籠の鳥は漸く飛び立つ
ケフカを倒し、ようやく世界は脅威から解き放たれた。それぞれがそれぞれの形で勝利を喜び、ファルコンの上でそれを分かち合う。
セッツァーはその歓声に耳を傾けながら舵を取っていた。
(最初は帝国相手に命懸けのギャンブルなんて面白そうだからという理由だった。それが世界全体を巻き込む事態になり、亡き友の翼で駆け巡りながらかつて旅した仲間を探し、平和への道を切り開いた英雄という立場にまで発展したんだから、運命というものはつくづく分からないもんだな)
ふと、後ろを振り返れば、マッシュの隣で地上を眺めていたはずのエドガーと目が合い、微笑まれる。
(こいつとだって、本来ならば出会う事すら叶わなかった立場だ…まさか一国の主と、そういう関係になるなんてな)
仲間達に公言する事は無かったが、セッツァーとエドガーはこの旅路の中、肌を重ね合う関係になっていた。
片や空を駆ける翼を持つ賭博師。片や地を泳ぐ城を統べる機械国家の国王。本来的ならばお互い交わるはずも無かった二人を繋いだのは、この旅と、そして機械という共通の趣味であった。
王という立場上、対等な目線で趣味について語り合える相手というものが存在しなかったエドガーにとって、セッツァーの語る飛空艇の知識はとても興味深く楽しいものであり、またセッツァーも機械の話を前にした時だけはいつもの王様としての仮面を脱ぎ捨て、子供のように無邪気に語り出すエドガーの姿を好ましく思っていた。
最初に身体の関係を持ったのは半ば勢い任せのようなものだったが、それでもずるずると関係を持ち続けてきたのは、お互い胸の内を明かし合える存在だったからだろう。
(だが、それももう終わりだろうな…)
セッツァーはエドガーから顔を背け、また舵取りに集中する。
お互い、分かりきった上での関係だった。いずれは終わりを迎えると。
エドガーは国を捨てられない。いずれは城に戻り、また王としてフィガロの民を導かなければならない。
自由を愛するセッツァーにとっては王という立場に縛り付けられ、思うがままに生きる事の許されないエドガーの姿が歯がゆく、幾度となく共に空を駆け自由気ままに生きる道を提案したが、いつだってエドガーは頑として首を縦に振ろうとはしなかった。
(もうここにいる奴らと共に旅する理由も無くなった。俺とあいつもまた、お互い交わり合う事もない人生に戻るんだろう)
覚悟はしていた筈なのにどこか空虚な気持ちになり、舵を持つ手に思わず力がこもった。
セッツァーは各地にファルコンを走らせ、仲間達を降ろして行く。コーリンゲンにロックとセリスを、獣ヶ原にガウを、サマサにストラゴスとリルムを──
気が付けば、セッツァーの他に残っているのはエドガーとマッシュのみになる。
「あ、悪いセッツァー。俺はサウスフィガロに降ろしてくれないか?ダンカン師匠のとこに報告してから帰りたいんだ。お師匠様に鍛えられた俺のこの拳で全てを終わらせてやったぜってな」
「分かった。そんじゃそっち経由で行くぜ」
「ありがとな。兄貴も先にフィガロに戻っててくれ」
「ああ。出来るだけ早めに戻ってこいよ。一人で民にあれこれ質問されてもみくちゃにされるのは結構大変だからな」
「ははっ!分かってるよ」
屈託の一切無い笑顔を浮かべるマッシュは、サウスフィガロに着くなり全速力で駆けて行った。
「ほんっと元気が有り余ってるよな…」
「はは…まあな。でもあいつのあの明るさは本当に見ていて気持ちがいいよ」
呆れ気味のセッツァーにエドガーは苦笑する。
そうして、二人きりになり、静まり返ったファルコンはサウスフィガロを離れ、今度はフィガロへと向かう。
セッツァーがあえて低速飛行に切り替えた事にエドガーは気付いていたが、あえて何も言おうとはしなかった。
「……長いようであっという間だったな」
「…ああ」
ぽつぽつと、二人は語りだす。
「俺は何だかんだで楽しかったぜ。お前と一緒にいるのは」
