平行線上の思い

とある日のヴェスティア酒場。そこにはタイクーンと呼ばれるようになった男。ウィリアム・ナイツと、その先輩ナルセスの姿があった。

「どうしましょうナルセスさん…僕こんなに食べきれませんよ…」

そう言って泣きつくウィルの腕には、こぼれ落ちる程のチョコレートが抱えられていた。

「捨てろ」

ナルセスは女性を敵に回すような返答をさらりとウィルに返す。

「そんなのいくら何でも酷いですよ!?」
「だったら全部食え。貰った以上捨てるか食うかしかないぞ」
「うぅ…分かりました」

ウィルはうなだれると、チョコレートの包みを一つずつ開け、もくもくと片っ端から食べ始めた。

「うぐ…むぐぐ…」

涙を浮かべてまで食うものなんて上手くも何ともないであろうに、持ち前の律儀さゆえにウィルはそれを頑張って口に詰め込んでゆく。

「おいウィル、お前の今の顔リスみたいだぞ」
「にゃるせふひゃんひろひれふよーー!!」

もうウィルは悲しいやらチョコの食い過ぎで胃もたれやらで、これ以上何か言おうものなら確実に泣くような状態であった。

「ふぐっ!!?」

口の中で溶け切らなかったチョコレートが喉に詰まったらしく、ウィルは苦しげに胸を叩く。

「はぁ…全く下らない行事もあったものだな」

そんなウィルの姿にナルセスは呆れ、思わずため息をこぼした。

その原因は今日…バレンタインデーにある。
コーデリアからチョコレートを貰った辺りまでは良かったのだ。しかし、彼女が恥ずかしさのあまり走り去った直後、どこからともなく大量の女性が現れ、ウィルにチョコレートを押し付けていったらしい。

(恐らくあの小娘が他の女共を威嚇していたのだろうな…脅威が去った瞬間押し付けに来るとは…全く女というものは恐ろしい)

「あの…ナルセスさん、一ついりませんか?」

おずおずとウィルはナルセスに問い掛ける。

「生憎だが甘いものは好かん」
「そうですか…」

ウィルはしょんぼりと肩を落とした。

「大体そんなもの何故断らんのだ」
「だって、せっかくみんな一生懸命作ったのに断るなんて僕出来ませんよ」
(はぁ……このガキは…)

ウィルはまだ知らないのだろう。自分の持つ称号が、他人にどう影響するのかさえ。

(ほとんどは好意からではなく『タイクーンの妻』という立場が欲しいだけの連中に決まってるだろうに…)

「むひゃう~…もうダメ…」
「………」

(まぁ、こいつには既に決めた相手がいる訳だし…な)

「……一つ貰うぞ」

ナルセスはチョコの山から一箱取り、包みを開ける。

「え?」
「構わないな?」
「へ、あ…はい」

ぱき、と、小気味よい音が耳へ伝わる。
適当に選んだそのチョコレートはとても甘く、ナルセスは顔をしかめた。

(ああ…やはり甘いものは嫌いだ)
1/1ページ
    スキ