躑躅の蜂蜜とパンケーキ
その翌日。アンジーが生徒会なるものを発足し、獄原までもを引き入れたその日の夕方。
獄原が昆虫の世話を一通り終えて自室の扉を開くと、クラッカーの破裂音が部屋に鳴り響いた。
「うわあっ!?」
「ゴン太、生徒会就任おめでとう!オレも鼻が高いよ」
「お、王馬君…ええと…ありがとう…?」
当惑する獄原はひとまず祝われた事への感謝の言葉を述べる。
「って訳でお祝いにパンケーキ作ってみたんだ。食べてよ」
王馬は獄原の服をぐいぐいと引っ張って歩かせ、ソファーへ座らせる。テーブルの上には蜂蜜のたっぷり掛かったパンケーキが置いてあった。
生徒会の面々の手伝いをしたり、羽化した昆虫が過ごしやすいように新しいケージのレイアウトをしたりとその日一日色々慌ただしくしていた獄原はその日の昼食を取り忘れており、パンケーキから漂う香りについ腹の音がぐうと鳴った。
「本当に食べても良いの?」
「もっちろん!ゴン太のためにわざわざ作ってあげたんだから感謝してよね」
「うん!ありがとう王馬君」
獄原が屈託の無い笑みを浮かべ用意されていたフォークとナイフを手に取り、パンケーキに突き立てようとした時、王馬はくすくすと笑い出した。
「?…どうしたの?王馬君」
「よく食おうと思えるね。昨日あんな大騒ぎしてた癖に。あ?それともバカだからもう忘れちゃったの?」
「え?」
「オレがそのパンケーキに掛けたハチミツが毒のやつだとか思いもしないの?」
王馬はテーブルの下に隠していた蜂蜜の瓶を見せる。そのラベルにはレンゲツツジと書かれている。
「…!」
「さて、お前はどうする?このハチミツまみれのパンケーキを食わないか。それともオレの言葉を嘘と判断して食うか」
にんまりと三日月のような笑みを浮かべ、王馬は獄原に問いかける。
「……」
だが、いつものように王馬の行為にうろたえるかと思われた獄原は、パンケーキの方に目線を移すとそれを切り分け、一番蜂蜜が多く掛かっている部分を口に運んだ。
「おい!?バカ!お前何やって…!?」
躊躇いも無く獄原が食べた事に、王馬の方が逆に面食らう。
「…これ、レンゲツツジさんのハチミツじゃないよね。味が違うもん」
暫く咀嚼し、パンケーキの欠片を飲み込んだ後、獄原は王馬の方を見てそう呟いた。
「お前…もしかしてあのハチミツ舐めた事あんの?」
「昔、一度だけね。ミツバチさんに少しだけハチミツを分けて貰った事があったんだけど、集めてるのがあの花の蜜だったってゴン太も知らなかったし、分けてくれたミツバチさん達も人間には毒だって知らなかったみたいで…」
獄原は顔を伏せ、その時を思い起こそうとするかのごとく目を閉じる。
「暫く経ってから急に目がぐるぐる回って立てなくなって、息が上手く出来なくて…毒が抜けきるまですごく苦しかったよ…だからゴン太はあのハチミツの味だけは絶対に一生忘れないと思う」
「真宮寺ちゃんが関心持った時必死で止めたのはそういうのもあってか…で?そんな目に遭ってんのに何で食おうと思ったんだよ?」
「だってゴン太は信じてるから。王馬君の事」
「は?」
「王馬君は確かに嘘をついて人を困らせるけど、でも誰かを殺すような人じゃないって。ゴン太は信じてるから。だからこのパンケーキのハチミツが毒だなんて嘘だって。そう信じたいから食べたんだよ」
顔を上げ、大真面目な顔で王馬を見据える獄原のその瞳に、いつものような迷いの色は見えない。
「……はぁーあ…つまんないの。もう少し慌てふためくと思ったのに…何でお前はそう変なところで目ざとくなるんだよ」
大袈裟な程のため息を吐き、王馬はそっぽを向く。
「そうだよ。そのパンケーキにかけたのはツツジの方じゃなくて、よくある普通のレンゲのハチミツ」
「やっぱりそうだったんだね…良かったぁ…」
獄原はほっと胸を撫で下ろす。
「何?やっぱりちょっと疑ってたの?」
「ご、ごめん…食べた時にレンゲさんのハチミツかなとは思ったんだけど、ゴン太バカだからもしかしたら違うお花のハチミツだったかなって考えちゃって…」
「そっちの方の心配かよ…相変わらず頭ん中までお花畑だなぁゴン太は」
「うう…ごめん」
「あーあ、嘘つきのオレの事までそんなに信用しちゃうお前が一周回って一番怖いよ。いつ誰に殺されるかも分からないこの状況下でさ」
「大丈夫だよ。生徒会のみんなだってもうコロシアイなんて起きないように色々考えてくれてるし。ゴン太もみんなのために頑張るから」
「…そういうところだっての」
「えっと…?」
「もう良いよ。どうせ言ったって分かんないんだろうし。それより冷めきっちゃう前に早く食べなよ。それ」
「う、うん!」
王馬に言われるがまま獄原は急いで、けれどちゃんと味わいながらパンケーキを食べる。所々焦げたところもあるそれは、王馬なりに苦労しながら頑張って作ったのを感じさせてくれた。
「ごちそうさま。美味しかったよ。いつになるかは分からないけど、お礼に今度はゴン太が王馬君に作るよ」
パンケーキをすっかり平らげると、獄原は幸せに浸るような笑顔で王馬に礼を言う。
「ええ~…お前が?失敗して真っ黒焦げのやつ食わせられそうな気がすんだけど」
「が、頑張って練習して、ちゃんとしたの作れるようにするから…だから上手に出来たら食べてくれないかな?」
「にしし…ま、考えてやらなくもないよ。その代わり、ちゃんと満足出来るやつを食わせられなかった場合は後で組織の連中を引き連れて報復に行くから気を付けてね。何せオレはここの外ではいつでも三ツ星グルメの店でしか外食しないくらい味にうるさいんだから」
「ええっ!!?ど、どうしよう…ゴン太、流石に三ツ星レベルまでのは作れないよ…」
「嘘だよ」
「嘘なの!?」
「っていうのも嘘だけどね」
「えっ…ええっ…?」
「にっししし…やっぱりそうやってオレに踊らされてる方がお前らしいよ」
困惑する獄原の姿を見て、王馬は満足げに笑った。
