歯車が噛み合った瞬間
最初はいけすかない奴だと思っていた。
人の船に勝手に乗り込んできた挙げ句、褒美なら出すから協力しろなんて言ってくるような相手だ。どうせ金に物を言わせている嫌みったらしい連中と大差変わりないと。
それが大きく変化したのは、ほんの些細なきっかけだった。
「くっそ…マジかよ」
飛空艇ブラックジャック号の機関室で、セッツァーは一人ごちた。
よりによって船内のクルーが全員出払っているタイミングで動力異常が起きたのだ。
打倒帝国を目指す者達に協力している立場上、極力早く復旧させたかったのだが、そう簡単には行かなかった。
(異常が起きてる部分的に俺一人で直すのは少々難儀だな…)
はてどうしたものかと思案しながら機関室を出てふと船内を見れば、弟であるマッシュと話し込んでいるエドガーの姿があった。
「背に腹は変えられねぇ…か。おい、王様」
「ああ、セッツァーか。出来れば私の事はエドガーと呼んでくれると嬉しいのだがね。何だい?」
「ちょっと飛空艇にトラブルが出てな。手伝ってくれ」
正直首を縦に振って貰えるとは思って無かった。渋々でも手伝って貰えれば御の字だと
「良いのか!?」
「!?」
だがセッツァーの予想に反し、エドガーは目を輝かせて食い気味に叫ぶ。
「あ、すまない。つい興奮してしまって…飛空艇のようなものはフィガロには存在しないからね。もし君が許してくれるのであれば一度だけでも動力部をじっくり眺めさせて欲しかったんだ」
「お、おう…本当ならあまり気安く触らすもんじゃないが、一人で直すとかなり手間がかかるし、クルーが全員出払ってるしで手が足りねーんだ」
「そういう事なら任せておくれ。早くケリがつけばレディ達も喜んでくれるだろうしね。マッシュ。そういう訳でちょっと行ってくるよ」
「おう、分かったぜ」
「さあ、案内してくれセッツァー」
「ああ」
機関室に向かう途中、良かったな兄貴。とマッシュが嬉しげに呟くのが聞こえた。
「うわぁ…」
機関室に入るなり、エドガーは感嘆の声を上げる。その表情はまるでずっと欲しかった玩具を与えられた子供のようで、王様という仮面を貼り付け飄々とした態度を取っているいつもの姿とは大違いであった。
「なあセッツァー。あそこの部分はどうなってるんだ!?」
初めて見る飛空艇の内部構造に、エドガーはあれこれ聞いてくる。
セッツァーが一つ二つ説明しただけですぐさま構造を理解し、貪欲なまでに知識を吸収していく様は、まさしくこの男は機械国家の申し子なのだと言わざるを得なかった。
「…となると、原因は恐らくここか」
「俺も同意見だ。ここのジョイントが脆くなり始めてるんだろ。割れる前に発見出来て良かったぜ」
「予備のパーツはあるかい?」
「あるが、付け替えるまでそこを暫く持ち上げておけるか?」
「ああ。これくらいなら平気だよ」
戦闘中にいつも重たい機械を振り回しているせいかエドガーは難なく言われた箇所を支える。
「あんたも大概、腕力あるよな」
「マッシュほどじゃないが、それなりにはね」
その後も、他に異常や破損箇所は無いか確認し、その度に二人で修復していく。
エドガーは始終楽しそうで、セッツァーもそれがおかしくてつい笑うと、どうしたんだと返ってきた。
「いや、お前さんそんな風に笑うんだなって。なんか意外だ」
「目新しい技術に触れられるのは、この上無く楽しいからね。自分で造る機械のアイデアにも生かせそうだと思ってついワクワクしてしまって」
「あんた王様なんてやらせてるのは勿体ないよな。技術者専門でやってた方がよっぽど良いんじゃないか?」
セッツァーの言葉に目をぱちくりさせ、表情の消えたエドガーだったが、ややあって微笑みを浮かべる。
それは機械の話で楽しんでいる時の本心からの笑顔ではなく、いつもの王として取り繕った本音の読めない笑顔だ。
「私はフィガロの王だよ。民を見捨てて自らのためだけの理想を追うつもりは無いさ」
「大した自己犠牲の精神だな。そんな生き方してて楽しいのかよ」
「楽しいか否かで言えば答えは否だな。何年も帝国の顔色伺いなんてしてたせいで私もいい加減疲れていたからね」
エドガーはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「お前がセリスに貸したあの両表のコイン、マッシュを自由にしてやるためにわざと負けるつもりの賭けで使ったやつなんだってな」
「…それはどちらから聞いたんだい?ああ、いや。どちらにもか」
「迷わなかったのか?国を捨てて自由になる事を」
