とがにんたちのその後のお話
一度は消滅したはずだったオルステッドがどういう訳だかサモの元に現れ、その一番弟子という立場になって少し経ってからの事。
「オルさん、こっちにその荷物置いてくれるかい?」
「ああ、任せてくれ」
「オルさん!次こっち頼むね!」
「分かった」
この地の住人とも少しずつだが打ち解け始めたオルステッドは、いつものようにサモと下山し、ユンファの市場で共に人々の手伝いをしていた。
「オルステッド。お疲れ様ッチ」
「サモこそお疲れ様。他に何かする事はあるかい?」
「あっちの店で干し柿用の柿を向くのを手伝って欲しいらしいッチ」
「そうか。なら行こう」
二人は頷きあうと、市場の人達から貰った食べ物などが詰められた大きな籠を背負い、その場所へ向かう。
「いや~。それにしても良かったッチ」
「何がだい?」
「そりゃあ勿論、オルステッドがみんなと打ち解けられた事ッチよ」
「……正直、まだ怖い気持ちの方が大きいよ。彼らもまたルクレチアの民のようにいつかは手のひらを返すんじゃないかって」
「……」
「だが…少なくとも私は君の事は信用している。だから君が彼らの善性を信じると言うのなら、私も彼らを信じる努力をしてみようと思ったんだ」
「オラと同じだッチね」
「私はまだまださ」
「そんな事ないッチよ。オラだって最初は食い逃げなんてしてたオラの事を本当にみんなが受け入れてくれるか不安だったッチ」
「はは…お互い、底からの人生やり直しだものな」
犯した罪の重さは違えど、常に同じ立場で、目線で接してくれるサモの言葉がオルステッドにはとても有り難かった。
「おい、テメェ」
「ほぁ?」
「ん?」
会話を遮るように突如背後から聞こえた声に二人が振り返ってみれば、見かけない顔のゴロツキめいた男が三人立っていた。
「オメーが心山拳とかいう拳法の師範だな?」
「ええっと…確かにオラがそうだッチけど…あんた達、誰ッチか?」
「俺達は義破門団っつー強ぇ拳法の噂を聞き付けて弟子になりに来たんだよ」
義破門団という名を聞き、サモとオルステッドはぴくりと眉をひそめる。
「だが、いざ門を叩きに行ってみりゃあ既に誰も居やしねえ」
「聞けばオメーとその師匠が壊滅させちまったせいだそうじゃねえか」
「ここまで来るための旅費と労力、どうしてくれんだ?ああ!?」
「うっ…す、すまない、ッチ…?」
「サモ、そこは別に謝る必要は無いんじゃないかい?」
「あ、なんか、つい…」
サモは困ったように頭をかく。
「あの、でも…義破門団は人としてやっちゃいけない事をしたッチ。そんなところに入るのは駄目ッチよ。他にもっと……」
「うるせえッ!!」
「おわあっ!?」
諭そうとするサモにゴロツキの一人が殴りかかり、サモは慌てて避ける。その衝動で背負っていた籠から果物が幾つか転がり落ちた。
「何するッチか!?」
「無駄足になっちまった分殴らせろ!でねーと俺は怒りが収まらねーんだよ!!」
「お断りするッチ!!」
「テメェに断る権利なんざあると思ってんのかよ!それとも旅費全額弁償してくれんのか!?」
「せめて後にして欲しいんだッチ!オラまだ忙しいんだッチよ!」
サモはゴロツキの攻撃をひょいひょい避けながらもきょろきょろ辺りを見回して地面を落ちた果物を回収し、籠に入れ直す。
「どさくさ紛れに拾ってんじゃねえよテメェ!」
「嫌ッチ!!折角貰ったのに勿体ないッチ!!」
(やはりこういう時でもブレないんだな…そういう所は…)
オルステッドは離れた場所に転がっていった果物を回収してやりながら、柄の悪い連中に絡まれてもなお崩れる事の無いサモの食い意地に苦笑いする。
「サモ、落ちた果物は私が拾ったこれで恐らく最後だし、こんな奴らは放っといて早く行かないかい?」
