愚者の金



──時は1245年のとある穏やかな晴れの日


「はぁ…全く。何でこういつもいつもお前は期限ギリギリになってから私に丸投げするんだ。片付けるこちらの身にもなれ」

ワイドの城の執務室には、大量に溜まった書類を一つ一つこなしてゆくヤーデ伯の子息ケルヴィンと

「あー、はいはい。ごめんごめん」

どうしても本人の直筆で無ければならない書類が出た時の為に部屋に待機するも、殆どの書類が代筆だろうと構わないような代物だったが為に暇を持て余し、ソファーに寝そべって一人石ころのような物を手で弄ぶ、現ワイド当主ギュスターヴ十三世の姿があった。

「なぁ、ケルヴィン」
「どうした?自分でちゃんと片す気にでもなったか?」
「いや、全然」

さも当然の事であるかのように、けろりとした顔でギュスターヴは言ってのける。

「あのな…これは元々お前の仕事なんだぞ?第一これらは全部当主として知っておかねばならない内容だろ」
「一通り目は通してあるさ。ただ返事を書くのがあまりに面倒臭いもんでな。気付いたらこんな事になってた」
「…こんな手遅れ寸前になる前にムートン卿に手伝って貰うとか他に選択肢もあっただろう」
「いや、それが中々ムートンの奴が捕まらなくてな…話し掛けようとする時には大体他の奴らと会話中か別の仕事で忙しいかで」
「…はぁ……私だって忙しいんだぞ?」
「悪かったって…それよりさ、これなんだと思う?」

ギュスターヴは先程からずっと手で弄んでいた鉱石をケルヴィンに見せる。
綺麗な立方体をしたその黄金色の石は、まるで人の手でカットしたかのように見えた。

「…金……じゃないのか?どうみても」
「やっぱりお前もそう思ったか。ほれ」

ギュスターヴはそれを、ぽいとケルヴィンに向かって投げ付けた。

「うわっと!?こらギュスターヴ!いきなり投げるな!」
「その石、何かおかしいと思わないのか」
「?……そういえばこの感じは…」

普通ならば金はアニマに対して抵抗を持たないはずである。
しかし、ケルヴィンの手の中にある鉱石は、確かに彼のアニマを拒絶するかのように完全に遮断していた。

「紛い物、か?」
「そ、金じゃなくて黄鉄鉱っつう鉄なんだよ。硫黄と混じってるからそんな色になってるんだとさ」
「これが鉄…?どこでこんなもの見つけたんだ」
「鉄の採掘場。見学に行ったら採掘者のおっさんがくれた。鋼に加工するには不向きな代物なんだとさ」
「ふぅん…」

ケルヴィンは手元の黄鉄鉱をまじまじと見る。
それは人の手で加工されたにしては、あまりにも綺麗な正六面体を形成していた。

「人が加工してこうなってる訳じゃないのか?」
「ああ、結晶化してそうなるらしい。中には八面体や十二面体とかもあった」
「へぇ…」

ただ見ただけなら手頃な大きさに固められた金と間違う者もいるだろうなと、ケルヴィンは思った。

「あ、そういえばさ。黄鉄鉱の別名知ってるか?」
「知るわけ無いだろう。私はこんなものがあるなんて今知ったんだから」
「…愚者の黄金だよ」
「愚者の黄金?」
「うん、フィニーに居た頃に聞いた話なんだけどさ、こんなお伽話があるんだ」

ギュスターヴはそう言って、静かに語り出した。


──むかしむかし、自分を着飾る事を生きがいとするお姫様がおりました。
彼女は美しい装飾品に身を包み、艶やかなドレスを着ては毎晩沢山の男達と踊りあかしていたそうです。

彼女はある日、奴隷達に言いました。
『私へ似合う美しいものを持ってきた者に褒美をとらせよう』
それを聞いた奴隷達は、我先にと宝を集め、お姫様へと捧げました。

上質なクヴェルを持って来た者には、子爵の地位を
美しい金銀の装飾具を作って来た者には、男爵の地位を
粗削りながらも美しい輝きを持つ宝石や金銀の原石を持って来た者には、召し使いの地位を与えました。

そんな中、一人の男がお姫様に手に余るほどの黄金を献上しました。
しかし、当然褒美を得られるはずと考えていたその男は、姫の怒りを買い、縛り首となりました。

なぜならば、その男の金は非常に脆く、アニマを全く通さない紛い物の金だったからです──


「………………」
「おしまい」
「……何だその胸糞悪いお伽話は」
「つまりはあれだな。その男は術不能者で、ましてや本物の金なんて触れた事も無かったもんだから黄鉄鉱を金だと勘違いしてずっと出世のために掘り続けてた訳だ」