「そうかい…私も、君の話を聞くのは楽しかったよ。立場なんて気にせずに機械の事についてこんなに本気で熱く語れる相手は、君が初めてだった」
「機械の事だけ…か?」
「………」
エドガーがむっとした表情を見せる。
だが、頬が少し紅潮しているのを見るに機嫌を損ねたというよりは単に照れているのであろう。
「…手放したくなんか無えよ。本当は。お前をこのままどこかに連れさっちまえればどれだけ良かったか」
「……私も、君とずっと一緒にいられたらきっと楽しかっただろうなと思っているよ」
嗚呼、本当に、夢のようだったよ──
もう訪れる事の無いであろう日々に思いを馳せるエドガーの横顔があまりに美しくて、セッツァーは今すぐその身を滅茶苦茶に抱いてしまいたくなった。
けれどそれはもう、かなわない。もう、終わらせなければならないのだから。
そうこうしているうちにフィガロ城の上空に辿り着き、セッツァーは城の屋上へと縄梯子を降ろした。
「それじゃあまたなセッツァー。いつかまた会おう」
そう言って縄梯子の方へと歩こうとしたエドガーの腕を、セッツァーは掴む。
「セッツァー?どうし…」
「最後にもう一度聞きたい。俺と一緒に来る気はないか?」
エドガーはその言葉に目を見開いた後、寂しそうな顔で微笑む。
「分かっているだろう?私には私の帰りを待つ多くの民がいる。君と共に歩む事は許されない」
「…分かっているさ。言ってみただけだ。悪かったな、引き留めて」
セッツァーはエドガーの腕を離し、踵を返そうとした。
「けれど」
エドガーの一言に、セッツァーは再び振り向く。
「けれど…もしいつかこの国が私がいなくとも大丈夫になったら、その時は私を拐いに来てくれないだろうか」
それはきっと、エドガーなりの精一杯の告白の返事なのだろう。
城という名の籠の鳥としての生き方を選び、たとえ籠の扉が開いていても守るべきもののためにその場に留まり続ける彼の、本当の願いなのだろう。
「…はっ……何だそれ。狡いな、お前…」
「仕方がないだろう。自由に生きる君を縛り付ける事になるかもしれないが、それでも、私は君が…」
言い切る前にマントをぐいと引き寄せ、セッツァーはその唇を奪った。エドガーは驚いたようだったが、やがてうっそりと瞳を閉じる。
別れのキスなどではない。いつかの未来を誓う、約束のキスだ。
「いいぜ…いつか必ず迎えに行く。だから大人しく待ってろよ」
「…ああ。ずっと待ってるよ。いつまでも」
エドガーは縄梯子を降り、王の帰還を心待ちにしていた国民達の元へと歩いて行く。
セッツァーはその姿を無言で見届け、やがてフィガロ城を後にした。
──それから、二十年近くの月日が経った。
今日、この日は、フィガロの新国王が即位した日であり、同時にエドガーが晴れて王位を譲り、隠居の身となった日でもある。
「ふぅ…」
バルコニーに出たエドガーは一息つく。
城の中はまだ盛大な祝賀ムードだが、エドガーは酔いを理由に早々にパーティーを抜け出してきた。
「長かったな…」
エドガーは一人、ぽつりと呟く。
父が崩御し、王位を引き継いだ17歳の時から、ずっと国を守るために必死だった。
狡賢い帝国と形ばかりでも同盟関係を結び続けるため、弱味を見せる事は許されず、本心を隠して同じくらい狡猾にならざるを得なかった。いずれ力を持ちすぎた帝国からの侵略を受けるであろう事を予測して裏でリターナーと手を組み、城内の技術向上にも精を出した。
勿論、国の内部からの攻撃も無かった訳ではない。王位を継承したばかりの頃はマッシュを国王に据えて傀儡にしたがっていた貴族連中に暗殺されかけた事だってあった。
それでも民を守るため、ずっと奔走し続けた。帝国との同盟が破綻したのをきっかけに国を臣下に任せて城を旅立ち、その中で志を共にしてくれる者達と出会いながら沢山の戦いを経験した。崩壊した世界で砂に埋もれたフィガロを再び地上に浮上させるための方法を見つけ出すために盗賊のふりなんて事までした。再会した仲間達と共に壊れかけた世界を巡った時、瓦礫の塔で三闘神やその力を得たケフカと対峙した時、志半ばに死ぬ覚悟だって何度もした。