「あ、そうッチか?えーと…それじゃあんたら、後でちゃんと相手するからそこで暫く待っててくれッチ!」
「おい!?ふっざけんな!!」
殴りかかってきたゴロツキを振り切ると、サモはオルステッドの元に駆け寄り、そのまま行こうとする。
「流石は元食い逃げ犯だな。逃げる事に関してだけはご立派な訳だ」
「!」
しかし、別のゴロツキが呟いたその一言で、サモの動きが不意に止まった。
「全く。心山拳の前師範とやらも良い根性してるよなあ。食い逃げに野盗にスリ…よりによって犯罪者共をわざわざ弟子にするなんざ、あんまりにも下らない拳法過ぎてそんな奴らぐれぇしか付き合ってくれなかったんだろうな」
「へっ…だよなあ!こいつ以外死んだのもおおかたバチが当たったんだろ!」
「ッ……」
ぐぐ、と、項垂れるサモの拳に力がこもる。
「お前達、もうよせ。サモはちゃんと後で相手になると言っているんだ。故人を貶してまで挑発する必要なんてどこにもないだろう?」
そんなサモの姿に、かつての恩人であるウラヌスが自身と共に冤罪をかけられた時の事を思い出したオルステッドは、ついゴロツキとサモの間に割って入る。
「あ?何だよ。お前には関係ねえだろ」
「私は彼の門下の者だ。師範やその大切な人達が侮辱されたら怒って当然だろう」
「こいつの弟子?へぇ…じゃあオメーも元は犯罪者が何かって訳か?」
「………」
違うと言ってやれたらどんなに良かっただろう。
しかし、それを言うにはオルステッドの手は既にあまりにも汚れきってしまっていた。
「ぎゃはははは!こいつは傑作だぜ!!犯罪者共の拳法か!!」
「ここいらの住人も甘いよなぁ!いつまた手を汚すか分からない連中を信用するなんざ!」
「義破門団を潰したのだってどうせ他の拳法が目障りだったからじゃねーの!?」
「く……」
下卑た憶測と笑いを浮かべるゴロツキ達に、オルステッドの心をとある感情。長い長い年月、彼の心を支配してきた『憎しみ』が、じわじわと侵食し始める。
(駄目だ…もう、決めたじゃないか…もう……この感情に振り回されないようにすると…)
一度堕ちてしまったところに再び舞い戻るのは、苦しみもがきながら這い上がり、真っ当な道に戻ろうとするよりはるかに、むしろとても楽な行為だ。
(それでは駄目なんだ…それでは……嗚呼…でも…)
──こんなどうしようも無い奴らに手を下すくらい、別に構わないんじゃないだろうか?
オルステッドが一瞬憎しみに飲まれかけ、心山拳の門下となった後もいざという時の為に腰に携えていた剣に触れかけたその時、彼の肩を大きな掌がぽんと叩いた。
「!……サモ…」
「……」
サモはオルステッドに向かって、ふるふると顔を横に振る。
「すまない…私は…今、なんて事を…」
「大丈夫ッチ。オルステッドはちゃんと止まれたッチ」
「だが…」
「……オラ達のために怒ってくれてありがとうッチ。あとはオラに任せておくッチよ」
サモはオルステッドを安心させるように微笑んでみせると、ゴロツキ達の方に顔を向けた。
「ああ?何だってんだよ?」
「みんなに謝るッチ」
「はぁ?」
「オラの事をどうこう言うのは別に構わないッチ。でも、お師匠さんが遺してくれた心山拳の悪口と、お師匠さんやレイやユンや、弟子になってくれたオルステッドや、こんなオラ達を信用してくれたみんなの悪口は許せないッチ。みんなにちゃんと謝るッチ」
「へへ…謝らねえならどうするってんだよ」
「……オラはバカだから言葉で上手く言い返せないッチ。だから…これで語るッチ」
サモは腰を低く落とし、身構える。
「ははっ!結局テメェも暴力で語るんだな。拳法なんてみんなそんなもんさ」
「良いからさっさとかかって来るッチ」
「言われなくても…オラァ!!」
しかし、ゴロツキ達の攻撃がサモに届く事はほとんど無かった。
