短編小説(3庫目)
診察室をノックして、入る。
「今日はどうしましたか?」
「仕事で手をやけどしてしまったんです」
「手をやけどするような仕事でしたっけ、あなた。デスクワークだと聞いていましたが」
「手をやけどしてしまったんです」
「……?」
「手をやけどしてしまったんです。もうほとんど治ったんですが、お風呂に入ると水ぶくれのようになって不快です。これがいつまでも続くんでしょうか」
「……私は皮膚科じゃないのでわかりませんが、塗り薬出しておきましょうか?」
「いえ、そういうわけには。すみません先生、それじゃ僕、皮膚科に行きますね」
「……ああはい。お大事に」
僕はメンタルクリニックを出て、皮膚科のある大通りに入った。
車がびゅんびゅん走っていて、アスファルトを車輪が削る音、エンジンの音、人の喧騒、そういったものがざりざりとしたノイズとなり僕を苦しめる。
僕はヘッドホンをつけた。
途端、鳴り響くベルの音。自転車の音が聞こえず、ヒヤリハットが発生したらしい。
「すみません」
僕は謝る。反応は聞こえなかった。ヘッドホンをつけているからだ。こういうとき対人恐怖は助かるな。何を言っても聞こえないんだから。
横断歩道を渡って、皮膚科のドアを押して入る。
初めて入る皮膚科だったので問診票を書いた。
どこに症状が出ているか、既往歴、飲んでいる薬など。
僕は何から何まで丁寧に書いた。
番号が呼ばれる。
42番。
ノックして、診察室に入る。
「どうしましたか」
「仕事で手をやけどしてしまったんです」
「ちょっと見せて」
「はい」
僕は両手を広げて医者の方へやる。
「ああ……これはやけどだね。キレイに焼けたね」
「ええまあ」
「薬出しとくから、一日二回塗ってね」
「ありがとうございます」
「お大事に」
診察は短かった。
待合室。
問診票に集中していたためさっきは見えていなかったが、今見回すと色々な漫画が置いてある。
流行りの漫画から明らかに関係者の趣味だろうと思える漫画まで。
観察するのは面白く、僕は昔読んだ漫画を見つけては内容を記憶から取り出して過ごした。
帰り。
変な男が出没するらしい。
あなたの本当にしたいことは何ですか、などと問いかけて、民衆を惑わすのだとか。
僕がやけどしたことにも関係しているのだろうか。
わからない。
「こんにちは」
ほら出た。
「噂をすればなんとやらと言いますね」
「俺は君のことを知りませんよ」
「僕はあなたを知っている。最近ここらに出没する変な男でしょう」
「違います。あなたが貰い忘れた薬を届けにきた薬剤師です」
「処方箋が使われていないからって薬剤師さんの方から薬を渡しにくるなんて聞いたことありませんよ」
「じゃあ何がいいですか?」
「もう帰ります」
「あなたがやけどしたこととも関係しているのかも」
「何が言いたいんです?」
「わからない……そういえば、あなたの本当にしたいことは何ですか?」
「そんなものありませんよ」
「ない? なぜ? 誰にでも心の奥底に秘めている本音なんかがあるでしょう」
「偉い先生が言ってました。自分の心の奥を見つめても大したものなんてないって」
「本当に?」
「僕は凡庸ですからわかりません。でも、こうして色々な人と接することで、何か見つかればいいなと思って日々暮らしています」
「合格!」
「何が合格なんです」
「未来社会への切符を手に入れました」
はー、と僕はため息を吐く。
こうして賢しげに僕に問いかける「変な男」すら異常者なのだ。この世の中にはロマンが無い。とにかくロマンが無いのだ。絶望してしまうだろう。だから僕はメンタルクリニックに通っているというのだ。
「未来社会への切符はもう持っていますから、いりません」
僕は、それではと手を振って路地を歩き出す。
「待ってください」
「待ちません」
「後悔しますよ」
「するときもあると思いますが、今はそういうの、やってないんで」
変な男は黙った。
僕は帰路につく。
その後。
未来社会2.0を目指す団体の噂が流れたが、僕のやけどは結局治らず、あの皮膚科はヤブだったなと思ったのだった。
「今日はどうしましたか?」
