短編小説(3庫目)

 俺は自分の気持ちがわからない奴だった。
 今こうして饒舌に喋っているのは、まあ、先生の前だからです。
 え? 無理に敬語を喋ろうとしなくていい?
 わかりました。でも精一杯頑張ります。
 そういうのいらないから? ハハ、先生なかなか厳しいですね。
 流暢な敬語になったね?
 さあ。人格が入れ替わりでもしたんじゃないですか?
 笑えない?
 アハハ!
 話の続きをしましょうか。
 俺は自分の気持ちがわからない奴だった。
 感情の成長速度も遅かったらしい。
 長い間、嬉しい・楽しいと悲しい・憂鬱しか感情を持たなかった。
 それだけあれば十分?
 そうかな?
 俺は自分には「怒り」が足りなかったんじゃないかと思う。
 怒りを抑圧してしまったがためにこんなに怒りっぽい人間になってしまった。
 人間かどうかも疑わしいがな。
 というのはかっこつけたヒトのやることですか、先生?
 でもここは小説だから僕は何にでもなれるんですよ?
 魔神かもしれないし、ペガサスかもしれないし、天使かもしれないし、吸血鬼かもしれないし。
 いきなり幻想上の生き物が出てきたのでファンタジーでしょうか。
 話を続けましょう。
 俺は、僕は、どっちがいいですか?
 自然に任せる?
 わかった。
 ……俺は小さい頃からファンタジーが好きだった。
 ファンタジーに出てくる生き物に憧れ、特に不老不死の長命種に憧れた。
 若く聡明なまま永久に過ごせるならそれはどんなに良いだろう。
 歳を取るなんて不快なことしかない。
 悲しくなった。
 世界はこんなにも憂鬱だ。生老病死。それが俺を悩ませていた。
 小さい子は死に怯えると言う。
 それが俺にものしかかっていたのだ。
 だが学生になったころ、突然何もかもがどうでもよくなった。
 薬を飲んだ。処方薬。先生のところとは別のところでもらった薬ですよ。念のため。
 ただ、薬を飲むのはいいんですが、そのころからだったかな、ずっと眠り続けてしまうようになってしまいました。
 いわゆる過眠ですね。
 困りましたね。
 「俺」が眠ってばかりで話が進みません。
 あのね先生この話は俺が直接タイムスリップして行っているのでその俺が寝てしまうと僕も話を進められなくなってしまうのです。
 タイムスリップを行ったのは悪手でしたね。
 新技術を試していただけるのはよかったんですが、対象が怠惰ではね。
 え? 怠惰じゃない? 君のそれは病気だ?
 さあ。ただのロングスリーパーかもしれないじゃないですか。
 ロングスリーパーは怠惰じゃない?
 そうですね。
 でも僕のこれは怠惰なんですよ。なぜなら周囲からそう見られるから。いくら本人が違うと主張しても、周囲が奇異の目・非難の目で見てくるならそれは怠惰なんです。わかってくれませんかね。あなたたちだってそうでしょ。誰かのことを奇異の目、非難の目で見て、それでもって対象に悪属性を付与した気になってる。

 じ、と画面の向こうを見ようとして、やめる。

 そんな風に怯えさせることが目的じゃないですからね。
 スクリーンの向こうかもしれないし。
 ねえ先生。
 どこにいるんですか?

 俺はスマホを閉じる。
 俺は、この部屋で眠っていて、そう、外に出たのが間違いだった。外にはろくなことが無い。俺を傷付けることしかなかった。だから眠っている。そうだ。この部屋に閉じこもって眠り続けていれば、何も起こらず終わってくれるはず。
 何も起こらなかった。
 何も知らなかった。
 誰も来なかった。
 誰も。

 先生、実験は失敗です。
 なぜそう思うのかね。
 対象が閉じこもってしまいました。
 再起動すればよい。
 受け付けません。
 強制シャットダウンは?
 対象に繋いだままシャットダウンすると不具合が……
 接続を切りなさい。
 そんなことをすると対象が過去に取り残されてしまいます。
 そんなことは知っている。
 ………
 接続を切りなさい。
 わかりました。





 ……俺?
 ……何、だったっけ。
 時が止まったみたいに何も起きない部屋。お腹も空かないし、薬を飲んでいないにも関わらずやたら眠いし。
 呼吸してるなら、眠っているなら、お腹が空くはずなんだけど。
 それでも。
 眠り続けられるなら好都合、なんて、誰が思ったんだろうな?
 
 ――来訪者はいない。
 
 今日も、何もなかった。
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