語る烏に騙る烏(八咫烏パロ王獄)
「あの、総統」
「んー?どしたの?」
「最近やけに機嫌が良いですよね?何かありました?」
腕に抱えた籠の中から桑の実をつまんでは頬張る王馬に、部下の一人が問い掛ける。
王馬がほんの数日前からいつもにも増して上機嫌そうにしている事が気になって気になって仕方ないと言いたげな口調であった。
「ああ、馬鹿過ぎてすぐオレに手玉に取られる大きなおもちゃを見つけただけだよ?」
「私達に内緒で何か面白そうな事やってるんですか?」
「ずるいですよ。俺達にも一枚噛ませて下さいって」
「にっししし…残念だけどこれはオレだけのお楽しみだから駄目だよ。それとはまた別の計画はちゃーんと練ってるからさ、今はこれでも食べてゆっくり休んどきな」
そう言うと、王馬は桑の実が詰め込まれた籠を部下の一人に手渡す。
深い紫に熟し、艶やかに輝く実を言われるがまま食べた王馬の部下達は、その甘さに驚きの表情を浮かべた。
「甘くて美味しいですねこれ!」
「この実どこで手にいれたんですか?」
「さっき言ってた馬鹿をちょちょいっと騙して奪ってやったんだよ」
桑の実のせいで青く染まった舌をべぇっと出しながら、王馬は楽しそうに笑った。
(騙して奪ったってのは嘘だけどね。本当はあいつがあまりにしつこく押し付けてくるから仕方なく貰ってやっただけなんだけど)
沢山あるからお友達と一緒に食べてくれると嬉しいな。と、籠いっぱいに詰め込んだ桑の実を差し出しながらそう言ってきた彼の屈託の無い笑顔を王馬は思い浮かべる。
(本当に馬鹿な奴だよな。全く…)
──そんな事があったのがつい先日の事。
暫く経ったある日の朝、王馬は鳥形になり、籠の持ち主であるゴン太が住む地に繋がる大穴の出口に向かって翼をはためかせていた。
籠は別に返さなくても大丈夫だとゴン太には言われていたが、宮烏とは思えぬ程愚直な性格のゴン太の事を内心気に入っている王馬は彼に会うための口実としてわざわざ返しにきたのだ。
もしここに王馬の部下達が居たら、あまりにも総統らしからぬ律儀さだ。明日はきっと年中曇り空の谷間の空が晴れるに違いないと囃し立てた事だろう。
大穴を抜けて地上に出ると王馬は人形 へと転身して籠を手に持ち直し、ゴン太の住む屋敷へと歩いて行く。大穴の周りは雑木林になっており、勝手知ったるといった態度で宮烏の屋敷の敷地内に入り込んできた侵入者の王馬の存在を上手い具合に隠してくれる。
道中、『落盤につき危険。許可なく近寄るべからず。』と書かれた真新しい看板を目にする。それは王馬がゴン太に作るように命じたものであり、王馬は満足げに顔を綻ばせた。
(離れでゴン太の身の回りの世話をしてる奴らもこう書いておけばゴン太の許可なく踏み入ろうなんて考え起こさないだろうしね。とりあえずはこれでまた誰かが入り込んだり逆に穴を塞がれる心配は無いかな)
林を抜け、周囲に人が居ない事を確認すると王馬はそっと屋敷へと忍び込む。
ゴン太の自室の前に辿り着いた王馬が襖 を少しだけ開けると、部屋の主は手元に乗せた大きな蜘蛛に何かを語り掛けているようであった。
「おーい、ゴン太~」
「あ、王馬君。いらっしゃい」
蜘蛛から目を離し、ゴン太は王馬に微笑みかけた。
「また女郎蜘蛛に糸を貰う相談でもしてたの?」
「うん!快く引き受けて貰えたよ」
山内では丈夫で美しい女郎蜘蛛の糸は絹と同様に高値で取引されている。宮烏の最高級の着物に使われる白絹などは色を艶やかに見せるために絹糸と女郎蜘蛛の糸をより合わせて作られるのだ。
そしてゴン太は山内と外界の境目で過ごしていた頃、様々な生き物達と意思の疎通をする術を身に付けたという。特に境界に迷い込む前から好きだったという虫達へと注ぐ愛情は目を見張るものがあり、故に女郎蜘蛛達は彼に喜んで協力し、自ら進んで糸を分けてくれるとの事だ。
