短編小説(3庫目)

 最近、物事がすぐ嫌になる。
 考えてはいるのだが、考えが追いつかないのだ。
 回らなくなった思考が「もう嫌だ」と叫ぶので、俺はそれを嫌フォルダに突っ込んで、無かったことにする。
 何もかも。

『ほらほら俺くん、僕が来てあげましたよ』

 もう一人の俺が言う。
 俺はそれを無視する。
 もう一人の俺が表に出ているときに俺の意識と記憶は無いし、今こうして意識があるときに話しかけてきているのはもう一人の俺ではなく俺の頭が生み出した都合の良い幻聴に決まっているからだ。

『俺く~ん、返事してくださいよ~。僕がいないと生きていけないんじゃなかったんですか?』
 
 いや……これはもう一人の俺の幻聴ではなく、違う誰かを模した幻聴なのではないか。
 いやしかし。
 俺は誰かに「お前がいないと生きていけない」なんて言ったことはない。
 だからこれは何者でもない幻聴。
 そんなことがあって良いのか? 幻聴の主が何も模していないなんてことがあっても?

「………」
『俺くーん』
「お前は誰だ?」
『忘れちゃったんですか? 小さい頃よく遊んでいた█ですよ。せっかくこうしてやってきたのに』
「嘘はやめろ」
『なぜ?』
「█なんて奴はいない」
『ふーん……』

 そして奴は黙った。
 いや、違う、幻聴は黙った。だ。
 あれを存在として認めたりしてしまうと、図に乗ってもっと余計な発言をしてくるかもしれない。
 図に乗る?
 幻聴が?
 全部俺の妄想なのに?
 無い無い。

 ……最近何にでもイライラしてしまう。
 イライラして、嫌になるから物事をすぐに投げ出して。
 編みかけの飾りとか、ペット用のおもちゃとか。
 製品を作る以上、向こう側に顧客がいることを考えて作らなければいけないのに、すぐ嫌になってしまってそれどころではない。
 内職は客の顔が見えないのが辛いな。
 さあ、妄想なんて置いといて仕事に戻らなきゃ。
 幻聴を聴いてぼーっとしている時間などない。また上司に叱られる。
 「また」?

 俺が上司に叱られたことなんてあったか?
 あったと思う。
 たぶん。
 ……もう考えるのが嫌になった。
 さっさと仕事を続けないと、

『君は自分の好きなことしかできないから、その仕事は向いてないよ』
「………」
『困ったね』
「………」
『どうして真面目にできないんだい』

 これが俺の幻聴なら、もっと俺に都合のいいことを喋ればいいのにな。
 いや。自責が俺にとって「都合のいいこと」だからそうしてくるのか。
 駆け足で切り抜けたい。都合のよくないこと全部。都合のいいことはずっと咀嚼して、駆け足で。
 でも自責が都合のいいことなら、それを咀嚼するのは……嫌だな。
 どうしてそうなる?
 どうしてこうなる?

『それはね……君が』
「自責はもう結構」
『あはは! 気付いちゃったね!』
「何に?」
『都合がいいってことに』
 俺はため息を吐く。
 締め切ったカーテンの外、ぎらぎらした日差しがカーテンの隙間から漏れて、俺の瞳を鬱陶しく刺す。
『俺くん!』
「お前はそれをやめろ。肝心なときに出てきてもくれない癖に、いつも俺を一人にする癖に、どうしてお前だって確証がない幻聴なんかで話しかけてくるんだよ……」
『……』
 饒舌だった幻聴が、止まった。
 ほら見ろ。
 どうせこんなもんだ。
 幻聴さえも俺を助けてはくれない。
 なあ。お前がまだいるのなら、俺はお前とこそ話がしたかった。
 こんな幻聴じゃなく。

『あはは、ひどいなあ! 僕も友達じゃないんですか?』

 俺は声を無視した。
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