「……迷わなかった訳じゃないさ」
一瞬。まばたき一つで見逃しそうなほんの刹那、エドガーの作り笑いが剥がれて切なそうな表情が見えた。
「だが、私の人生一つの犠牲で多くの民の命と愛する弟の自由が守れるのなら、その方がずっとましだよ」
この世に産まれ落ちた瞬間から王族という立場に縛られ、自国の民と双子の弟のために自身の夢を諦めて王位を継ぐ事を甘んじて受け入れ、この旅すら無ければこんな風に自由を謳歌する事すら叶わない身であるというのに、それでも決して泣き言など言わぬエドガーに、セッツァーはどこか歯がゆい気持ちになる。
(例え鳥籠の扉が開かれていても、お前はその中から飛び立ち逃げ出す気は無いのか)
他者に縛られる事を嫌い、空を翔るギャンブラーとなったセッツァーには、あえて自ら不自由を選ぶエドガーの事が理解出来なかった。
それと同時に、もしもこの男に国より自由を選ばせる事が出来たらどれだけ楽しいだろうかと、博徒としての血が疼く。
俗世のしがらみを投げ捨てさて、無限に続く空の果てを共に見れたらどれだけ──
「セッツァー?どうした?」
「いや、何でもねぇ」
気付かぬうちに黙り込んでしまっていたらしい。エドガーが首を傾げていた。
「恐らくこれで暫くはトラブルが起こる事も無いだろな。助かったぜ」
「お役に立てたのなら何よりだ。私も君の大事な船の心臓部を眺めさせて貰えて楽しかったしね」
「俺はもう少し微調整していく。先に戻っててくれ」
「ああ。分かった」
エドガーは綺麗に纏められた髪をふわりと揺らし、踵を返す。そして二、三歩歩いたところで再びセッツァーの方を振り向いた。
その表情は、どこかはにかむような笑みだった。
「また何かあったら手伝わせてくれないか?もっとこの場所を隅々まで見たいんだ」
「……ああ」
「ありがとう。それじゃあ」
エドガーは再び歩き出し、機関室を後にした。
「…参ったな」
残されたセッツァーは、一人呟く。
その目の奥底に焼きついた、誰よりも機械を愛する男の笑みを思い浮かべながら。
(まさかオペラ座の女優を拐うよりも、興味深い事が出来るなんて思ってもみなかったな。ましてや相手は同じ男だってのによ)
果たして世界一のギャンブラーは砂漠の至宝を奪えるのか。この大博打のルーレットは今この瞬間回り始めた。
人の船に勝手に乗り込んできた挙げ句、褒美なら出すから協力しろなんて言ってくるような相手だ。どうせ金に物を言わせている嫌みったらしい連中と大差変わりないと。
それが大きく変化したのは、ほんの些細なきっかけだった。
「くっそ…マジかよ」
飛空艇ブラックジャック号の機関室で、セッツァーは一人ごちた。
よりによって船内のクルーが全員出払っているタイミングで動力異常が起きたのだ。
打倒帝国を目指す者達に協力している立場上、極力早く復旧させたかったのだが、そう簡単には行かなかった。
(異常が起きてる部分的に俺一人で直すのは少々難儀だな…)
はてどうしたものかと思案しながら機関室を出てふと船内を見れば、弟であるマッシュと話し込んでいるエドガーの姿があった。
「背に腹は変えられねぇ…か。おい、王様」
「ああ、セッツァーか。出来れば私の事はエドガーと呼んでくれると嬉しいのだがね。何だい?」
「ちょっと飛空艇にトラブルが出てな。手伝ってくれ」
正直首を縦に振って貰えるとは思って無かった。渋々でも手伝って貰えれば御の字だと
「良いのか!?」
「!?」
だがセッツァーの予想に反し、エドガーは目を輝かせて食い気味に叫ぶ。
「あ、すまない。つい興奮してしまって…飛空艇のようなものはフィガロには存在しないからね。もし君が許してくれるのであれば一度だけでも動力部をじっくり眺めさせて欲しかったんだ」
「お、おう…本当ならあまり気安く触らすもんじゃないが、一人で直すとかなり手間がかかるし、クルーが全員出払ってるしで手が足りねーんだ」
「そういう事なら任せておくれ。早くケリがつけばレディ達も喜んでくれるだろうしね。マッシュ。そういう訳でちょっと行ってくるよ」
「おう、分かったぜ」
「さあ、案内してくれセッツァー」
「ああ」
機関室に向かう途中、良かったな兄貴。とマッシュが嬉しげに呟くのが聞こえた。
「うわぁ…」
機関室に入るなり、エドガーは感嘆の声を上げる。その表情はまるでずっと欲しかった玩具を与えられた子供のようで、王様という仮面を貼り付け飄々とした態度を取っているいつもの姿とは大違いであった。
「なあセッツァー。あそこの部分はどうなってるんだ!?」
