことになっていたとは。僕はキーからそっと指を離した。
車の正面に回り、ボンネットの文字を見る。
『まだ動か 車』
「ん?」
文字が一部欠けていた。よく見ると、文字は少しずつ薄れ、消えていっている。
「なんだこれ……」
何もしていないのに消えるのはおかしい。ゾンビは倒すと消える。今まで気にしていなかったが、これもおかしい。人間が突然消えたりする、なんて話も前に聞いた。
やっぱり世界はおかしくなっているんじゃないか。
「あっ」
文字だけではない。車も端から消え始めている。そのまま眺め続けていると、あっという間になくなってしまった。
「おかしい……」
「何がだね」
「この世界ですよ。車が消えたりゾンビが消えたりHPが存在したり、こんなこと、現実的じゃない……」
神父は黙っている。
「なぜか今までは疑問を抱くことなく受け入れてきましたけど、それもおかしい。本当はこれ、夢なんじゃないですか?」
「夢か」
く、と神父は笑った。
「ならばこれは覚めることのない夢だろう」
「それはど……」
僕の口に携帯食料が押し込まれた。
「食べたまえ」
咀嚼して、飲み込む。
この世界はおかしい。そうかもしれない。でも、そこまで気にすることだろうか。醜いものを見ることもなく、怪我をしたってHPが減るだけで、死ぬときも痛みがないのなら。
夢かもしれない。現実かもしれない。でも、僕が甲羅を得る前だって、夢現の境は曖昧だった。
そんなことは気にせぬ方が、楽に生きていけるのではないだろうか。
僕は口の中の物を飲み込んだ。
「そうかもしれません」
秋の陽は陰り初めていた。