短編小説(3庫目)
「小説の才能なんていらないから普通に生きたかった」
君の最後の言葉はそれだった。
泣いているような、笑っているような、そんな顔で、君は俺の目の前からいなくなった。
◆
手芸部で一緒になった君は、小説を書いていた。
俺がいた高校の手芸部はどこか欠陥を抱えたはみ出し者の集まるところで、どの部活にも馴染めない、運動の苦手な生徒が来るところだった。
高校入学後すぐ。
生徒はどこかの部活に属さなければいけないようで、教師に帰宅部に入りたいです、と言うとそんな部活は無いから別の部活を探せと答えが返る。
とぼとぼと歩いていたら、メイド服で勧誘する部活に出会った。
男子も女子も皆、制服の上からメイド服を着ていて、その割には暗い雰囲気の部活。
それが手芸部だった。
君と出会ったのはそんな手芸部の部室だ。
俺たちの通う学校は教室と別棟に部活動棟というものがあり、どの部活もそこに部室を持っていた。
零細部活の手芸部も同様、そこに部室がある。
メイド服の先輩と顧問に引きずられてやってきた部室で、俯いて本を読んでいた女子。
「あ。君が、新しい部員?」
それが、君だった。
部活は放課後毎日あったが、毎日来なくても誰からも何も言われないというゆるい部で、そう、零細という印象の通り、大変自由で幽霊部員ばかり。顧問も含めて行事のときだけ皆来るという部活だった。
初めての部活の日も、俺と君と、Dという先輩だけが出席していて、顧問はじゃあ任せたからねと言って早々に職員室に引き上げて行った。
「あの」
俺は君に話しかける。
「どうしたの」
「手芸しなくていいんですか?」
「いいんだよ。誰もしてないじゃん」
「D先輩はしてますけど」
「あの人は手芸が好きだから、いいの。そんなことより、ねえ君」
「何ですか」
「同じ歳なのにどうして敬語なの」
「なんか……そんな感じがしたから」
「普通に喋れるんじゃん。ちゃんとタメ語使ってほしいなあ」
「え~……」
俺は嫌な顔をした。
「なんでそこで嫌な顔するの!?」
「敬語の方が落ち着くんだよ」
「あ~でもタメ語使ってくれてる! 私なんだか君と仲良くなれた気がするなあ!」
「そりゃどーも」
急激に距離を詰めてきた君に俺は困惑するどころか、どこか嬉しく思う、そんな自分が不思議だった。
中学のときは陰キャで通していて、友達なんて一人もいなかった。高校上がって初めてできる友達が部活の奴で、しかも女子だとは思ってもいなかったから、部活も友達作りに役立つんだななどという場違いなことを考えていた。
「うまくいかないな~……」
君は小説を書いていた。どうも才能があるらしく、文芸部でもないのに学校誌に載ったり、教えてくれた投稿サイトのランキングに載ったりと冴えない俺とは大違い。
「うまくいかなくてもどうせ今回もランキング載るんだろ」
「そうだけど、それと自分が納得いくかは違うの。私は自分が納得したくて小説を書いてるんだよ」
「持論展開!」
「展開してるけど恥ずかしくないよ~。一つのことに打ち込む人をからかうのはよくない」
「それはごめん」
「よろしい」
どうもコミュニケーションがわからない。友達がいなかったからだろう。
「コミュニケーションの仕方を教えてくれる小説とか書いてくれよ」
「そういうのは小説じゃなくて、指南書だよ」
「でも指南書を小説で読めたら楽しいと思うんだ。それも、君の書いた小説ならもっと楽しいだろ」
「な、……」
「違うか?」
「なんか褒められた気がする~!」
「君は才能があるからな」
「そんなこと言われたことないよ……」
「結果が全てを示してる。君には小説の才能がある」
「……」
君が複雑な顔をしたことに、俺はなぜだろうと思いながらも、追及することはしなかった。
「は~……」
部室。今日は君と二人きりだ。
大きなため息を吐いた君に、
「どうしたんだ。また小説が上手くいかないのか」
「ん~まあ、そんな感じ……」
君はスマホをぽちぽちといじる。
