躑躅の蜂蜜とパンケーキ
「何でこんなのがあるの!!?」
食品棚を漁っていた獄原が唐突に上げたすっとんきょうな声に、食堂で昼食を取っていた面々はその大声に何だ何だと立ち上がり、その場へ向かった。
「どうしたゴン太!?何かあったのか?」
「あっ、百田君。あのね…虫さんのごはん用意しようと思って、ハチミツの瓶を漁ってたんだけど…」
そう返す獄原の足元には、それはもう、何故こんなに蜂蜜だけがと言わざるを得ないほどの大量の瓶がいくつも置かれている。
「おおーっ!いっぱいだねー!」
「何でこんなにハチミツだけあんだよ!?もしかしてローションがわりにでもするつもりか?どんなプレイだっつの!」
「モノクマーズ達の私物も含まれてるのかな…?」
「そのハチミツがどうかしたんですか?」
「えっとね…ラベルを見てくれると分かるんだけど、ミツバチさんが蜜を採ってきたお花の種類によって分けられてるんだ」
見ればレンゲ、フジ、シロツメクサ、ミカン、リンゴなど、植物の名前と花のイラストが書かれたラベルが貼られている。
「へぇ…コーヒーの蜜なんてのもあるんだね」
「見てください夢野さん!ソバなんてのもありますよ!」
「んあー…どうでもいいわい」
「それで、問題はこれなんだ」
獄原が指差した蜂蜜の瓶のラベルには『レンゲツツジ』と書かれている。
「あ…!」
「おや…なるほどネ…」
最原と真宮寺が何かに納得したように呟く。
「あぁ?何だよ?それがどうかしたのか?」
「百田くん、それ毒のある花なんだよ」
「はぁっ!?」
「日本に自生するツツジは毒の無いものもあるけど、これは有毒の方でネ。レンゲツツジの花弁から蜜を吸った人や、蜜蜂がこの花から蜜を集めていたと知らなかった人が中毒を起こしたという事故はよくある話だヨ」
「マ、マジかよ…ローション代わりに使ってたらヤベーとこだったじゃねーか!」
「えっと…そもそも食べ物をそういう事に使うのは地味にどうかと思うんだけど…」
「それに、海外ではツツジ科の花から取れた毒蜂蜜を遅効性の麻痺毒として利用した歴史もあるし、酩酊感から麻薬代わりとして使う地方もあるらしいヨ。ククク…僕はまだ味わった事が無かったんだけど、一体どんな味がするんだろうネェ…」
「だ、駄目だよ真宮寺君!レンゲツツジさんの毒は大型の動物さん達でも倒れるくらいだし、ハエさん用の殺虫剤としても利用されるくらいなんだ!絶対食べちゃ駄目だよ!!」
「おっと…山育ちの君にそこまで言われるほどの代物なら流石に止めておいた方が無難かナ。僕も興味本意でうっかり致死量を超えた摂取で自殺する事になるのは避けたいしネ」
「とりあえずこれは捨てましょう!危ないですからね!」
「えっ…?」
キーボの提案に困惑したのは、何故か毒の蜂蜜を発見し、危険性を知らせた張本人の獄原であった。
「ゴン太くんどうしたの?わざわざ毒って分かってる物を放置しといたら危ないでしょ?」
「それは……そう、だね…」
「何だよ?いやに歯切れが悪いじゃねーか」
「まさか、これを使って毒殺とか考えてた訳じゃないよネ?」
「違うよ!!真宮寺君何でそんな酷い事言うの!?」
「アッ、ちょっ…」
「ゴン太はただハチさんが頑張って集めたものを捨てなきゃいけないのが悲しいだけなのに!!そんな事言わないでよ!!」
「分かっ…かラ、肩、揺するのやめっ…の、脳が揺れッ…!」
「ゴン太クン落ち着いて下さい!止まって下さい!そんなに強く揺すったら真宮寺クンの首がもげます!!」
「あっ!!ごめん!」
キーボの言葉に獄原は慌てて真宮寺から手を離した。
「ごめん真宮寺君!ゴン太また我を忘れちゃって…」
「だ、大丈夫よ…気にしないで頂戴」
「真宮寺くん本当に大丈夫?なんか…口調変わってるよ?」
「平……ンンッ!平気だから最原くんも気にしないで欲しいナ…」