そして世界が救われた後も、国家の機能が失われていない数少ない場所として、各地の復興の支援にも追われた。
(思い出せば沢山災難もあったが…旅という束の間の自由を得たあの頃、国王としての立ち振舞いに縛られずに済む仲間が出来たのが本当に救いだった)
ぶわりと、バルコニーに入り込んだ砂塵を吹き飛ばす風が吹く。
「…ふふ」
退位も済み、もはや王として民を率いる必要もない。肩に何も背負わずにいられるのというのはこれ程までに身軽なものなのかと、何だか笑えてきた。
「えらくご機嫌だな」
「…そうだな。これでもう私は…いいや、俺はもう、俺自身のままでいられるから」
頭上からした声に、エドガーはそう答える。
上を見上げれば、夜空を覆い隠すようにファルコンが停止飛行し、そこからずっと恋い焦がれた美しい銀色が見えた。
「よお、久しぶりだな」
縄梯子を伝い、セッツァーはその場に降りる。
「お望み通り拐いに来てやったぞ。フィガロ前国王陛下様」
「随分と早かったな。そんなに待ちくたびれたのか?」
「ああ。お前さんがいつになったら王様を辞めて俺の元に来る気になるか、二十年以上やきもきしてたんだ。急くのも仕方ねえだろう?」
「そうだな…君を随分と待たせてしまった。申し訳ない」
お互い出会った時から随分と老けた。
増えた皺の数が、それまでの年月をまざまざと感じさせる。
「良いさ。お前だって立場もあるのに浮気の一つもしなかったしな」
「おや、心外だな。俺にとってレディは皆等しく大切なものだから、たった一人を選べなかっただけさ」
「あーはいはい…ティナがマッシュと添い遂げたいって言ってくれてつくづく良かったな」
「そうだな…あの二人には、そして俺の後を継いで国王になってくれると言ってくれた二人の子供には感謝してもしきれないよ」
愛の感情を知る以前から、ティナはマッシュに密かに惹かれていたらしい。モブリズの子供達が皆一人立ちした後、何度かフィガロ城を訪れるようになり、最後にはマッシュの伴侶として、フィガロ国民に祝福されながら盛大な結婚式を上げたのも、もう遠い昔の出来事になる。
──お母様から聞きました。伯父上様には本当はずっと好いている相手がいらっしゃると。
僕が王位を継ぎます。だから、そしたら伯父上はどうかその人と幸せになって下さい。
マッシュとティナの間に産まれた甥は、ある日青空を見上げていたエドガーにそう告げた。
「まさかティナが俺達の関係に気付いていたとは思わなくて、言われた時には随分驚いたよ」
「愛を知らなかった分、逆に聡くなったのかもな。確かあの二人、告白したのもマッシュからじゃなくティナからなんだろ?」
「ああ…マッシュは修行生活が長すぎてそこら辺が疎かったからな。ティナから向けられる好意が特別なものだと気付くのにかなり時間がかかったようだ」
「ははっ…!目に浮かぶようだぜ」
セッツァーはけらけらと笑う。
「で?その鈍感気味な殿下には伝えてあんのか?」
「勿論ちゃんと伝えたよ…国王の座を譲ったら、俺はセッツァーと共に生きるという事を。どうか兄貴をよろしく頼むだとさ」
「そうかい…ならとっとと行こうぜ。お前んとこの国のうるさそうな重鎮共に見つかる前に」
「そうだな」
エドガーは縄梯子に手を掛け、セッツァーと共にファルコンへと登る。
久しぶりに乗る飛空艇の景観は、共に旅したあの頃と殆ど変わりない。
「それじゃあ行くとするか。あての無い空の旅に」
エドガーに笑い掛け、セッツァーは舵を握る。
「ふふ…本当に、俺は果報者だな。自由の身になる事を後押ししてくれる人達がこんなにもいて…そして俺と共に添い遂げるために、ずっと待ち続けていてくれた恋人がいて」
エドガーもその隣で満足そうに微笑む。
「ありがとうセッツァー。俺を君の翼に乗せてくれて。あの時からずっと、ずっとこの日を待っていた」
さあ、あの日の夢の続きを追おうか。
どちらともなくそう呟いて、二人を乗せたファルコンは夜空を駆けていった。