「そんな感じかな~……」
画面を消して、ポケットにしまう。
君はごろんと転がった。
「ちょっと寝る。終わる時間になったら起こして」
「おお、わかった……?」
それまで君が部活中にこんな風に寝ることはなかったので、驚いた。
期末テスト近いし、勉強で夜更かししているのだろうか。
俺は君の家庭事情は知らないが、というか君が話したがらないので知らないが、赤点を取ると補習だ。部活に来られなくなってしまう。
すやすやと眠る君を前に何もすることがなくて、俺はスマホを出し、眺めていた。
授業中は禁じられているスマホだが、放課後および部活中は許されていて、運動部なんかだとトレーニングしながらぽちぽちといじっている生徒もよく見る。
学校のWi-Fiに繋いで動画サイトを見る。
すっすっとスクロールするうちに日は傾き、下校時刻になっていた。
「ふあ……」
「おはよう。よく眠れたか?」
「ん~……なんか、ううん、まあまあだね」
歯切れの悪い返事に俺は内心首を傾げる。
「どうかしたのか」
「何も。期末近いからさ。手を抜けないなって」
「ああ……勉強?」
「うんまあ……そんな感じ」
「わからないことあったら教えるが」
「わからないことはないんだけどね……時間ないんだ」
「時間は作るものって言葉もあるが」
「……」
「ああ悪い、」
「残酷だよね……君は」
その声が、いつもより低くて。
「わ、悪い……」
「……」
君の目が潤む。
「なあ……本当にどうかしたのか」
「どうもしてないよ」
君はにこりと笑う。
そうして、
「じゃあね」
君は帰って行った。
夜。
SNS。
『最近私ダメだなぁ。もう、人生終了しちゃおうかな笑』
君の投稿は近頃、作品宣伝ポストばかりになっていた、そのことを不自然だと思わなかった俺。
せいぜい忙しいんだと思っていた。
笑、をつけてはいるが、本気に近いのではないか。
そう思った俺は、
『早まるなよ。死ななくても生きてれば人生なんとかなる、もし君が留年の危機なら俺が教えるし、授業のノートを見せても良い』
身バレ必至のリプライを飛ばす。
『親切なんだね』
『そんなことはないぞ』
『じゃあ、私の抱えてる問題……教えてくれる?』
『もちろん』
『明日話すね』
君も身バレ必至のリプライで返す。
そんなことが、不謹慎でも嬉しくて。
俺は――
「やあ」
「おう」
放課後。今日も二人きり。
周囲の部屋では運動部が用意などをしており、ざわざわと騒がしい。
「昨日言ってた『問題』なんだが、どういう奴なんだ?」
俺は早速切り出した。
「ああ、それか……それはね、」
「――――」
君の声は聞き取れない。
昔から、俺はざわざわした場所で相手の声を聞き取れないことが多く、
「何て言った……?」
「そうだよね。おかしいよね……――――なんて」
「ごめん、ほんとに聞こえないんだ」
君はくしゃっと顔を歪ませる。
「……小説の才能なんていらないから普通に生きたかった」
次の日から、君は学校に来なくなった。
風の噂で、留年した、と聞いた。
◆
今。
俺は小説を書いている。
けれども君と違って俺に小説の才能はなかったみたいだ。
何を書いても鳴かず飛ばず、投稿サイトのビューは回らず、感想も来ず、ランキングなどもってのほかだ。
それでも君が、もし、生きているなら。
更新の止まった投稿サイトを見て、思う。
もし生きているなら。
どんな形でもいいから、生きていることを示してほしい。
……それは俺のエゴだった。
生き残った側のエゴだった。
どこにいるのかわからない。君の問題が何だったのかもわからない。突然俺の人生から消えた君が何を考えていたのかなんて、人生で最初の友達だった君が何を思って俺と接していたかなんて、俺にはわからなくて。
そうだ。
きっと俺は、好きだった。
君のことが。
恋でなくとも、好きだったんだ。
たよりを待つ。
いつまでも。
下手な小説を書きながら。
俺は君を、待っています。
君の最後の言葉はそれだった。
