長編『亀のゾンビサバイバルログ』(全26話番外編3話、完結済)
食糧も少なくなってきたのでそろそろ探そうと思い、神父が眠ったあとにこっそり起き出して近くにあったビルを探索していた。
もともとはアパートだったらしいそこは既に荒れ果て、およそ人の住むところとは思えぬありさま。
甲羅を得る前に住んでいたアパートのことを思い出す。あそこもここと同じくらい荒れ果てていたな。
一部屋ずつ入って、台所から棚から何か食べられるものはないかどうか確かめながら進んでいく。
そういう風にして、五階まできた。
この部屋で最後だ。ここまで何一つ収穫はなかった。
ドアノブに手をかけたとき、中から大きな音がした。
ぎょっとしてノブから手を放す。
何かを叩いているような音だ。
僕は目の前のドアを見た。古びたお札のようなものが貼られている。中から音がするたび、そのお札は震えていた。
今にも破けそうだと思ったまさにそのとき、お札が破れ、ドアがばん、と開かれた。
何が出てきたかは確認するまでもない。僕は唸り声を背に、一目散に逃げ出した。
慌てて階段を上ってしまったのが間違いだった。目の前が開ける。冷たい夜気、暗い空に浮かぶ月。屋上に逃げ場はない。
遠くの方から近づいてくる足音を気にしながら隅の方に走る。屋上の端から身を乗り出したとき、ドアの開く音がした。
隣のビルの屋上が目に入る。
僕は跳んだ。
隣のビルの屋上はアパートの屋上より低い。ぎりぎり届くかもしれない。僕は落ちながら手を伸ばした。
屋上の縁が中指をかすった。駄目だ。落ちる。景色がひゅんひゅんと目の前を縦に過ぎる。
まだ死にたくない。僕は現実を拒否するように目を瞑った。
「亀!亀!しっかりするのだ!」
腹甲を叩かれているような気がして、僕は目を開ける。
ぼやけた視界に映る月。息を吸おうとして、遅れてやってきた痛みに咳き込む。
「おお、気がついたか……」
ほっとしたような声。まだ視界がはっきりせず顔はわからないが、紺色の闇に溶け込むような服装から判断するに、僕をのぞきこんでいるのは神父のようだ。
げほげほと咳き込み続けるうちに身体から桃色の光が流れ出し、痛みが引いてゆく。なぜ光が出るのか、なぜ痛みが消えていくのか、その時は気にする余裕がなかった。
痛みが完全に引いてしまうまで、僕も神父も黙っていた。
「何故一人で出歩いたりした」
抑えた声で神父が問う。
「死にたいならそう言えばよかったのだ」
突き放すような目だ。僕はそれを直視できずにうつむいた。
「浅はかな、判断でした」
聞こえるか聞こえないかの音量でそう答える。
また間が開いた。
「……そう思ったなら二度とやらないことだ」
頭に何かがぶつかる。携帯食糧を持った神父の手だった。返事をしようと口を開けると、食糧をぐいぐい押し込まれた。
「神父……」
「わかったか」
押し込む手が止まらないので僕は声を出すのを諦め、咀嚼しながら静かに頷いた。
月はまだ高かった。
もともとはアパートだったらしいそこは既に荒れ果て、およそ人の住むところとは思えぬありさま。
甲羅を得る前に住んでいたアパートのことを思い出す。あそこもここと同じくらい荒れ果てていたな。
一部屋ずつ入って、台所から棚から何か食べられるものはないかどうか確かめながら進んでいく。
そういう風にして、五階まできた。
この部屋で最後だ。ここまで何一つ収穫はなかった。
ドアノブに手をかけたとき、中から大きな音がした。
ぎょっとしてノブから手を放す。
何かを叩いているような音だ。
僕は目の前のドアを見た。古びたお札のようなものが貼られている。中から音がするたび、そのお札は震えていた。
今にも破けそうだと思ったまさにそのとき、お札が破れ、ドアがばん、と開かれた。
何が出てきたかは確認するまでもない。僕は唸り声を背に、一目散に逃げ出した。
慌てて階段を上ってしまったのが間違いだった。目の前が開ける。冷たい夜気、暗い空に浮かぶ月。屋上に逃げ場はない。
遠くの方から近づいてくる足音を気にしながら隅の方に走る。屋上の端から身を乗り出したとき、ドアの開く音がした。
隣のビルの屋上が目に入る。
僕は跳んだ。
隣のビルの屋上はアパートの屋上より低い。ぎりぎり届くかもしれない。僕は落ちながら手を伸ばした。
屋上の縁が中指をかすった。駄目だ。落ちる。景色がひゅんひゅんと目の前を縦に過ぎる。
まだ死にたくない。僕は現実を拒否するように目を瞑った。
「亀!亀!しっかりするのだ!」
腹甲を叩かれているような気がして、僕は目を開ける。
ぼやけた視界に映る月。息を吸おうとして、遅れてやってきた痛みに咳き込む。
「おお、気がついたか……」
ほっとしたような声。まだ視界がはっきりせず顔はわからないが、紺色の闇に溶け込むような服装から判断するに、僕をのぞきこんでいるのは神父のようだ。
げほげほと咳き込み続けるうちに身体から桃色の光が流れ出し、痛みが引いてゆく。なぜ光が出るのか、なぜ痛みが消えていくのか、その時は気にする余裕がなかった。
痛みが完全に引いてしまうまで、僕も神父も黙っていた。
「何故一人で出歩いたりした」
抑えた声で神父が問う。
「死にたいならそう言えばよかったのだ」
突き放すような目だ。僕はそれを直視できずにうつむいた。
「浅はかな、判断でした」
聞こえるか聞こえないかの音量でそう答える。
また間が開いた。
「……そう思ったなら二度とやらないことだ」
頭に何かがぶつかる。携帯食糧を持った神父の手だった。返事をしようと口を開けると、食糧をぐいぐい押し込まれた。
「神父……」
「わかったか」
押し込む手が止まらないので僕は声を出すのを諦め、咀嚼しながら静かに頷いた。
月はまだ高かった。