セッツァーはその歓声に耳を傾けながら舵を取っていた。
(最初は帝国相手に命懸けのギャンブルなんて面白そうだからという理由だった。それが世界全体を巻き込む事態になり、亡き友の翼で駆け巡りながらかつて旅した仲間を探し、平和への道を切り開いた英雄という立場にまで発展したんだから、運命というものはつくづく分からないもんだな)
ふと、後ろを振り返れば、マッシュの隣で地上を眺めていたはずのエドガーと目が合い、微笑まれる。
(こいつとだって、本来ならば出会う事すら叶わなかった立場だ…まさか一国の主と、そういう関係になるなんてな)
仲間達に公言する事は無かったが、セッツァーとエドガーはこの旅路の中、肌を重ね合う関係になっていた。
片や空を駆ける翼を持つ賭博師。片や地を泳ぐ城を統べる機械国家の国王。本来的ならばお互い交わるはずも無かった二人を繋いだのは、この旅と、そして機械という共通の趣味であった。
王という立場上、対等な目線で趣味について語り合える相手というものが存在しなかったエドガーにとって、セッツァーの語る飛空艇の知識はとても興味深く楽しいものであり、またセッツァーも機械の話を前にした時だけはいつもの王様としての仮面を脱ぎ捨て、子供のように無邪気に語り出すエドガーの姿を好ましく思っていた。
最初に身体の関係を持ったのは半ば勢い任せのようなものだったが、それでもずるずると関係を持ち続けてきたのは、お互い胸の内を明かし合える存在だったからだろう。
(だが、それももう終わりだろうな…)
セッツァーはエドガーから顔を背け、また舵取りに集中する。
お互い、分かりきった上での関係だった。いずれは終わりを迎えると。
エドガーは国を捨てられない。いずれは城に戻り、また王としてフィガロの民を導かなければならない。
自由を愛するセッツァーにとっては王という立場に縛り付けられ、思うがままに生きる事の許されないエドガーの姿が歯がゆく、幾度となく共に空を駆け自由気ままに生きる道を提案したが、いつだってエドガーは頑として首を縦に振ろうとはしなかった。
(もうここにいる奴らと共に旅する理由も無くなった。俺とあいつもまた、お互い交わり合う事もない人生に戻るんだろう)
覚悟はしていた筈なのにどこか空虚な気持ちになり、舵を持つ手に思わず力がこもった。
セッツァーは各地にファルコンを走らせ、仲間達を降ろして行く。コーリンゲンにロックとセリスを、獣ヶ原にガウを、サマサにストラゴスとリルムを──
気が付けば、セッツァーの他に残っているのはエドガーとマッシュのみになる。
「あ、悪いセッツァー。俺はサウスフィガロに降ろしてくれないか?ダンカン師匠のとこに報告してから帰りたいんだ。お師匠様に鍛えられた俺のこの拳で全てを終わらせてやったぜってな」
「分かった。そんじゃそっち経由で行くぜ」
「ありがとな。兄貴も先にフィガロに戻っててくれ」
「ああ。出来るだけ早めに戻ってこいよ。一人で民にあれこれ質問されてもみくちゃにされるのは結構大変だからな」
「ははっ!分かってるよ」
屈託の一切無い笑顔を浮かべるマッシュは、サウスフィガロに着くなり全速力で駆けて行った。
「ほんっと元気が有り余ってるよな…」
「はは…まあな。でもあいつのあの明るさは本当に見ていて気持ちがいいよ」
呆れ気味のセッツァーにエドガーは苦笑する。
そうして、二人きりになり、静まり返ったファルコンはサウスフィガロを離れ、今度はフィガロへと向かう。
セッツァーがあえて低速飛行に切り替えた事にエドガーは気付いていたが、あえて何も言おうとはしなかった。
「……長いようであっという間だったな」
「…ああ」
ぽつぽつと、二人は語りだす。
「俺は何だかんだで楽しかったぜ。お前と一緒にいるのは」
「そうかい…私も、君の話を聞くのは楽しかったよ。立場なんて気にせずに機械の事についてこんなに本気で熱く語れる相手は、君が初めてだった」
「機械の事だけ…か?」
「………」