泣いているような、笑っているような、そんな顔で、君は俺の目の前からいなくなった。
◆
手芸部で一緒になった君は、小説を書いていた。
俺がいた高校の手芸部はどこか欠陥を抱えたはみ出し者の集まるところで、どの部活にも馴染めない、運動の苦手な生徒が来るところだった。
高校入学後すぐ。
生徒はどこかの部活に属さなければいけないようで、教師に帰宅部に入りたいです、と言うとそんな部活は無いから別の部活を探せと答えが返る。
とぼとぼと歩いていたら、メイド服で勧誘する部活に出会った。
男子も女子も皆、制服の上からメイド服を着ていて、その割には暗い雰囲気の部活。
それが手芸部だった。
君と出会ったのはそんな手芸部の部室だ。
俺たちの通う学校は教室と別棟に部活動棟というものがあり、どの部活もそこに部室を持っていた。
零細部活の手芸部も同様、そこに部室がある。
メイド服の先輩と顧問に引きずられてやってきた部室で、俯いて本を読んでいた女子。
「あ。君が、新しい部員?」
それが、君だった。
部活は放課後毎日あったが、毎日来なくても誰からも何も言われないというゆるい部で、そう、零細という印象の通り、大変自由で幽霊部員ばかり。顧問も含めて行事のときだけ皆来るという部活だった。
初めての部活の日も、俺と君と、Dという先輩だけが出席していて、顧問はじゃあ任せたからねと言って早々に職員室に引き上げて行った。
「あの」
俺は君に話しかける。
「どうしたの」
「手芸しなくていいんですか?」
「いいんだよ。誰もしてないじゃん」
「D先輩はしてますけど」
「あの人は手芸が好きだから、いいの。そんなことより、ねえ君」
「何ですか」
「同じ歳なのにどうして敬語なの」
「なんか……そんな感じがしたから」
「普通に喋れるんじゃん。ちゃんとタメ語使ってほしいなあ」
「え~……」
俺は嫌な顔をした。
「なんでそこで嫌な顔するの!?」
「敬語の方が落ち着くんだよ」
「あ~でもタメ語使ってくれてる! 私なんだか君と仲良くなれた気がするなあ!」
「そりゃどーも」
急激に距離を詰めてきた君に俺は困惑するどころか、どこか嬉しく思う、そんな自分が不思議だった。
中学のときは陰キャで通していて、友達なんて一人もいなかった。高校上がって初めてできる友達が部活の奴で、しかも女子だとは思ってもいなかったから、部活も友達作りに役立つんだななどという場違いなことを考えていた。
「うまくいかないな~……」
君は小説を書いていた。どうも才能があるらしく、文芸部でもないのに学校誌に載ったり、教えてくれた投稿サイトのランキングに載ったりと冴えない俺とは大違い。
「うまくいかなくてもどうせ今回もランキング載るんだろ」
「そうだけど、それと自分が納得いくかは違うの。私は自分が納得したくて小説を書いてるんだよ」
「持論展開!」
「展開してるけど恥ずかしくないよ~。一つのことに打ち込む人をからかうのはよくない」
「それはごめん」
「よろしい」
どうもコミュニケーションがわからない。友達がいなかったからだろう。
「コミュニケーションの仕方を教えてくれる小説とか書いてくれよ」
「そういうのは小説じゃなくて、指南書だよ」
「でも指南書を小説で読めたら楽しいと思うんだ。それも、君の書いた小説ならもっと楽しいだろ」
「な、……」
「違うか?」
「なんか褒められた気がする~!」
「君は才能があるからな」
「そんなこと言われたことないよ……」
「結果が全てを示してる。君には小説の才能がある」
「……」
君が複雑な顔をしたことに、俺はなぜだろうと思いながらも、追及することはしなかった。
「は~……」
部室。今日は君と二人きりだ。
大きなため息を吐いた君に、
「どうしたんだ。また小説が上手くいかないのか」
「ん~まあ、そんな感じ……」
君はスマホをぽちぽちといじる。
「そんな感じかな~……」
画面を消して、ポケットにしまう。
君はごろんと転がった。
