とがにんたちのその後のお話

一度は消滅したはずだったオルステッドがどういう訳だかサモの元に現れ、その一番弟子の立場になって暫く経ったある日の夜。

「う…うう……」

オルステッドは悪夢にうなされ、苦しそうに呻いていた。

『魔王め!』
『よくも王様を殺しやがったな!!』

夢の中で、かつてのルクレチアの民達がオルステッドを罵り、わめきたてながら彼に石を投げる。
オルステッドは地面にうずくまり、その痛みにじっと耐えていた。

(違う…私じゃない……私は…私が斬ったのは…)

『ハッシュ様もテメェが殺ったんだろ!?』
『返せ!俺達の英雄を!』

(違う!!私はハッシュ様を殺してなんかいない!!)

『お前なんて死んじまえ!!』
『あんたがかわりに死ねば良かったんだ!!』

(やめろ……もう、やめてくれよ…)

──どうした?さっさと殺せば良いだろう?

頭の中で声が響く。
いつの間にかオルステッドの手には剣が握られていた。

──殺せばいい。死を持って奴等を黙らせてやればいい。お前にはその力も、やり返すだけの筋合いもあるだろう?

(うる、さい…私は……)

『殺せー!』
『魔王を殺せー!!』

──さあ、奴等を殺せ!

(嫌だ…私はもう、誰も…!)

──今更そんな綺麗事が許されるとでも思っているのか?お前の手は既に取り返しの付かない程に汚れているというのに!

(私は誓ったんだ…彼の拳に。彼と共に、ほんの少しずつでも自らの罪を精算していくと…)

『魔王を処刑せよー!!』
『その命を持って償わせろー!!』

──人間共に詫びる必要など何処にある!?奴等はお前に殺されて当然の事をしたんだ!さあ、殺せ!!

「ッ……私、は…!!」


その叫びを遮るかのごとく響いた、ぐぎゅるるるという情けない音に引っぱられるかのように、オルステッドの意識は急に現実に引き戻された。

「……夢?」

身を起こし、額に浮かぶ寝汗をぬぐい、窓辺から差し込む月明かりに薄く照らされた室内に目を凝らしてみれば、そこは心山拳の道場であった。

「……ああ、そうだった。私はここではもう…誰も憎まなくても良いんだ…」

オルステッドは噛みしめるようにそう呟きながら、ほっと胸を撫で下ろした。
本来であればもはや訪れる事すら叶わなかったはずの安息に満ちた日々はオルステッドの心を少しずつだが癒していき、いつしか心を蝕むかつての憎しみや孤独の辛さに苛まれる事も減ったが、それでも時々こうして昔の夢を見る事がある。

(忘れるなということなのだろうな…きっかけはどうあれ、私は許されない事をしてしまったのだから)

幸せを甘受するだけの人生はもはや無いのだと、オルステッドは自らに言い聞かせる。

(むしろ、あれだけの事をしてしまった私がこんな幸せを手にして良かったのだろうか…こんな…私はもう、優しくされる権利なんてどこにもありはしないのに)

ぐるぐると、後ろめたい思いが心の奥でとりとめもなく巡り、沈みそうになっていると、再び先程のぐぎゅるるるという音が部屋になり響いた。

「これは…腹の音?」

ふと隣の布団を見ると、そこで寝ていたはずのサモの姿が見当たらない。

「サモ?一体どこに…」

オルステッドがきょろきょろと辺りを見回していると背後から再度音が響き、慌てて振り向くと、枕元のすぐそばの床にサモが突っ伏していた。

「サモ!?一体どうし…」
「フシュ~……腹…減ったッチ…」
「えっ?」
「お師匠さぁん…オラ、まだまだ食い足りないッチよぉ…」

ぼそぼそとそんな事を呟きながら、サモはずりずりと這う。その進行方向の先には食料の詰まった戸棚があった。

「……ね、寝ぼけてる、のか…?」
「ふが…うまい飯…美味しいおやつ~…」

どこぞの原始人の少年のごとくふんふんと鼻を鳴らすと、サモは更に食料棚の方にずりずりと這っていく。

(と、とりあえずこのまま放置していたら風邪を引くかもしれない…早く布団へ戻さないと…)

オルステッドは立ち上がり、サモを何とか布団の方に戻そうとして奮闘する。
しかし流石にオルステッド一人だけでは巨体のサモを持ち上げる事はおろか引きずる事もままならない。

「一体どうすれば…」

暫く考えあぐねていたオルステッドだったが、ふと思い付いたように食品棚を漁る。

「確かこの辺に…あった!」

そう叫んで取り出したのは、甘栗の入った包みであった。
オルステッドは甘栗の皮を剥くと、それをサモの方へと近付ける。

「ほらサモ。甘栗だ」
「んん~…甘栗…食べるッチ…」

サモは寝ぼけながらも甘栗を求めるように手をさ迷わせ、やがてオルステッドの手の上の剥き甘栗を引ったくるように奪い取ると口に放り込んだ。

「むぐむぐ…う、美味いッチ~…」
「ほら、こっちにくればまだあるよ」
「もっと欲しいッチ~」

オルステッドの声を追うように這い、甘栗を食べながらサモは布団の方へと誘導される。
そうして、袋の中の甘栗が半分ほどなくなった辺りでサモはようやく敷き布団の上に舞い戻った。

「甘栗…うま…うま…むにゃ……」

満足げにそう呟くと、サモはその後再び這い回る事もなく寝息を立て始めた。

(か、体の向きが枕と逆方向になってしまったが…まあ、戻ってこさせられただけマシと思おう)

オルステッドは少し気まずく思いつつも、サモにそっと毛布をかけてやる。

「………ふ…ふふ…あははっ…!」

そうして、暫くサモの寝顔を眺めていたオルステッドだったが、不意に笑いが込み上げてきた。

「あーあ、腹の音で悪夢を終わらせるだなんて、全く君にはかなわないなあ…」

いつだって空気を読まずに響くその音は、オルステッドにとって安らぎを与えてくれる幸せの音だ。

「おやすみ。サモ。君もどうか良い夢を」
「むにゃ…おやすみ…ッチ…」

寝ぼけながらも返事をするサモに穏やかな笑顔を向けながら、オルステッドも再び布団にもぐり込んだ。


そして、その翌朝。

「オ…オラが楽しみにしてた甘栗が少なくなってるッチーーー!!?何でだッチ!?」
「す、すまない…君が昨日寝ぼけて布団から抜け出していたから、風邪を引かないように連れ戻そうと思って誘導用に使ってしまったんだ…」
「わーーーん!!折角なら起きてる時にたらふく味わいたかったッチーー!!!!」
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