短編小説(3庫目)

 友人が入院した。
 そのことはわかるのだが、そのほかのことはわからない。

 友人が入院した。
 その病院というのには「隔離室」がついていた。
 病院にとって「悪い」ことをした人が入れられる部屋。
 一つしかない窓には鉄格子がはまっていて、暗くて、昼夜がわからなくて、己の身と衣服以外何も持ち込むことはできなくて、お手洗いは自分で流すことができなくて、……
 まあ、そんな、隔離室。
 のある病院に、友人が入院した。

「それは大変でしたね。なぜご友人は入院してしまったのですか?」
「何でだったかな……俺もそう暇な身ではないから、忘れてしまったよ」
「お忙しいのですね」
「忙しいさ。勉強に、社交に……止まっている暇なんてないし」
「それで、ご友人とはどのようなご関係で?」
「インターネットの友人だ」
「現実世界で関係しているわけではないと」
「無い。インターネットの、アカウントだけの付き合いだよ。ちなみに通話もしたことが無いよ」
「……なるほど、文字だけの付き合いである、と」
「……そう」

 画面の向こう同士でオフ会をしたこともある。友人はチョコレートが好きだったので、チョコレートを食べるオフ会だ。
 オフの世界じゃないけれど、オンのままのオフ会。
 チョコレートはべたべたして、歯にくっついた。

 友人の病院はクリーム色をしている。真っ白だったら██してしまうと思われたのだろう。クリーム色。いいことだ。
 ファッション雑誌とテレビが並んでいる。けれど、ファッション雑誌は破って遊ぶ人がいるとかで、上の人にしまわれてしまった。
 読みたいときは声をかけてください、だと。便利だねと友人は言う。
 俺はそうは思わない。

 友人はいつも、俺を守ってくれた。
 俺が傷つかないよう、マニュアルなんかまで作って守ってくれたらしい。
 けれども友人は俺以外には傲慢で、インターネットでは威張り散らして嫌われた。
 同じ状況になろうとも傲慢にならない人間もいるというのに、友人はまあそういう奴らしい。
 小物なんだろう。

 俺が何を言いたくてこれを書いてるかって、友人に感謝してるってことだ。
 なに、感謝と一緒に悪口を書いている? 傲慢だなんだ、小物だなんだって?
 それはそう。
 君たちは俺の悪口を俺と一緒に見ていることになるのだよ。

 ◆

 ……友人はいなくなった。長い入院生活で消滅してしまったらしい。
 そんな物語みたいなこと、と思うだろうか。
 俺のことを「頼む」と言っていたらしい。あいつは最後まで俺を守ろうとしていたのか。本当だろうか。それともその全てが、俺の見た夢だったのだろうか。夢現の境が曖昧なのは今に始まったことじゃないけれど。
 一人残してほしくはなかった。たった一人で歩む世界はあまりにも寂しくて。
 
 俺の中にいた「友人」はそうしていなくなったのだ。
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