十年もの月日をずっと鳥形で過ごしていたためもはやまともな宮烏として生きる事の出来なくなったゴン太の事を実の家族が放逐したりせず屋敷の離れで暮らさせているのはそのためもあるのだろう。
山内の四つの領は商人の南、職人の西、武人の北に楽人の東と呼ばれる程に民の暮らしにもそれぞれ特色が出ているが、次期金烏の座を巡って南家と西家が対立している現在、西領より品質の良い品を南領が作れるという事実は西家の鼻を明かす事に他ならないのだから。
(本人の預かり知らないところで自分の才が身内の見栄張りのために使われてるとか思ってもみないんだろうなー…こいつは)
「それじゃあ女郎蜘蛛さん、また後でね!」
王馬の想いなど露知らず、目の前のゴン太は手に乗せていた女郎蜘蛛を逃がしてやると手をぶんぶんと振る。
「王馬君。今日はどうしたの?また谷間のお話聞かせてくれるの?」
「残念ながら今日はこの桑の実の汁でどどめ色に汚れきった籠を返しに来ただけだよ」
「あっ、そのまま籠ごとあげるつもりだったんだけど…わざわざ届けてくれてありがとう!そうだ、王馬君もあの桑の実食べてくれた?」
「食べたよ。あれちょっと酸っぱすぎたけど」
「えっ!?ごめんっ!ちゃんと熟れたのだけ渡したつもりだったんだけど…」
「嘘だよ。ちゃんと甘かったって。あんまり食べ過ぎたもんだから舌が真っ青になってこのまま治らないかと思ったけどねー」
「そっか…良かったぁ。来年になったらまた採れると思うから楽しみにしててよ」
王馬の楽しげな顔に安堵したゴン太もまたつられて笑った。
「そういえばさ、あれだけ実が採れるほど桑の木があるならもしかしてって思ったんだけど、お前って蚕 も育ててるのか?」
以前に中央街へ部下と共に行った際、行商人が呉服屋に対し、水売りから買った楽泉水 で育てた上等な桑の葉だけを食べさせた蚕の絹糸で織ったものだと豪語する反物を見せているのを見かけた事があったため、王馬も蚕が桑の葉を主食にしている事は知っていた。
「うん。蚕さんも何匹か居るよ」
ゴン太はすぐ近くの棚に乗せてあった桐箱を手に取るとそれを王馬に見せる。
中には青々とした桑の葉を一心不乱に食はむ白い芋虫達が数匹入っていた。
「思ったよりも少ないな」
「この子達はそれぞれ他のお家からお見合いのために来た子達なんだ。より綺麗な繭だったり、より体の丈夫な子だったりが産まれるようにね。産まれた卵はそれぞれお父さんお母さんになった子の元のお家の人に返してるよ」
「ふーん。あくまでも繁殖の手伝いだけしてるって事か。女郎蜘蛛と違って自分で糸取ったりはしないの?どうせなら服でも作れるくらい育ててみたら良いじゃん」
「…それをするには少なくとも二千六百は越える数の子達を育てないといけないから。それに……」
そこまで言ってゴン太は顔を曇らせ、うつむく。
「どうしたんだよゴン太?」
「…王馬君は、どうやって蚕さんの繭を解いて絹糸にするか知ってる?」
「あー…そういえばどうやんの?ガチガチに絡まってんだよね?」
「中に蛹さんが入ったまま乾燥させて…それで完全に干からびたら丸ごと釜で茹でてほぐすんだって。少しでも糸が千切れちゃうと綺麗に紡げなくなるから、成虫になって繭を食い破る前に、蛹として眠っているうちに死なせてあげなきゃならないんだ…」
苦々しい表情でゴン太がそう言い出し、王馬は振る話題を間違えた事に気付く。
「ゴン太も頭では分かってるんだ。蚕さんは何代にも渡って人に飼い慣らされ過ぎて自然界ではとても生きていけない習性と姿になっちゃった虫さんだし、人も生活のために蚕さん達の命を使わせて貰ってるんだって。でも……」
はたりはたりと、ゴン太の目から落ちた涙が抱えていた桐箱の中に落ちる。