初めて見る飛空艇の内部構造に、エドガーはあれこれ聞いてくる。
セッツァーが一つ二つ説明しただけですぐさま構造を理解し、貪欲なまでに知識を吸収していく様は、まさしくこの男は機械国家の申し子なのだと言わざるを得なかった。
「…となると、原因は恐らくここか」
「俺も同意見だ。ここのジョイントが脆くなり始めてるんだろ。割れる前に発見出来て良かったぜ」
「予備のパーツはあるかい?」
「あるが、付け替えるまでそこを暫く持ち上げておけるか?」
「ああ。これくらいなら平気だよ」
戦闘中にいつも重たい機械を振り回しているせいかエドガーは難なく言われた箇所を支える。
「あんたも大概、腕力あるよな」
「マッシュほどじゃないが、それなりにはね」
その後も、他に異常や破損箇所は無いか確認し、その度に二人で修復していく。
エドガーは始終楽しそうで、セッツァーもそれがおかしくてつい笑うと、どうしたんだと返ってきた。
「いや、お前さんそんな風に笑うんだなって。なんか意外だ」
「目新しい技術に触れられるのは、この上無く楽しいからね。自分で造る機械のアイデアにも生かせそうだと思ってついワクワクしてしまって」
「あんた王様なんてやらせてるのは勿体ないよな。技術者専門でやってた方がよっぽど良いんじゃないか?」
セッツァーの言葉に目をぱちくりさせ、表情の消えたエドガーだったが、ややあって微笑みを浮かべる。
それは機械の話で楽しんでいる時の本心からの笑顔ではなく、いつもの王として取り繕った本音の読めない笑顔だ。
「私はフィガロの王だよ。民を見捨てて自らのためだけの理想を追うつもりは無いさ」
「大した自己犠牲の精神だな。そんな生き方してて楽しいのかよ」
「楽しいか否かで言えば答えは否だな。何年も帝国の顔色伺いなんてしてたせいで私もいい加減疲れていたからね」
エドガーはわざとらしく肩をすくめてみせる。
「お前がセリスに貸したあの両表のコイン、マッシュを自由にしてやるためにわざと負けるつもりの賭けで使ったやつなんだってな」
「…それはどちらから聞いたんだい?ああ、いや。どちらにもか」
「迷わなかったのか?国を捨てて自由になる事を」
「……迷わなかった訳じゃないさ」
一瞬。まばたき一つで見逃しそうなほんの刹那、エドガーの作り笑いが剥がれて切なそうな表情が見えた。
「だが、私の人生一つの犠牲で多くの民の命と愛する弟の自由が守れるのなら、その方がずっとましだよ」
この世に産まれ落ちた瞬間から王族という立場に縛られ、自国の民と双子の弟のために自身の夢を諦めて王位を継ぐ事を甘んじて受け入れ、この旅すら無ければこんな風に自由を謳歌する事すら叶わない身であるというのに、それでも決して泣き言など言わぬエドガーに、セッツァーはどこか歯がゆい気持ちになる。
(例え鳥籠の扉が開かれていても、お前はその中から飛び立ち逃げ出す気は無いのか)
他者に縛られる事を嫌い、空を翔るギャンブラーとなったセッツァーには、あえて自ら不自由を選ぶエドガーの事が理解出来なかった。
それと同時に、もしもこの男に国より自由を選ばせる事が出来たらどれだけ楽しいだろうかと、博徒としての血が疼く。
俗世のしがらみを投げ捨てさて、無限に続く空の果てを共に見れたらどれだけ──
「セッツァー?どうした?」
「いや、何でもねぇ」
気付かぬうちに黙り込んでしまっていたらしい。エドガーが首を傾げていた。
「恐らくこれで暫くはトラブルが起こる事も無いだろな。助かったぜ」
「お役に立てたのなら何よりだ。私も君の大事な船の心臓部を眺めさせて貰えて楽しかったしね」
「俺はもう少し微調整していく。先に戻っててくれ」
「ああ。分かった」
エドガーは綺麗に纏められた髪をふわりと揺らし、踵を返す。そして二、三歩歩いたところで再びセッツァーの方を振り向いた。
その表情は、どこかはにかむような笑みだった。
「また何かあったら手伝わせてくれないか?もっとこの場所を隅々まで見たいんだ」
「……ああ」
「ありがとう。それじゃあ」
エドガーは再び歩き出し、機関室を後にした。
「…参ったな」
残されたセッツァーは、一人呟く。
その目の奥底に焼きついた、誰よりも機械を愛する男の笑みを思い浮かべながら。
(まさかオペラ座の女優を拐うよりも、興味深い事が出来るなんて思ってもみなかったな。ましてや相手は同じ男だってのによ)
果たして世界一のギャンブラーは砂漠の至宝を奪えるのか。この大博打のルーレットは今この瞬間回り始めた。
1/1ページ