(それで"愚か者"か…術絶対主義の東大陸らしい逸話とは思うが、それにしたってあまりに酷い話だ)

ケルヴィンの眉間には、知らず知らずのうちにシワが寄っていた。

「…まるで俺みたいだよな」

ぽつりと、ギュスターヴは呟く。

「その男がか?」
「違う違う。男じゃなくて石の方だよ。ほら、生まれは王族でも、本当はただの出来損ないだから」
「…馬鹿な事を言うな。お前に価値が無いなんて事は無い」
「どうしてそう思うんだよ?ケルヴィン」
「人の価値は皆同じだ。アニマがあろうとなかろうとそれは変わるものじゃない」
「はっ…お前の言う事は綺麗事ばかりだな。術不能者なんて殆ど人して扱われないのに」

ギュスターヴはソファーから立ち上がり、ケルヴィンの元へ近寄った。

「お前達には分からない感覚だろうが、俺やフリンには、例え触れてもこれが紛い物の金だと分からないんだ」

ギュスターヴはケルヴィンの手の平から黄鉄鉱をそっと奪いさると、ポケットへとしまい込む。

「俺は偽りの輝きしか出せぬ紛い物の金だ。術の使えぬ者の前でしか価値ある存在でいられぬ俺はその愚か者共と同じで、愚かだと嘲笑われる存在だ。結局この鉄が金にかわる事が無いように、俺も正式な王になる事は出来ないんだよ。ケルヴィン」
「…そんなにフィニーへ行くのが嫌なのか?」

いやに自己否定の言葉ばかり呟くギュスターヴの姿にケルヴィンがふと思い起こしたのは、この間彼の父親、フィニー王ギュスターヴ十二世の訃報の知らせを聞いた際に、ギュスターヴが自身の王位継承権を唱える事を頑なに拒んでいた事であった。

「お前は、皆の期待に答えたくないのか?」
「そういう訳じゃないさ。ただ、俺が戻った所で、ファイアブランドを持つ資格の無い俺が王を名乗った所で、フィニーの民はきっと俺を、国の指導者と認めてくれはしないだろう?出ていく時に散々出来損ないと呼ばれて石まで投げ付けられたくらいなんだから」
「…………」
「だからさ、いまいち戻る気が起きないんだよな~」

けらけらと笑いながらケルヴィンに背を向けるその刹那、笑みの中に諦めとも絶望とも取れる表情が浮かんだ。

「お前を慕う民なら、ここにいるだろ」

ケルヴィンは静かに呟く。

「ここにいる皆はお前こそが王であるべきと言っている」
「でもなぁ…」
「でもじゃない。民の望みを叶えてやるのも指導者の務めだろう。下らん駄々こねてないでさっさと腹を括れ」
「うわひっでえ…俺の意思は無視かよ…」

顔を背けたまま、不満げな声でギュスターヴは呟く。

「もう、自分みたいな存在を生み出したくは無いだろう?」

しかしケルヴィンのその一言に、ギュスターヴは目を見開いて振り向いた。

「一体何代先になるかも分からないが…もしまた東大陸にお前と同じ境遇の者が現れたらどうする?そいつが同じく民に虐げられる運命を辿ったとしてもいいのか?」
「………」

ギュスターヴは、ケルヴィンの顔を見据える。
熱く語る彼の眼差しは、いつも以上に真剣なものだった。

「この世に存在する多くの術不能者達と、お前自身を救う事が出来るのはお前以外に居ない。お前の作り上げた鋼の力で、この世界の常識を覆してみせろ」
「………ああもう…分かったよ。行ってやる。自分のせいで誰かがまた不幸になるなんて真っ平ごめんだからな」

ギュスターヴは面倒臭げに頭を掻くとそう言った。

「本当だな?」
「ああ、だからもうこれ以上俺に泣き付いて頼み込もうとすんなよ」
「おい待て。いつ私が泣き付いたと言うんだ」
「今」

再びにやにやと意地の悪い笑みを浮かべ、ギュスターヴはケルヴィンをからかう。

「よし分かった。もう金輪際お前の書類整理は手伝わん。後は自力で何とかしろ」
「あっ、待て待て待て!!悪かった。すまん。謝るから頼む!」
「…泣き付いて頼み込んでるのはどっちだろうな?」
「俺ですスミマセン…」
「全く…お前という奴は……」

やけに素直に謝るギュスターヴの姿に、ケルヴィンは思わず苦笑いを浮かべるのだった。
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