深々と頭を下げる獄原と困惑する最原から、少し気まずそうに真宮寺は目を反らす。
「その…ゴン太の研究教室にいる虫さんの中にはミツバチさんと同じでツツジさんの仲間の毒に耐性を持つ子もいるから、その子達のごはんとして活用出来ないかなって思ったんだけど…」
「それなら確かに健全な使い方は出来ますが…かといってここに置いておくべきではないと思います。食事の出来ないボクはともかく、皆さんが誤って食べたら大変ですからね」
「そうだよね…」
「んあー…めんどいのう。それならもういっそゴン太が自分で持っておればよいではないか。ほれ」
夢野はレンゲツツジの蜂蜜の瓶を手に取ると、獄原の方に差し出す。
「えっ?」
「うーん。私も、ゴン太くんが自分でちゃんと管理出来るなら良いかな…ゴン太くんなら虫さんの為の物を悪用なんてしないと思うし」
「あ…ありがとう!!夢野さん!白銀さん!」
ぱあっと顔を輝かせ、獄原は夢野の手から瓶を受け取った。
「でも、それならそれでどこに保管しとくつもりなんですか?皆さんがうっかり口にしないような場所に置いておかないといけませんよね」
「ゴン太さんの研究教室に置いておくのが一番では無いですか?あそこに入る人なんてゴン太さん以外…」
「いーや、いるだろが。一番厄介なのがよぉ」
「へ?」
「ツルショタの野郎はよく入り浸ってんだろ。万が一あいつの手に渡ったらどーすんだっつの」
「そ、そうでした…あの何をしでかすか分からない男死の手に渡ったらそれこそ危険ですもんね」
「ならゴン太の部屋に置いとけばいいんじゃないのか?鍵もついてるんだから一番安全だろ」
「あ、いや…それも多分、王馬君に見つかっちゃうと思うんだ…王馬君たまにゴン太の部屋の鍵勝手に開けて入って来てるし」
「はっ?」
獄原の思ってもみない返答に、百田の動きが止まった。
「おいデカチン。今オメー何つった?」
「え?だから王馬君たまにゴン太の部屋の鍵開けて入ってくるって。ゴン太が部屋に帰るとベッドとかソファーの上でくつろいでたりするんだ」
「…そういえば彼、ピッキングが出来るんだったネ」
「ゴン太くん…そこまで勝手に踏み込まれたら流石に怒った方がいいと思うよ?」
「う、うん…でも王馬君遊びに来ただけだって言うし…せっかく来てくれた友達を追い出すのは紳士的じゃないよ」
「キミはあんな風に騙されてもまだ彼を友達と呼ぶんですね…」
獄原の行き過ぎたお人好しさにキーボは肩をすくめる。
「しっかし…ゴン太の部屋でも見つかっちまうとなると、一体どこに置いとくのが正解なんだろな」
「ねーねー。いっそオレが持ってた方が逆に安全な気もしてこない?」
「まー…確かに王馬がはなから持ってたら盗まれる心配……も…うおおおおおっ!!?」
「うわあっ!?」
いつの間にか背後に居た王馬に百田は盛大に驚き飛び退き、目前の獄原の方に思い切りぶつかる。それも大柄な獄原でなければそのまま押し倒しかねない程の勢いで。
「にししっ!百田ちゃんてばナイスリアクション」
「お、王馬君居たの!?」
「たった今入ってきたとこだよ。オレ抜きで楽しそうな話してたみたいじゃん。ねぇねぇ、何の話してんの?」
「貴方のような男死に教える気はありません!」
「えっ…酷いよ…百田ちゃんも最原ちゃんも真宮寺ちゃんもゴン太も、その上更にキー坊までもが話に加わえて貰えてるのにオレだけ仲間外れなの…?」
「ちょっと!?またボクだけサラッと差別したでしょう!絶対に訴えますからね!!」
「王馬くん…今入ってきたってのは嘘だよね?さっきの言動からして明らかにずっと話聞いてたでしょ?」
「うん!嘘だよ。本当はゴン太が騒ぎ始めた辺りで入って来たんだ」
「おっ、おま…お前なぁ…!居たなら居たって言えよ!!」
