人には見えぬ色のその先

とある晴れた日の昼休みの事。
希望ヶ峰学園の外をぶらぶらと目的も無く散歩していた王馬は、花壇の前に座り込み、肩に乗せた虫達に話し掛けながらスケッチブックに何かを一生懸命描いている獄原の姿を見かけた。

「おーいゴン太ー。何やってんの〜?」
「あ、王馬くん!えっとね、虫さん達と一緒に絵を描いてたんだ」

王馬の顔を見るなり獄原はぱぁっと目を輝かせ、持っていたスケッチブックを王馬に手渡す。

「ふーん。なんつーかお前らしい絵だね」

少しつたなさのある花の絵と、やたら緻密に描き込まれた虫の絵のアンバランスさに、王馬は嘘偽り無い率直な感想を述べた。

「えっと…それは褒めてくれてるのかな…?」
「ん?どうだろね〜。ま、少なくとも虫の絵は上手いんじゃないの?」
「えへへ…ありがとう王馬くん」

獄原はふにゃっと顔をほころばせる。

「でもこれってスケッチなんだよな…どのへんの絵を描いてるんだ?こんな花と虫は見当たらないけど…」
「ここだよ。ここにいる虫さんとお花がモデル」

獄原は花壇のとある場所を指差すが、そこには真っ白な花に乗った、柄の無い昆虫がいるばかりであった。

「…全然見た目違うじゃん」
「え?あっ、そっか、ゴン太言い忘れてたね。これは他の虫さんからもお話を聞きながら描いた、虫さん達から見た色合いなんだ」
「は?どういう事?」
「えっとね。虫さんの目は紫外線を見る事が出来るんだ。人間の目では柄の全然無い姿に映ってるけど、実は虫さんもお花も人間の皆が思っているよりずっとカラフルな模様をしているんだよ」
「へぇ〜…」

王馬は獄原のスケッチと実際の花壇を交互に見比べる。

「人間の目からしたら何の特徴も無く見えんのに、虫の目を通せばこんな見た目になるんだな」
「うん!すごいよね!それに虫さんの目は複眼だから、見えてる色だけじゃなくて範囲も広いんだよね…はぁ……ゴン太も虫さん達の見てる世界を直に見てみたいなぁ…」
(そういえば…こいつの大好きな虫達にはこいつの髪の色って一体どんな色に見えてるんだろうな)

うっとりとした表情を浮かべる獄原を眺めながら、王馬はふとそんな事を思った。

黒とも、緑とも、焦げ茶ともつかない、光の加減でそのどれにでも見える獄原の髪の色。きっと虫の目を通して見れば、その色は更にまた違った色合いを見せるのだろう。

(それって一体どんな色なんだろ…なーんて思ったところでオレには見る事なんか絶対出来無いと思うと、なんか、ずるいって感じちゃうよなー…)

「あ、そういえばさ」
「ん?」
「王馬君の髪の色って綺麗だよね」
「は?」

獄原の唐突なその一言に、王馬は思わずぽかんと呆けたような顔になった。

「えっと…あのね、王馬君の黒髪ってね、夕焼けが沈んだ後の空の色みたいで綺麗だなって…ゴン太は思ってるんだ」

照れくさそうにはにかみつつも、獄原は更に言葉を続ける。

「王馬君の髪の色はゴン太の目にはそんな風に映ってるけど、紫色のその向こうの色も見えてる虫さんから見たらきっともっと素敵な色に見えるんだろうね。本当に虫さん達が羨ましいなぁ…ゴン太も見られたら良いのに」
「……」
「あれ?どうしたの王馬く…うわぁっ!?」

黙り込んだ王馬にきょとんとしていると、唐突に片手で髪をわしゃわしゃとかき回され、獄原は目を白黒させて慌てふためいた。

「ちょっ…ちょっと!?ねぇ王馬君!どうしたの!?」
「いや〜、お前の髪は変な色してるよなって思ってさ」
「えっ?そ、そっか…ゴン太の髪の色って変な色なんだ…」

照れ隠しから言うに事欠いた王馬の一言に、獄原はしょぼんと落ち込む。

「まあでもオレは嫌いじゃないけどね。その色」
「本当!?」
「嘘だよ」
「嘘なの!?」
「っていうのが嘘だけど」
「えっ!?ええっ!!?ど…どっちなの!?」
「にしし…全く、お前といるとあれこれ考えてるのが馬鹿らしくなってくるな」
「うう…ごめん…」
「ほんとだよ。お陰でオレは退屈する暇も無いったらありゃしないじゃん」
「ええ…っと…?」

王馬の真意が測れない獄原は何とか言葉の意味を理解しようと考え込み、王馬はそんな姿にますます笑いを堪えきれなくなる。

「っていうかさ、ゴン太もそろそろ教室戻った方が良いんじゃないの?ほら時計見なよ。もうすぐ昼休み終わっちゃうよ」
「へ…?あっ!本当だ…ごめんね虫さん!放課後になったらまたスケッチに付き合ってね!行こう、王馬くん」
「はいはい」

返されたスケッチブックを小脇に抱え教室へと向かう獄原の後を、王馬もその歩幅に合わせて急ぎ足気味に追った。

(しっかし、ゴン太もまさかオレと同じような事考えてるなんてねぇ…)

先行く獄原の背を眺めながら、王馬は密かに苦笑いを浮かべる。

(あーあ…虫ごときに嫉妬しちゃうとか、オレも大概だよね)

思っている以上に己はこの無垢さに惹かれているのだと気付かされ、おもはゆい気持ちとそれが満更でもない気持ちの間で、王馬はつい自嘲気味に失笑するのだった。
1/1ページ
    スキ