エドガーがむっとした表情を見せる。
だが、頬が少し紅潮しているのを見るに機嫌を損ねたというよりは単に照れているのであろう。
「…手放したくなんか無えよ。本当は。お前をこのままどこかに連れさっちまえればどれだけ良かったか」
「……私も、君とずっと一緒にいられたらきっと楽しかっただろうなと思っているよ」
嗚呼、本当に、夢のようだったよ──
もう訪れる事の無いであろう日々に思いを馳せるエドガーの横顔があまりに美しくて、セッツァーは今すぐその身を滅茶苦茶に抱いてしまいたくなった。
けれどそれはもう、かなわない。もう、終わらせなければならないのだから。
そうこうしているうちにフィガロ城の上空に辿り着き、セッツァーは城の屋上へと縄梯子を降ろした。
「それじゃあまたなセッツァー。いつかまた会おう」
そう言って縄梯子の方へと歩こうとしたエドガーの腕を、セッツァーは掴む。
「セッツァー?どうし…」
「最後にもう一度聞きたい。俺と一緒に来る気はないか?」
エドガーはその言葉に目を見開いた後、寂しそうな顔で微笑む。
「分かっているだろう?私には私の帰りを待つ多くの民がいる。君と共に歩む事は許されない」
「…分かっているさ。言ってみただけだ。悪かったな、引き留めて」
セッツァーはエドガーの腕を離し、踵を返そうとした。
「けれど」
エドガーの一言に、セッツァーは再び振り向く。
「けれど…もしいつかこの国が私がいなくとも大丈夫になったら、その時は私を拐いに来てくれないだろうか」
それはきっと、エドガーなりの精一杯の告白の返事なのだろう。
城という名の籠の鳥としての生き方を選び、たとえ籠の扉が開いていても守るべきもののためにその場に留まり続ける彼の、本当の願いなのだろう。
「…はっ……何だそれ。狡いな、お前…」
「仕方がないだろう。自由に生きる君を縛り付ける事になるかもしれないが、それでも、私は君が…」
言い切る前にマントをぐいと引き寄せ、セッツァーはその唇を奪った。エドガーは驚いたようだったが、やがてうっそりと瞳を閉じる。
別れのキスなどではない。いつかの未来を誓う、約束のキスだ。
「いいぜ…いつか必ず迎えに行く。だから大人しく待ってろよ」
「…ああ。ずっと待ってるよ。いつまでも」
エドガーは縄梯子を降り、王の帰還を心待ちにしていた国民達の元へと歩いて行く。
セッツァーはその姿を無言で見届け、やがてフィガロ城を後にした。
──それから、二十年近くの月日が経った。
今日、この日は、フィガロの新国王が即位した日であり、同時にエドガーが晴れて王位を譲り、隠居の身となった日でもある。
「ふぅ…」
バルコニーに出たエドガーは一息つく。
城の中はまだ盛大な祝賀ムードだが、エドガーは酔いを理由に早々にパーティーを抜け出してきた。
「長かったな…」
エドガーは一人、ぽつりと呟く。
父が崩御し、王位を引き継いだ17歳の時から、ずっと国を守るために必死だった。
狡賢い帝国と形ばかりでも同盟関係を結び続けるため、弱味を見せる事は許されず、本心を隠して同じくらい狡猾にならざるを得なかった。いずれ力を持ちすぎた帝国からの侵略を受けるであろう事を予測して裏でリターナーと手を組み、城内の技術向上にも精を出した。
勿論、国の内部からの攻撃も無かった訳ではない。王位を継承したばかりの頃はマッシュを国王に据えて傀儡にしたがっていた貴族連中に暗殺されかけた事だってあった。
それでも民を守るため、ずっと奔走し続けた。帝国との同盟が破綻したのをきっかけに国を臣下に任せて城を旅立ち、その中で志を共にしてくれる者達と出会いながら沢山の戦いを経験した。崩壊した世界で砂に埋もれたフィガロを再び地上に浮上させるための方法を見つけ出すために盗賊のふりなんて事までした。再会した仲間達と共に壊れかけた世界を巡った時、瓦礫の塔で三闘神やその力を得たケフカと対峙した時、志半ばに死ぬ覚悟だって何度もした。
そして世界が救われた後も、国家の機能が失われていない数少ない場所として、各地の復興の支援にも追われた。
