暑さのせいだ


それは、ある真夏のヤーデの川辺での事。


「おりゃーー!!」
「うわっ!ギュス様ちょっとやり過ぎだよ~」
「ならお前も少しは反撃してこいって」
「そんな事言ったって、反撃したらしたでギュス様怒るじゃな…うわっぷ!?」
「ははは!何転んでるんだよ」
「うう…だってここ、石に結構コケが生えてて滑るんだもん…」

そこには、川の水をばしゃばしゃと思い切り蹴り上げたり、手で掬い上げて振り撒いてはしゃぐギュスターヴ。
彼に水をかけられては大慌てで避けるも、結局避けきれなかったり、コケやぬかるみに足を取られて転んでは服を濡らすフリン。


「……全く…ガキじゃないんだから…」


そしてそんな二人を、川岸の岩に腰掛け、足先だけを水に浸けて涼を取りながら呆れ顔で眺めるケルヴィンの姿があった。
ギュスターヴの母であるソフィー様と、ケルヴィンの父であるトマス卿に「これからシルマール先生も呼んで暫く話し合いをするつもりだから、少しの間席を外して貰いたい」と言われたのが一時間ほど前。
最初はまたキノコだらけの洞窟に探検しに行くつもりだったギュスターヴを何とか引き止めたところ、それならば暑いし水辺にでも行きたいと言い出され、今に至る。

(あいつももう子供じゃないんだ。いい加減年相応の振る舞いというものを考えて欲しいものだ)

ケルヴィンはそんな事を考えつつも、貴族としての立場を重んじる自らとは違い、己の身分も何も気にせず羽目を外すギュスターヴの姿を羨ましいと正直思っていた。
そんなケルヴィンの視線に気が付いたのか、ふとギュスターヴがケルヴィンの方を向いたかと思うと、彼はそのままざぶざぶとケルヴィンの元へとやって来た。

「ケルヴィン。お前も来いよ」
「いや…私は……」
「ほら、さっさと来いって」
「…全く」

手をぐいぐいと引っ張られ、ケルヴィンは仕方無しに立ち上がる。

「よし行くぞ!」
「お、おい!ちょっと待…」

しかし、ケルヴィンの足元に埋もれる大きな石にコケが張り付いていた事にギュスターヴは気付かず、そのまま彼の手を握りしめたまま走り出そうとしたため、ケルヴィンは思わず踏み出した足がつるりと滑り

「う、わっ!?おいギュスターヴ!!避け……!」
「はっ?…うおおっ!!?」

避けろ。と、言い終わる頃には時すでに遅し
ギュスターヴに覆い被さるような形でケルヴィンは転び、大きな水飛沫がばしゃあっと思い切り跳ね上がった。

「けほっ!けほっ……いっ…てぇ~~」
「す、すまん…怪我は無いか?」
「あ~…少し左のヒジ打ったけど、まあ大した事ねえよ」
「後で腫れたりしたら困る。少し見せてみろ…」

そう言いながら立ち上がり、ギュスターヴの腕を掴んだ瞬間、ケルヴィンは不意に、全身ずぶ濡れになったギュスターヴの姿に目を奪われる。
涼しげなコットンのシャツは半透明に透けて肌に貼りつき、髪は日の光をきらきらと反射させながら艶やかに雫を滴らせていた。

「……」
「おい、ケルヴィン。いつまで人の腕掴んで上に乗っかってんだ…よっ!!」
「ぶっ!?うわ、ととっ…わぁっ!!?」

ずぶ濡れになったギュスターヴに見とれているとふいに顔に水をかけられ、ケルヴィンは仰け反った拍子にまたもや滑ってひっくり返る。

「げほっ!けほっ!…」
「あっはははは!!ざまーみろ!これでお前もずぶ濡れだな!」
「…………」

そんなケルヴィンの姿を指差しながらけらけらと笑うギュスターヴを見つめながら、ケルヴィンは暫くぽかんと口を開けていたが、あまりのぶしつけな態度に徐々に怒りが沸いてくる。

「……こ、んのっ…!馬鹿者が!!」
「うおっ!?何すんだよこの野郎!!危ねーだろ!!」

ケルヴィンがかけ返した水をさっと避けると、ギュスターヴは怒鳴り散らす。

「それはこっちのセリフだ!父上に叱られたらどうしてくれるんだ!!」
「お前が俺を巻き込んですっ転んだのが悪いんだろが!」
「いきなり引っ張ったのはお前だろう!」
「しっかり立たないお前が悪い!」
「何だと!」
「やるのか!!」
「上等だ!!」




「何やってるのよ、あの二人…」

それから暫くしてやって来たレスリーは、目の前の状況に呆れたように呟く。

「あ、レスリー。あのね、ギュス様がケルヴィンをいきなり立たせたせいで一緒に転んで、それからずーっとああやって言い争いながら水の掛け合いっこしてるんだ。ボクはちょっと服を乾かしがてら休憩中」
「……ソフィー様にそろそろ三時だからおやつ代わりに杏でも持ってってあげてって頼まれたから来たんだけど、これじゃそれどころじゃ無いわね」


「ぶはっ!?おいケルヴィン!水術で顔面に水飛ばすのはズルいだろ!!」
「先に顔目掛けて水をかけてきたのはお前だろうが!」
「んだとこの野郎!!」
「ぶわっ!おい止めろ!水を蹴り上げまくるな!!」
「やーだね!」
「それならこうだ!!」
「ぶふぉっ!?やりやがったなこの野郎!」


「あーあ。ほんっとあの二人、まるっきり子供みたいなんだから…ソフィー様やトマス卿も苦労が絶えないわね」
「二人共負けず嫌いだからねぇ…ケルヴィンも普段はしっかりしてるのにギュス様の前だと年相応だよね」

ため息をつくレスリーに、杏にかぶり付きながらフリンは同意する。

「ほんとそうよね。仕方ないからあの二人が落ち着くまで私もくつろいでる事にするわ」
「レスリー止めないの?」
「やぁよ。私まであんな風にみっともなく濡れねずみなりたくないもの」
「あはは…確かに。ボクも八つ当たりで二人から水かけられるのはごめんだもん」


その後びしょ濡れになったギュスターヴとケルヴィンが、それぞれソフィー様とトマス卿にこっぴどく説教されたのは言うまでもない。
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