短編小説(3庫目)

 流行り病にかかって一週間ほど臥せっていた。
 目を閉じると漫然とした身体の重さと一緒に、のろりと流れてゆく時間。
 居間のテレビのがなる声が吐き気に響いて頭が痛い。
 
 夢を見る。
 奇妙な夢だ、ただ奇妙な。
 温泉街が出てきたことは覚えている。それ以外はきっと、説明しても面白くはないだろう。
 
 夢は私にとって面白く、私は他の夢も見たいと思い、頭の中を期待という名のうるささでいっぱいにしながらまた、寝た。
 
 ……朝になっていた。
 体調は相変わらず悪く、吐き気がする。
 
 夢を見る。
 奇妙な夢だ。きっともう思い出せない。
 北の地の、ストーブで温もった窓から見た雪。優しい夢だった気がした、懐かしい夢だった気がした、二度とかえらない場所である気がしたが、全て忘れた。
 
 夢はいい。
 夢は全てを忘れさせてくれる。
 そうだ。現実で一生懸命頑張って物を作るより、夢は手軽に快さを連れてきてくれる。
 布団に潜って寝る準備を整えさえすれば夢は見られる。それだけなのだ。
 それだけのことなのだ。
 
 それでも、身の回りを整えなければ身体はぼろぼろになってゆく。
 夢の快に反比例するかのように現実がおざなりになって、おかしくなってゆく。
 
 ……そんな話を聞きたいと思ったか? 今は夢を賛美していれば済むときだというのに。
 
 夢はいい、
 夢は全てを忘れさせてくれる。
 眠るように穏やかな別れを、などと言うが、その人の言う気持ちがわかるような気がする。
 
 わかったような語り。不快感がじりじり、じりじりとこの身を焼いてゆく。
 何が夢だ、馬鹿馬鹿しい。
 こんな戯れは終わらせなければ。ふわふわと暖かいだけの世界で生きていれば現実が摩耗する。夢は耽るものではない。
 
 ……わかっているのに断ち切れず、ずるずると、ずるずると沈む、ひやりと冷たい夢を見る。
 置いてきたはずの夢、終わらせたはずの冬の夢を、見る。
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