(思い出せば沢山災難もあったが…旅という束の間の自由を得たあの頃、国王としての立ち振舞いに縛られずに済む仲間が出来たのが本当に救いだった)
ぶわりと、バルコニーに入り込んだ砂塵を吹き飛ばす風が吹く。
「…ふふ」
退位も済み、もはや王として民を率いる必要もない。肩に何も背負わずにいられるのというのはこれ程までに身軽なものなのかと、何だか笑えてきた。
「えらくご機嫌だな」
「…そうだな。これでもう私は…いいや、俺はもう、俺自身のままでいられるから」
頭上からした声に、エドガーはそう答える。
上を見上げれば、夜空を覆い隠すようにファルコンが停止飛行し、そこからずっと恋い焦がれた美しい銀色が見えた。
「よお、久しぶりだな」
縄梯子を伝い、セッツァーはその場に降りる。
「お望み通り拐いに来てやったぞ。フィガロ前国王陛下様」
「随分と早かったな。そんなに待ちくたびれたのか?」
「ああ。お前さんがいつになったら王様を辞めて俺の元に来る気になるか、二十年以上やきもきしてたんだ。急くのも仕方ねえだろう?」
「そうだな…君を随分と待たせてしまった。申し訳ない」
お互い出会った時から随分と老けた。
増えた皺の数が、それまでの年月をまざまざと感じさせる。
「良いさ。お前だって立場もあるのに浮気の一つもしなかったしな」
「おや、心外だな。俺にとってレディは皆等しく大切なものだから、たった一人を選べなかっただけさ」
「あーはいはい…ティナがマッシュと添い遂げたいって言ってくれてつくづく良かったな」
「そうだな…あの二人には、そして俺の後を継いで国王になってくれると言ってくれた二人の子供には感謝してもしきれないよ」
愛の感情を知る以前から、ティナはマッシュに密かに惹かれていたらしい。モブリズの子供達が皆一人立ちした後、何度かフィガロ城を訪れるようになり、最後にはマッシュの伴侶として、フィガロ国民に祝福されながら盛大な結婚式を上げたのも、もう遠い昔の出来事になる。
──お母様から聞きました。伯父上様には本当はずっと好いている相手がいらっしゃると。
僕が王位を継ぎます。だから、そしたら伯父上はどうかその人と幸せになって下さい。
マッシュとティナの間に産まれた甥は、ある日青空を見上げていたエドガーにそう告げた。
「まさかティナが俺達の関係に気付いていたとは思わなくて、言われた時には随分驚いたよ」
「愛を知らなかった分、逆に聡くなったのかもな。確かあの二人、告白したのもマッシュからじゃなくティナからなんだろ?」
「ああ…マッシュは修行生活が長すぎてそこら辺が疎かったからな。ティナから向けられる好意が特別なものだと気付くのにかなり時間がかかったようだ」
「ははっ…!目に浮かぶようだぜ」
セッツァーはけらけらと笑う。
「で?その鈍感気味な殿下には伝えてあんのか?」
「勿論ちゃんと伝えたよ…国王の座を譲ったら、俺はセッツァーと共に生きるという事を。どうか兄貴をよろしく頼むだとさ」
「そうかい…ならとっとと行こうぜ。お前んとこの国のうるさそうな重鎮共に見つかる前に」
「そうだな」
エドガーは縄梯子に手を掛け、セッツァーと共にファルコンへと登る。
久しぶりに乗る飛空艇の景観は、共に旅したあの頃と殆ど変わりない。
「それじゃあ行くとするか。あての無い空の旅に」
エドガーに笑い掛け、セッツァーは舵を握る。
「ふふ…本当に、俺は果報者だな。自由の身になる事を後押ししてくれる人達がこんなにもいて…そして俺と共に添い遂げるために、ずっと待ち続けていてくれた恋人がいて」
エドガーもその隣で満足そうに微笑む。
「ありがとうセッツァー。俺を君の翼に乗せてくれて。あの時からずっと、ずっとこの日を待っていた」
さあ、あの日の夢の続きを追おうか。
どちらともなくそう呟いて、二人を乗せたファルコンは夜空を駆けていった。
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