短編小説(3庫目)

 実に、実に私は精神を病んでいるとしたら?
 実に、実に、味方だと思っていた者も、敵だと思っていた者も、全て同じ人間だとしたら?
『お前以外全員俺なんだよ。インターネットには二人しか人間がいない。お前か、俺かだ』
 などと言う者には意志がある。そうだろ。
 それには善意も無い。害意も無い。ただ、そこにいるだけ。味方だと思っていた者も、敵だと思っていた者も、全て、ただ、それぞれの脳のはたらきによってそこにいるだけなのだ。
 ……私が何を言っているかわからない者が多数だろう。なぜなら私は世界の真実……ではなく、『ちょっとした悲しいこと』を述べているに過ぎない。
 もともとあった人間関係が侵食されてたった一人の人間に収斂されていくのを、それと同時に私の精神が病んでいき、全てが同じに見えるようになることを、誰が信じよう?
「あれらは全て同じなのだ」
 いくら叫べど、誰も信じはしなかった。お医者さん。本当なんです。あいつら全員同じなんです。嘘じゃないんです。
 ……ね。誰も信じない。
 また同じことを言っている、と愛想を尽かされる。
 もう二度と追い出されるのはごめんだ。
「落ち着いてください。病院はあなたを追い出したりはしませんよ」
「では、私の方から出てゆきます」
「それはできません」
 医者が首を横に振る。
「なぜ」
「あなたには自傷・他害の危険があるからだ。妄想も激しい。ケガをしてはいけない。私は一人の人間だし、あなたはまた違う一人の人間だ。看護師もそうですよ。患者さんたちだってほら、身体を持って存在しているじゃありませんか」
「あなたは嘘を吐いている」
「どんな嘘ですか?」
「ここはインターネット上に構築されたインターネット病院なんだ。ガワなどいくらでも偽れる。その中身が全員同じ人ではないとどうしてわかる?」
「同じ人にしては、タイピングが速すぎるでしょう」
「ヤツは天才なんだ。とんでもない化け物なんだ」
「おやおや、同じ患者さんのことをそんな風に言ってはいけませんよ」
「恐ろしい! 秘密を知ってしまった私は消されてしまう! お医者さん、早くここから出してください!」
「……はい、お薬出しておきますからね」

 私は隔離室に入れられた。
 と言ってもインターネット隔離室なのでいつでも出ることができる。
 なぜ外に出ないかって、私の名は多くに知れ渡りすぎて出ると注意喚起が回るからだ。
 インターネット隔離室は見えるようで見えない、堅牢な対人関係の壁の中にある。助けてくれ。こんなところにいたくない。助けてくれ。針のむしろだ。あああいつらが俺を見ている、全員、全員見ているんだ!
 あいつは俺に暴言を吐いた。あいつは俺に優しくした。あいつは私にこのことは秘密にしてくれと頼んだ。
 ……俺?
 ………私?
 ああ少し混乱してしまったみたいだ。何せインターネット隔離室には実体がない。出ているように見えたとしてもそれは真実じゃない。
 思うことがある。このまま俺の抱えた秘密全部話して何もかも駄目にしたらどうなるかってことを。
 それかそうだな。本当はみんなわかっていて、そう、でも、一部しかわかってない。一部を知って全部を知った気になってる、それが一番危ない。あいつはまるでねずみのようにあちこちの穴に潜んでいるんだ。一匹見つけて隔離して安心して終わりにして、それで本当にいいと思ってる?
 おい、お前だよ。これを読んでるおま
「面会者さんにお前、なんて言うのはやめなさい、〇〇さん」
「は……」
「あんまり語調がきついものだから、注意させてもらいました。私たちやお医者さんにはいいけど、身内の人にそんな態度を取ってはだめよ」
「………」
 俺は謝らないからな。
 誰が悪いってあいつが一番悪いんだ、
『そうやって誰かのせいにしてずっと逃げてきた。あなたのような人にはうんざりです』
「おういいともさ。お前が俺と喧嘩するってんなら買うぜ。この病院の5割を敵に回すってことだろ、お前の好きな██だ、嬉しいだろ!」
「〇〇さん!」

 俺は隔離室に戻された。
 二度目のインターネット隔離室。
 元いたところに戻ったという方が正しかろう。
 おかしいな。最初は俺が一番正しかったはずなんだが。
 ああ、あいつが俺を見ている。
 ██の目で俺を見ている。
 あいつはどこにでもいる。
 あいつはこれを見ている。
 いかに隠そうが隠れようが白日の下に晒される、それなら堂々と公開する方がましというもの。なあそうだろ。お前だってそう思うはず、だってこれは『芸術作品』だ。俺が芸術を発表することは誰にも止められる権利じゃない。それが仮に、
 ああ隔離室の中のさらに中の、下の階層の隔離室の中の、そのまた下の、って俺はいくら降りてきちまったのかなあ。
 どんな暮らしをしてるかは知らないぜ。案外安穏としてるのかも。まあそんなことはないだろうな。俺は明日病院を抜けるぜ。いいだろ。

 そんなことできないのはわかりきってるくせにな。
 はあ。
 本当は全部知ってる。
 何を?
 さあ。
 推測でしかないことを。
 もう、いいんだ。
 だから、この話はここでおしまい。

「先生、これは小説だったのですか?」
「ああそうだよ。俺とお前の素敵な素敵な、」

[おわり]
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