いずれなくなるもの
「ブルー。バレンタインという物を知っているか?」
「は?バレンタイン?何だそれは。術と何か関係があるのか?」
ヌサカーンのいきなりの問い掛けに、ブルーは思わずそう答えた。
「やはり知らないか…マジックキングダムの住人はよほどお固いと見える」
「……?一体何なんだバレンタインって」
「簡潔に言えば人間が愛の告白をする日だな」
「……何でそんな下らない事をしなきゃならないんだ」
一応人間とはいえ、全く恋愛ごとに興味がないブルーはぶすっと答えた。
「そう、とても下らない。人の恋などその命と同じくとても簡単に終わってしまう…我々妖魔から見れば人間の行いなど全て滑稽に見えるよ」
ヌサカーンは眼鏡の端を指で押し上げる。
「だからこそ面白いのだがな」
「……悪趣味め」
「生憎だがそれが上級妖魔というものだ。人たる君には理解出来ぬだろうがな」
ヌサカーンはくくっと笑う。
「…………」
ブルーは更にしかめっ面になった。
「そんな顔をするな。これでも食べて機嫌を直したまえ」
そう言ってヌサカーンはブルーに箱を手渡した。
「何だこれは…?チョコ?」
開けてみればそれはチョコレートであった。
「バレンタインだからな」
「何で愛の告白とチョコレートが関係してるんだ」
「数年前くらいからシュライク辺りで『バレンタインは女が男にチョコレートを渡す日』という習慣が出来たらしくてな…今じゃこれが一般的らしい」
「じゃあこれお前が女から貰ったのか?」
「だとしたら、どうするかね?」
「…別に」
「妬いているのか?」
「そんな訳ないだろうが!誰が貴様に妬きもちなんぞ妬くか!!」
ブルーは大声で叫んだ。
「それは残念だな。ああ、ちなみにそれはライザが義理チョコとか言って渡してきたやつだからな」
「…ああ、そういえば」
ライザがルーファスにやたらデカい包みをプレゼントしていた事を、ブルーは思い出した。
「つまりは失敗作を押し付けられたんだな」
「まぁそういう事だ…遠慮せず食べろ」
「……ヌサカーン…お前何か変な薬加えたりしてないよな?」
「いくら私でもそんな事はしない。第一そんな何を混ぜてあるか分からんものに薬なんて入れようものなら変な副作用が出かねん」
「ふーん…」
ブルーはチョコレートを一粒口に入れた。
「ぐっ!!?げほっ!げほっ…!」
その途端、激しく咳き込み出す。
「どうした?」
ヌサカーンはブルーに駆け寄り背中をさすった。
「けほっ…さ……」
「さ?」
「さけのあじが…」
「何だって?」
少し口に含んでみると確かにアルコールの味がした。
「多分チョコレートにブランデーでも加えたんだろう。ルーファスの好きそうな味だ」
「うう、不味い…」
ブルーは涙目になった。
「すまんすまん。先に私が味見しとけば良かったな」
「全くだ!今度からちゃんと毒味してから俺に渡せ」
いつも通りの強気なセリフを吐くが、薄ら泣きそうな表情では全く迫力が無かった。
「後でちゃんと甘いだけのやつを買ってきてやるからそんなにヘソを曲げるな」
「ヘソなんぞ曲がってない!甘いのもいらん!」
「まぁまぁ、そう言うな。甘いのがあまり好きで無いのであれば、何ならカカオ99%のチョコレートでも…」
「そっちの方がいらんわ!」
「遠慮するな」
「遠慮なんぞ全くしてない!!」
「はっはっはっはっ」
わめきたてるブルーを見て、ヌサカーンは楽しげに笑った。
(…いつかお前も私の所から去っていくのだろうな)
心の奥底で、そんな事を考えながら。
(仕方ない事だがな…人間と妖魔では生きる時の長さが違い過ぎる。いつかお前は年老いて、私よりも先に逝くのだろう)
「いや、術の資質も残り一つ…もしかしたらあと少しで…」
「何か言ったか?」
「いや…何でもない」
「先生ぇ~…フェイオンがメイレンから貰ったチョコレート食べたら口からカニみたいに泡出して倒れちゃったんだけど~?」
クーンが二人の部屋を覗きこむ。
「ああ、分かった。今すぐ行く。それじゃあなブルー」
ヌサカーンは立ち上がり、部屋を後にした。
(…人を、人のままで愛するなど、ファシナトゥールの奴等から見ればえらく滑稽なのだろうな)
それでもヌサカーンは、あの青き術士の行く末を見守りたいと思っていた。
「私も随分と妖魔としての品が下がったものだ…まぁ悪くはないがな」
そう呟いて、ヌサカーンは不敵に笑う。
(しかし酒が嫌いだったとはな…ルージュとやらが取っているはずの秘術の対策を練ると称して、今度ヨークランドの酒蔵にでも連れて行ってみるか)
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