雲の中で巡り会う
気付いたら、辺り一面真っ白だった。
何もない。ただただ白い靄みのかかる世界の中、王馬はぽつねんと立っていた。
(あれ?ここどこだっけ)
何とか状況を把握しようと記憶を辿ろうとした王馬の脳裏をよぎったのは、迫り来るプレス機の黒鉄の色。
「…あー……もしかして、これって死後の世界とか?三途の川とかそういうのがあるかと思ってたんだけど、案外何もないんだな」
足元まで白い霞みに包まれた世界は、まるで雲の中にいるかのようだ。
(ま、いいか。どうせオレももうあの舞台から降りたんだ。久しぶりの自由でも謳歌しよっと)
そう決めると、王馬はあてもなく歩き出す。
妙に柔らかいのに足跡一つつかないその真っ白な足元は、どこかあの雪の降り積もった電脳世界をも思い起こさせた。
「……ゴン太」
ぽつりと、つい言葉が漏れる。
(あいつはここにいるんだろうか)
もしもいるのなら、また出会う事を許されるのなら。
(…なんて、都合の良い話ある訳も無いよね)
そう思いながらひたすら霞みの中を突き進んだ。
暫く行くと、所々足元に穴が空いた場所に着いた。その穴の中を覗き込めば見慣れた人影が見える。
(あれって…春川ちゃん?)
下の景色の中にいるのは、傷だらけの操作パネルを前に涙を流す春川の姿であった。
別の穴を覗いてみれば、最原や夢野やキーボの姿、そしてプレス機の操作スイッチのところで項垂れている百田の姿もある。
(まるで監視カメラ越しの世界だな…これが現実の光景なのかは分からないけど、ここからでもオレの死んだ後を見届けられるのなら中々つまらなくはないかもね)
まだ見つけていない白銀の姿の映る場所は何処だろうと、うろうろしている最中だった。
「王馬君?」
「……え」
声のした方を見れば、再会を望んだ人物が、緑を帯びた黒髪に石榴色の瞳をした大柄の男が、ぽかんとした表情で突っ立っている。
「ゴン…太…?お前…なん…」
「王馬君っ!!」
「ぐえっ!?」
急に勢いよく走ってきた獄原が王馬にぶつかり、そのまま王馬は後ろへ思い切り吹っ飛ばされた。
足元が柔らかいおかげで勢いよく落ちたにも関わらず痛みは無かったが、状況が把握出来ない王馬は仰向けで倒れたまま思考をぐるぐると巡らせる。
(は?何この状況?何でこいつがいるんだ?何でいきなりタックルかましてきたんだ?)
「ああっ!ご、ごめんね王馬君!?ちゃんと目の前で止まるつもりだったんだけど、ここってなんだか足元が柔らかいせいで上手く走れなくて…怪我してない?大丈夫?」
そう言っておろおろと手を差し出してくる獄原は生前の、おしおきされる以前のいつも通りの姿だった。
「……ゴン太。何でここに」
獄原の手を取り、王馬は立ち上がる。
「ええと…ゴン太にもよく分からないけど、多分、ここは天国なんだと思う……入間さんを殺したゴン太が何で天国に来られたのか分からないけど…ゴン太、死んでからずっと、ずっとここの隙間からみんなの事眺めてたんだ」
「天国…ね」
(こんな場所、お前にとっては天国というよりもむしろ地獄だろ)
自らの手を汚してでも他者を救いたいと願った者に、黙って見ている事しか出来ないだけの状況与えるなど、この上ない地獄のはずだ。
「えっと、だからね…見てたから何となく知ってるんだ。ゴン太が死んだ後に王馬君が何してたか……王馬君。ごめんね…ごめんね…ゴン太がバカじゃ無かったら、あんな風に王馬君を一人ぼっちにさせなかったのに…」
「何でお前が謝るんだよ。お前が入間ちゃんを殺すように仕向けたのはオレなのに。どうしてそうやってオレを許そうとするんだよ。このバカ」
「ごめん…でも、ゴン太はもっと、王馬君の役に立ちたかったんだ。みんなにもっと、王馬君は嘘つきだけど本当は悪い人じゃないんだって、ちゃんとみんなに知って欲しかったから…みんなと仲良くして、欲しかったからっ……!」
「…………」
(嗚呼、きっとこの世界は、このゴン太の姿は、死の直前にオレの心が作り出した都合の良い夢なんだ。こんな都合の良い展開、ある訳ないんだから)
目の前でぼろぼろと涙をこぼす獄原を前に、王馬は自身を納得させようとする。
(けど、どうせ都合の良い夢なら、ここでくらいなら、嘘偽り無い本音を言ったって構わないよな?)
「…なあ、ゴン太。オレさぁ、お前の事好きだったよ」
「……え?」
「お前のすぐ騙されるバカっぷりも、すぐ凹んで泣きそうになるとこも、虫について語る時の楽しそうな顔も、流されやすいくせに変なとこで頑固なとこも、嘘ついてばかりのオレなんかをずっと友達だって言ってくれた事も、全部、全部」
好きだった。愛してた。
もっと、ちゃんとお前に向き合いたかった。
身代わりにして死なせたくなんて、なかった。
本当は、もっとずっと一緒に、お前と生きていたかった。
気付けば、涙が頬を伝っていた。
告げられずにいた言の葉は、失って初めて気付いた想いは、止めどなく溢れて止まらない。
「…ゴン太も、王馬君のこと大好きだったよ。だから王馬君にも…ちゃんとみんなと幸せになって貰いたかったよ…」
「ったく本当にバカだなぁ…オレはお前を切り捨てた時点で、もうみんなとの幸せなんて望めなかったんだってば」
「でもっ…!それでも…っ」
「あーあ、ひっでぇ泣きっ面だなお前」
獄原のぐしゃぐしゃの泣き顔に、思わず苦笑いが浮かぶ。
「もう良いんだよ。オレもオレなりに黒幕の鼻を明かしてやったし。それに、もう一度お前に会えたから。だからもう良いんだ」
獄原がおしおきされる寸前、自身の口から思いがけず飛び出した言葉を王馬は思い出す。
(あの時、オレに対して恨み事一つ吐かず残酷な処刑を受け入れたお前を見て、罪悪感に耐えきれなくて……本当はお前が殺されたあの時点で、きっとオレの心はもう半分死んでいたんだと思う)
せめて黒幕を出し抜き、残ったみんなを生かす、ただそのために生き延びねばと。そうでもしなければ獄原の死が無駄になってしまうと、ただそれだけの思いで孤独に耐える覚悟を決めた。
もう、残された者達のために出来る限りの事はやった。ヒントだって遺せた。ずっと心の底に隠し続けていた本音を獄原に伝えられた。
だからもう、満足だった。
「こんな場所でだけど、またお前と会えて良かったよ。ゴン太」
「……うん…王馬君。今までお疲れ様」
「にしし…ゴン太もね」
優しく王馬を抱き締めてきた獄原の背に、王馬もまた腕を回す。
(散々な最期だったけど…こんな結末ならつまらなくはないや)
あとはもう、ただ信じよう。残されたみんながオレ達の代わりに、あの馬鹿げた世界に終止符を打ってくれる事を。
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