「仕事で手をやけどしてしまったんです」
「手をやけどするような仕事でしたっけ、あなた。デスクワークだと聞いていましたが」
「手をやけどしてしまったんです」
「……?」
「手をやけどしてしまったんです。もうほとんど治ったんですが、お風呂に入ると水ぶくれのようになって不快です。これがいつまでも続くんでしょうか」
「……私は皮膚科じゃないのでわかりませんが、塗り薬出しておきましょうか?」
「いえ、そういうわけには。すみません先生、それじゃ僕、皮膚科に行きますね」
「……ああはい。お大事に」
僕はメンタルクリニックを出て、皮膚科のある大通りに入った。
車がびゅんびゅん走っていて、アスファルトを車輪が削る音、エンジンの音、人の喧騒、そういったものがざりざりとしたノイズとなり僕を苦しめる。
僕はヘッドホンをつけた。
途端、鳴り響くベルの音。自転車の音が聞こえず、ヒヤリハットが発生したらしい。
「すみません」
僕は謝る。反応は聞こえなかった。ヘッドホンをつけているからだ。こういうとき対人恐怖は助かるな。何を言っても聞こえないんだから。
横断歩道を渡って、皮膚科のドアを押して入る。
初めて入る皮膚科だったので問診票を書いた。
どこに症状が出ているか、既往歴、飲んでいる薬など。
僕は何から何まで丁寧に書いた。
番号が呼ばれる。
42番。
ノックして、診察室に入る。
「どうしましたか」
「仕事で手をやけどしてしまったんです」
「ちょっと見せて」
「はい」
僕は両手を広げて医者の方へやる。
「ああ……これはやけどだね。キレイに焼けたね」
「ええまあ」
「薬出しとくから、一日二回塗ってね」
「ありがとうございます」
「お大事に」
診察は短かった。
待合室。
問診票に集中していたためさっきは見えていなかったが、今見回すと色々な漫画が置いてある。
流行りの漫画から明らかに関係者の趣味だろうと思える漫画まで。
観察するのは面白く、僕は昔読んだ漫画を見つけては内容を記憶から取り出して過ごした。
帰り。
変な男が出没するらしい。
あなたの本当にしたいことは何ですか、などと問いかけて、民衆を惑わすのだとか。
僕がやけどしたことにも関係しているのだろうか。
わからない。
「こんにちは」
ほら出た。
「噂をすればなんとやらと言いますね」
「俺は君のことを知りませんよ」
「僕はあなたを知っている。最近ここらに出没する変な男でしょう」
「違います。あなたが貰い忘れた薬を届けにきた薬剤師です」
「処方箋が使われていないからって薬剤師さんの方から薬を渡しにくるなんて聞いたことありませんよ」
「じゃあ何がいいですか?」
「もう帰ります」
「あなたがやけどしたこととも関係しているのかも」
「何が言いたいんです?」
「わからない……そういえば、あなたの本当にしたいことは何ですか?」
「そんなものありませんよ」
「ない? なぜ? 誰にでも心の奥底に秘めている本音なんかがあるでしょう」
「偉い先生が言ってました。自分の心の奥を見つめても大したものなんてないって」
「本当に?」
「僕は凡庸ですからわかりません。でも、こうして色々な人と接することで、何か見つかればいいなと思って日々暮らしています」
「合格!」
「何が合格なんです」
「未来社会への切符を手に入れました」
はー、と僕はため息を吐く。
こうして賢しげに僕に問いかける「変な男」すら異常者なのだ。この世の中にはロマンが無い。とにかくロマンが無いのだ。絶望してしまうだろう。だから僕はメンタルクリニックに通っているというのだ。
「未来社会への切符はもう持っていますから、いりません」
僕は、それではと手を振って路地を歩き出す。
「待ってください」
「待ちません」
「後悔しますよ」
「するときもあると思いますが、今はそういうの、やってないんで」
変な男は黙った。
僕は帰路につく。
その後。
未来社会2.0を目指す団体の噂が流れたが、僕のやけどは結局治らず、あの皮膚科はヤブだったなと思ったのだった。
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