短編小説(3庫目)

 何か言おうとしても何も出てこない。
 そりゃそうだ。こんな俺の話なんて誰も聞きやしないからな。
 だから俺はずっと黙っていたんだが、あら残念。壇上に引きずり出されてこのざまだ。

 元来俺は臆病で、自分の思うことを口に出さないたちだった。
 嫌われたらどうしよう、とか、親に怒られる、とか、そういうことを考えてたんだろうが、今となってはもう喋るのが面倒になっちまった。
 恐る恐る喋らない奴をやってた俺は進んで喋らない奴をやるようになった。
 そんな奴いっぱいいるだろ? 言語化しないだけで。

 ともあれ、俺は喋らないタイプだ。
 それがなんでこんなに喋ってるかって、そりゃま……先生、あなたが喋れと言ったんじゃないですか。俺はもともと喋るタイプじゃないのに喋れるようになるお薬ですよって液体を……
 え?
 あれはただの水?
 ……ハハ。

 帰っていいですか? そもそも俺が何の話をすればこうなるのかわからない。俺は病気じゃねえですよ、人よりちょっと変わってるだけで。
 え? 生涯? 生涯かけて償えってんですか?
 何を?
 もっと気楽に? 元の口調に戻して?
 ざまあねえな。
 俺は役者にゃ向いてないって散々言ったのに。
 なんでもリアル? 演劇? をやるってんで偉いセンセに俺が選ばれたらしい。
 その辺にいる病人ですよ、俺は。さっき病気じゃないって言っておきながら病人だと言う。病気と病人は違うでしょう? 俺は病気じゃねえが、病人だ病人だと言われてほんとに病人みたいになっちまった。

 先生。助けてください、俺は病人なんです。
 周囲から病気だ病気だって言われた結果何もできなくなっちまった病人なんです。
 先生。人格を治す薬をください。お願いしますよ。芸術は何にでも効くんでしょう? 先生のZ見てますよ、いずれは身体の病気も直すようになるって、生徒たちが言って……何でそんなこと知ってるんだって? やだなあ先生、俺と先生はZで知り合ったんでしょうが。

 じゃあそれで。俺の生い立ちについてもっと詳しく?
 そんなこと知ってどうするんです? え、クライアント? 主体? よくわからねえ横文字とよくわからねえ熟語をあわせて使いなさる。俺はもうちんぷんかんぷんですよ。巡回の時間が迫ってないですか? 大丈夫?

 俺の生い立ちですか?
 何のことはない、よくある三文小説に書いてあるような内容ですよ。それでも聞きたいですか?
 はあ。これは現代演劇なのだから、何をやっても無駄にはならないのだよ。成る程。
 現代演劇ってのもよくわからないジャンルでさあね。お手洗いにあるものをそのまま飾って芸術ですってするんでしょ? たくさんの空き缶描いて芸術ですって……それはアート? アートて芸術のことじゃないですか。きみの現代芸術観は古い。
 ハハ。
 病人に学を期待する方が間違ってまさあね。
 それで、俺の生い立ち……どうしても話さなきゃ駄目ですか? そっちの方が華が出る? 嫌ですよ俺ぁ。ただの演劇なんかに俺の人生決められたくないね。

 そもそもだよ。俺なんかがやるようなことは先人が既にやってる。そうでなくとも偉い作家先生が後にやって売れるんだ。そうに決まってる。先生もそうじゃないですか、どこなんだか名前聞いたことねえ大学の演劇の教授。かわいそうな学生たち集めてよくわからねえ研究をしておられるんでしょう。現代演劇? そんなの聞いたこともないね。バタイユ? 誰でしたっけそれ。先生の演劇史観もお古いんじゃないですかあ?
 
 続けて?
 俺がこんなに挑発したのに?
 それでも許してくださるんで?
 ハハ。
 先生は天使ですね。
 よく見りゃ白衣も着ておられる。
 学生さんも白衣。天使の集団だ。

 で、先生。俺には何のお薬が出されるんです?

 はあ。
 聞いたことないね。
 ま、俺ぁ薬の名なんぞ覚えられないんで、ええと。番組は……院内の監視カメラにて放映中。

 そいじゃ。また。
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