「ちょっと寝る。終わる時間になったら起こして」
「おお、わかった……?」
それまで君が部活中にこんな風に寝ることはなかったので、驚いた。
期末テスト近いし、勉強で夜更かししているのだろうか。
俺は君の家庭事情は知らないが、というか君が話したがらないので知らないが、赤点を取ると補習だ。部活に来られなくなってしまう。
すやすやと眠る君を前に何もすることがなくて、俺はスマホを出し、眺めていた。
授業中は禁じられているスマホだが、放課後および部活中は許されていて、運動部なんかだとトレーニングしながらぽちぽちといじっている生徒もよく見る。
学校のWi-Fiに繋いで動画サイトを見る。
すっすっとスクロールするうちに日は傾き、下校時刻になっていた。
「ふあ……」
「おはよう。よく眠れたか?」
「ん~……なんか、ううん、まあまあだね」
歯切れの悪い返事に俺は内心首を傾げる。
「どうかしたのか」
「何も。期末近いからさ。手を抜けないなって」
「ああ……勉強?」
「うんまあ……そんな感じ」
「わからないことあったら教えるが」
「わからないことはないんだけどね……時間ないんだ」
「時間は作るものって言葉もあるが」
「……」
「ああ悪い、」
「残酷だよね……君は」
その声が、いつもより低くて。
「わ、悪い……」
「……」
君の目が潤む。
「なあ……本当にどうかしたのか」
「どうもしてないよ」
君はにこりと笑う。
そうして、
「じゃあね」
君は帰って行った。
夜。
SNS。
『最近私ダメだなぁ。もう、人生終了しちゃおうかな笑』
君の投稿は近頃、作品宣伝ポストばかりになっていた、そのことを不自然だと思わなかった俺。
せいぜい忙しいんだと思っていた。
笑、をつけてはいるが、本気に近いのではないか。
そう思った俺は、
『早まるなよ。死ななくても生きてれば人生なんとかなる、もし君が留年の危機なら俺が教えるし、授業のノートを見せても良い』
身バレ必至のリプライを飛ばす。
『親切なんだね』
『そんなことはないぞ』
『じゃあ、私の抱えてる問題……教えてくれる?』
『もちろん』
『明日話すね』
君も身バレ必至のリプライで返す。
そんなことが、不謹慎でも嬉しくて。
俺は――
「やあ」
「おう」
放課後。今日も二人きり。
周囲の部屋では運動部が用意などをしており、ざわざわと騒がしい。
「昨日言ってた『問題』なんだが、どういう奴なんだ?」
俺は早速切り出した。
「ああ、それか……それはね、」
「――――」
君の声は聞き取れない。
昔から、俺はざわざわした場所で相手の声を聞き取れないことが多く、
「何て言った……?」
「そうだよね。おかしいよね……――――なんて」
「ごめん、ほんとに聞こえないんだ」
君はくしゃっと顔を歪ませる。
「……小説の才能なんていらないから普通に生きたかった」
次の日から、君は学校に来なくなった。
風の噂で、留年した、と聞いた。
◆
今。
俺は小説を書いている。
けれども君と違って俺に小説の才能はなかったみたいだ。
何を書いても鳴かず飛ばず、投稿サイトのビューは回らず、感想も来ず、ランキングなどもってのほかだ。
それでも君が、もし、生きているなら。
更新の止まった投稿サイトを見て、思う。
もし生きているなら。
どんな形でもいいから、生きていることを示してほしい。
……それは俺のエゴだった。
生き残った側のエゴだった。
どこにいるのかわからない。君の問題が何だったのかもわからない。突然俺の人生から消えた君が何を考えていたのかなんて、人生で最初の友達だった君が何を思って俺と接していたかなんて、俺にはわからなくて。
そうだ。
きっと俺は、好きだった。
君のことが。
恋でなくとも、好きだったんだ。
たよりを待つ。
いつまでも。
下手な小説を書きながら。
俺は君を、待っています。
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