「この子達の兄弟も、これからこの子達との間に産まれてくる子達も、本当は成虫 に成りたかったはずなんだ…そうなる事を夢見て必死に繭を紡ぐんだって思うと…ゴン太達、何も知らない蚕さん達にどれだけ酷い事をしてるんだろうって…思っちゃって…」
「ゴン太」
王馬は立ち上がると、泣きじゃくるゴン太の背に腕を回し、自身の胸元へと引き寄せてやる。
「王馬く…ん…?」
少しばかり土の匂いがする王馬の羽衣 に顔を埋める形となったゴン太は、外界との境目で暮らしていた頃を思い出すその匂いに若干落ち着きを取り戻したようだった。
「あんまり泣くとこいつらにも伝わっちゃうんじゃないの?こいつらと会話出来るんだろ?お前」
「……ごめ…」
「それにさぁ、今は出来なくても、いつかは上手く繭だけひっぺがして中の蛹が羽化出来るようになる日が来るかもしれないよ?」
「え?」
「そしたら養蚕家は繭を使えるし、蛹は無事に成虫になれるし、良いこと尽くめだと思わない?」
王馬はゴン太を解放すると、その目を見つめる。
大好きな者達のために何もしてあげられぬ事への絶望に染まっていた石榴 色の瞳には、いつか訪れるかもしれない未来に期待する希望の光が宿っていた。
「そっか…そうだよね。ゴン太も頑張って色々調べれば、いつかはこの子達が悲しい思いをしなくて済むように出来るかもしれないよね!ありがとう王馬君!」
「ま、せいぜい頑張りなよ」
「うん!」
心底救われる気持ちだったのだろう。ぱあっと日が射すような笑顔を浮かべるゴン太に、先程の陰りは見えなかった。
(そんな方法、仮に出来たとしても広まらないとは思うけどね。二千個以上の繭を一つ一ついちいち解いてたらあっという間に大半が羽化しきっちゃうだろうし、生き残る成虫が増えればその分産まれる卵の量も莫大になるだろうから結局いくらかは間引く羽目になる。無駄に殺されない分、今の方がまだましな筈だ)
王馬は顔には出さないものの、立ち直ったゴン太とは逆にそんな冷めた現実を頭に浮かべる。
結局のところ、繭の中の蛹のまま生を終える筈だったものを救えようが救えまいが多くの蚕達に犠牲を強いる事になるのに変わりは無いのだ。
それでも、羽化する事も叶わず眠りに落ちたまま散り逝く無数の命を想い、胸が張り裂けそうな程に心を痛める彼が少しでも楽になれるのなら、そんな来る筈の無い嘘の未来に想いを馳せるのも悪くは無いと王馬は思うのだった。
「んー?どしたの?」
「最近やけに機嫌が良いですよね?何かありました?」
腕に抱えた籠の中から桑の実をつまんでは頬張る王馬に、部下の一人が問い掛ける。
王馬がほんの数日前からいつもにも増して上機嫌そうにしている事が気になって気になって仕方ないと言いたげな口調であった。
「ああ、馬鹿過ぎてすぐオレに手玉に取られる大きなおもちゃを見つけただけだよ?」
「私達に内緒で何か面白そうな事やってるんですか?」
「ずるいですよ。俺達にも一枚噛ませて下さいって」
「にっししし…残念だけどこれはオレだけのお楽しみだから駄目だよ。それとはまた別の計画はちゃーんと練ってるからさ、今はこれでも食べてゆっくり休んどきな」
そう言うと、王馬は桑の実が詰め込まれた籠を部下の一人に手渡す。
深い紫に熟し、艶やかに輝く実を言われるがまま食べた王馬の部下達は、その甘さに驚きの表情を浮かべた。
「甘くて美味しいですねこれ!」
「この実どこで手にいれたんですか?」
「さっき言ってた馬鹿をちょちょいっと騙して奪ってやったんだよ」
桑の実のせいで青く染まった舌をべぇっと出しながら、王馬は楽しそうに笑った。
(騙して奪ったってのは嘘だけどね。本当はあいつがあまりにしつこく押し付けてくるから仕方なく貰ってやっただけなんだけど)