「いやー、凄かったねさっきの百田ちゃんのビビりっぷり。ゴン太が壁になってなかったらそのまま天井突き破って空まで吹っ飛んで宇宙に飛び出しそうな勢いだったじゃん」
「そこまでビビってねーよ!!」
「まあ百田ちゃんのビビりっぷりはともかくさ、ゴン太もオレがそのハチミツで何かしでかすと思ってるの?」
「えっ…?あ、いや、その……」
「やっぱりお前もオレの事疑うんだね…お前だけはオレの事友達だと思ってくれてるって信じてたのに…うわああああぁぁぁぁん!!酷いよぉぉぉぉーーー!!」
「ご、ごめん王馬君っ!そういうつもりじゃなくて…」
「ゴン太ストップ!それ以上こいつと話してたらお前また良い様にそそのかされるだろ!!」
「もがっ!?」
獄原が王馬の嘘泣きに騙されてまた何か余計な事を言う前に、百田は獄原の口を押さえる。
「百田ちゃんナイス!そんじゃこれ貰ってくからね~」
その隙に王馬は獄原の手元からレンゲツツジの蜂蜜の瓶を盗み取り、食堂から飛び出す。
「あっ!?テメッ…!」
「王馬君待っ…!!」
百田と獄原が急いで食堂の扉を開くも、そこに王馬の姿は無い。
「悪い、ゴン太…俺が余計な事をしちまったせいで…」
「ううん!百田君のせいじゃないよ!!ゴン太がしっかり持ってなかったせいだから…本当にごめん…」
「どうすんだよクソ童貞ども!!あのツルショタがオレ様に一服盛ったらテメーら責任取れんのかよ!?」
「くっ…!」
「うう…」
入間に責め立てられ、百田と獄原はうなだれる。
「にゃっははははー!大丈夫だよー!」
そんな暗い空気を吹き飛ばすがごとく、アンジーが元気よく声を上げる。
「神さまが言ってるよー。王馬は皆があのハチミツの置き場所に困らないように引き受けてくれただけだって。だからコロシアイなんて起こさないってねー」
「んあー…そうか。神さまが言っておるのなら大丈夫じゃな」
「夢野さん!?そんな簡単に信じるんですか!!?」
「神さまの言う事は絶対じゃからの」
「神さまが言ってるんだから間違いないよー」
「でっ…でもですね…相手は男死ですし…」
「あれれー?転子は神さまを疑うのー?どうなっても知らないよー?」
「う、ぐぐぐ…っ!」
「ま、まあ…あのハチミツをどうにか出来るのはこれで王馬くんだけになった訳だし、逆に言えば彼の作ったものを食べたり飲んだりしなければ大丈夫とも言えるしね…確かに安全と言えば安全なのかも」
面倒な事になりそうな予感がした最原は咄嗟にフォローを入れる。
「確かによく考えれば王馬の作ったもんなんて怪しすぎて誰も食わないだろうしな」
「主は言いました…触らぬものに祟りなしと…」
「こっそり人の料理に混入させるって可能性もあると思うけどネ」
「それも地味に否定出来ないよね…」
「安心して下さい!女子のみなさんが食事している間に王馬さんが入って来たら転子がネオ合気道で追い出しますから!あっ、でも男死は自分でどうにかして下さいね」
「あ、うん…分かってるよ」
「でも…それだと王馬君が可哀想じゃないかな…?王馬君だってお腹が空いた時にご飯食べたいと思うし。それに…」
「男死は黙ってて下さい!!女子の身の安全の方が大事に決まってるじゃないですか!!」
「ごっ、ごめん!そうだよね…レディーの事をちゃんと考えられないだなんて…紳士として絶対やっちゃいけない事なのに…」
「ゴン太クンもくれぐれも王馬クンに何か食べ物や飲み物を渡されても食べたらいけませんよ」
「う……うん…」
(まさかアンジーちゃんの神さま妄想に助けられるとはねー…この中まで探しに来なくて良かったよ)
食堂を飛び出した後、倉庫の中に隠れていた王馬は、扉に耳を寄せて皆のそんな会話を聞いていた。
(にしても、オレの作ったものを食わなきゃいい話…か……)
1/3ページ