沢山あるからお友達と一緒に食べてくれると嬉しいな。と、籠いっぱいに詰め込んだ桑の実を差し出しながらそう言ってきた彼の屈託の無い笑顔を王馬は思い浮かべる。
(本当に馬鹿な奴だよな。全く…)
──そんな事があったのがつい先日の事。
暫く経ったある日の朝、王馬は鳥形になり、籠の持ち主であるゴン太が住む地に繋がる大穴の出口に向かって翼をはためかせていた。
籠は別に返さなくても大丈夫だとゴン太には言われていたが、宮烏とは思えぬ程愚直な性格のゴン太の事を内心気に入っている王馬は彼に会うための口実としてわざわざ返しにきたのだ。
もしここに王馬の部下達が居たら、あまりにも総統らしからぬ律儀さだ。明日はきっと年中曇り空の谷間の空が晴れるに違いないと囃し立てた事だろう。
大穴を抜けて地上に出ると王馬は
道中、『落盤につき危険。許可なく近寄るべからず。』と書かれた真新しい看板を目にする。それは王馬がゴン太に作るように命じたものであり、王馬は満足げに顔を綻ばせた。
(離れでゴン太の身の回りの世話をしてる奴らもこう書いておけばゴン太の許可なく踏み入ろうなんて考え起こさないだろうしね。とりあえずはこれでまた誰かが入り込んだり逆に穴を塞がれる心配は無いかな)
林を抜け、周囲に人が居ない事を確認すると王馬はそっと屋敷へと忍び込む。
ゴン太の自室の前に辿り着いた王馬が
「おーい、ゴン太~」
「あ、王馬君。いらっしゃい」
蜘蛛から目を離し、ゴン太は王馬に微笑みかけた。
「また女郎蜘蛛に糸を貰う相談でもしてたの?」
「うん!快く引き受けて貰えたよ」
山内では丈夫で美しい女郎蜘蛛の糸は絹と同様に高値で取引されている。宮烏の最高級の着物に使われる白絹などは色を艶やかに見せるために絹糸と女郎蜘蛛の糸をより合わせて作られるのだ。
そしてゴン太は山内と外界の境目で過ごしていた頃、様々な生き物達と意思の疎通をする術を身に付けたという。特に境界に迷い込む前から好きだったという虫達へと注ぐ愛情は目を見張るものがあり、故に女郎蜘蛛達は彼に喜んで協力し、自ら進んで糸を分けてくれるとの事だ。
十年もの月日をずっと鳥形で過ごしていたためもはやまともな宮烏として生きる事の出来なくなったゴン太の事を実の家族が放逐したりせず屋敷の離れで暮らさせているのはそのためもあるのだろう。
山内の四つの領は商人の南、職人の西、武人の北に楽人の東と呼ばれる程に民の暮らしにもそれぞれ特色が出ているが、次期金烏の座を巡って南家と西家が対立している現在、西領より品質の良い品を南領が作れるという事実は西家の鼻を明かす事に他ならないのだから。
(本人の預かり知らないところで自分の才が身内の見栄張りのために使われてるとか思ってもみないんだろうなー…こいつは)
「それじゃあ女郎蜘蛛さん、また後でね!」
王馬の想いなど露知らず、目の前のゴン太は手に乗せていた女郎蜘蛛を逃がしてやると手をぶんぶんと振る。
「王馬君。今日はどうしたの?また谷間のお話聞かせてくれるの?」
「残念ながら今日はこの桑の実の汁でどどめ色に汚れきった籠を返しに来ただけだよ」
「あっ、そのまま籠ごとあげるつもりだったんだけど…わざわざ届けてくれてありがとう!そうだ、王馬君もあの桑の実食べてくれた?」
「食べたよ。あれちょっと酸っぱすぎたけど」
「えっ!?ごめんっ!ちゃんと熟れたのだけ渡したつもりだったんだけど…」
「嘘だよ。ちゃんと甘かったって。あんまり食べ過ぎたもんだから舌が真っ青になってこのまま治らないかと思ったけどねー」
「そっか…良かったぁ。来年になったらまた採れると思うから楽しみにしててよ」
王馬の楽しげな顔に安堵したゴン太もまたつられて笑った。
「そういえばさ、あれだけ実が採れるほど桑の木があるならもしかしてって思ったんだけど、お前って
以前に中央街へ部下と共に行った際、行商人が呉服屋に対し、水売りから買った
「うん。蚕さんも何匹か居るよ」
ゴン太はすぐ近くの棚に乗せてあった桐箱を手に取るとそれを王馬に見せる。
中には青々とした桑の葉を一心不乱に食はむ白い芋虫達が数匹入っていた。
「思ったよりも少ないな」
「この子達はそれぞれ他のお家からお見合いのために来た子達なんだ。より綺麗な繭だったり、より体の丈夫な子だったりが産まれるようにね。産まれた卵はそれぞれお父さんお母さんになった子の元のお家の人に返してるよ」
「ふーん。あくまでも繁殖の手伝いだけしてるって事か。女郎蜘蛛と違って自分で糸取ったりはしないの?どうせなら服でも作れるくらい育ててみたら良いじゃん」
「…それをするには少なくとも二千六百は越える数の子達を育てないといけないから。それに……」
そこまで言ってゴン太は顔を曇らせ、うつむく。
「どうしたんだよゴン太?」
「…王馬君は、どうやって蚕さんの繭を解いて絹糸にするか知ってる?」
「あー…そういえばどうやんの?ガチガチに絡まってんだよね?」
「中に蛹さんが入ったまま乾燥させて…それで完全に干からびたら丸ごと釜で茹でてほぐすんだって。少しでも糸が千切れちゃうと綺麗に紡げなくなるから、成虫になって繭を食い破る前に、蛹として眠っているうちに死なせてあげなきゃならないんだ…」
苦々しい表情でゴン太がそう言い出し、王馬は振る話題を間違えた事に気付く。
「ゴン太も頭では分かってるんだ。蚕さんは何代にも渡って人に飼い慣らされ過ぎて自然界ではとても生きていけない習性と姿になっちゃった虫さんだし、人も生活のために蚕さん達の命を使わせて貰ってるんだって。でも……」
はたりはたりと、ゴン太の目から落ちた涙が抱えていた桐箱の中に落ちる。
「この子達の兄弟も、これからこの子達との間に産まれてくる子達も、本当は
「ゴン太」
王馬は立ち上がると、泣きじゃくるゴン太の背に腕を回し、自身の胸元へと引き寄せてやる。
「王馬く…ん…?」
少しばかり土の匂いがする王馬の
「あんまり泣くとこいつらにも伝わっちゃうんじゃないの?こいつらと会話出来るんだろ?お前」
「……ごめ…」
「それにさぁ、今は出来なくても、いつかは上手く繭だけひっぺがして中の蛹が羽化出来るようになる日が来るかもしれないよ?」
「え?」
「そしたら養蚕家は繭を使えるし、蛹は無事に成虫になれるし、良いこと尽くめだと思わない?」
王馬はゴン太を解放すると、その目を見つめる。
大好きな者達のために何もしてあげられぬ事への絶望に染まっていた
「そっか…そうだよね。ゴン太も頑張って色々調べれば、いつかはこの子達が悲しい思いをしなくて済むように出来るかもしれないよね!ありがとう王馬君!」
「ま、せいぜい頑張りなよ」
「うん!」
心底救われる気持ちだったのだろう。ぱあっと日が射すような笑顔を浮かべるゴン太に、先程の陰りは見えなかった。
(そんな方法、仮に出来たとしても広まらないとは思うけどね。二千個以上の繭を一つ一ついちいち解いてたらあっという間に大半が羽化しきっちゃうだろうし、生き残る成虫が増えればその分産まれる卵の量も莫大になるだろうから結局いくらかは間引く羽目になる。無駄に殺されない分、今の方がまだましな筈だ)
王馬は顔には出さないものの、立ち直ったゴン太とは逆にそんな冷めた現実を頭に浮かべる。
結局のところ、繭の中の蛹のまま生を終える筈だったものを救えようが救えまいが多くの蚕達に犠牲を強いる事になるのに変わりは無いのだ。
それでも、羽化する事も叶わず眠りに落ちたまま散り逝く無数の命を想い、胸が張り裂けそうな程に心を痛める彼が少しでも楽になれるのなら、そんな来る筈の無い嘘の未来に想いを馳せるのも悪くは無いと王馬は思うのだった。