ゴロツキが拳や蹴りを放つ度サモはそれを軽くいなし、周囲の人達に被害が及びそうな時だけその身で攻撃を受け止める。
無駄の無いサモの動作に、そしてサモが一切反撃をしない事に、ゴロツキは次第に焦りを見せる。
「おい!何でやり返してこねーんだよ!?ちったあ張り合い見せろよ!!」
「断るッチ。これがオラの戦い方ッチ」
「この野郎!!」
「甘いッチよ!」
「どわっ!?ととっ…!」
放った回し蹴りをサモに受け流され、ゴロツキの一人はバランスを保とうとしてくるくると身を踊らせた。
「わー!サモさんすっごーい!」
「やっちゃえやっちゃえー!!」
「っの…クソガキ共がァ!!」
物陰から攻防を眺めていた子供達の反応に苛ついたゴロツキの一人は、懐から隠し持っていた短刀を取り出すとそれを子供達に向けようとする。
サモはそれに気付くとすぐさま子供達の前に立ち塞がった。
「でやあああーーーっ!!!!」
そして、ゴロツキの顔目掛けて寸止めの突きを放つ。
「ぐおおっ!!?」
「あだっ!?」
「でっ!!?」
サモの巨体から放たれた拳の風圧にゴロツキは吹っ飛び、そのまま他の二人を巻き込みながら地面に倒れ込んだ。
「い…つつ…」
「おい!重ぇよこの馬鹿!」
「わ、悪い…」
「全く…あんたら良かったッチね。その程度で済んで。もしもオラが手加減せずに当ててたら吹っ飛ぶだけじゃ済まされなかったッチよ?」
「ひいっ!?……す…すみませ…」
「謝る相手はオラじゃないッチ」
「すみませんでした皆さん!!」
「俺達が悪かったっす!!」
「もうしませんから許して下せぇ!!」
本気を出したサモの実力にゴロツキ達はすっかり意気消沈し、地面に頭を押し付ける程に深々とした土下座をした。
「……義破門団は…こんな手加減なんてするような連中じゃなかったッチ。よってたかって弱いものいじめして、相手が死ぬまでいたぶって……あんたらは、あんたらはそんな拳法を本当にやりたかったッチか?」
「それは…その…」
「誰だって、痛いのは嫌ッチよ…ただ強くなるためだけに人を傷付ける力を求めるなんて、そんなの駄目だッチ。悲しいッチ」
「…………」
「あんたら三人、きっと仲良しなんだッチよね?だったら…だったら……いつか傷付け合わなきゃならなくなるような力なんて、そんなの欲しがっちゃ駄目ッチよ…」
「……くそ…分かった。分かったよ。俺らが考え無しだったぜ」
絞り出すような声とは裏腹の優しい笑顔を浮かべるサモに、ゴロツキ達はいたたまれない気持ちになる。
「…お前ら、行くぞ」
「行くってどこにだよ」
「帰るに決まってんだろ」
「……そう、だな…」
「おい、テメー…いや、アンタ。絡んで悪かったな」
ゴロツキ達は立ち上がると、そのまま市場を去って行った。
「……フシュ~~~~…」
やがて彼らの姿が見えなくなると、サモは気が抜けたようにその場にへなへなと崩れ落ちた。
「サモ!?大丈夫か?」
「あ、安心したら腹減って力が抜けたッチ…」
そう呟くと同時に、サモの腹が地響きのような音を立てる。
「…さっき落ちてしまった果物、洗ってこようかい?それを食べれば少しは腹の虫も収まるだろう?」
「へ?良いんだッチか?でも早く干し柿作りの手伝い…」
「だって今の君、そのまま何も食べずに行ったら渋柿と分かっていてもかぶりつきそうじゃないか」
「うう…言われてみれば確かにオラそういう事やっちゃいそうだッチ…そうならないためにも頼むッチ」
「ははっ…!任せてくれ」
照れながらも素直に自身の食への貪欲さを認めるサモに、オルステッドは思わず笑ってしまった。
そうして、市場の人達にも手伝って貰いながら果物に付いた泥を水で洗い落としたオルステッドは、空腹で倒れる寸前のサモにそれを渡した。
「ところで、どうして最後の寸止め以外は全く反撃しなかったんだ?」
果実にかぶりつき、もごもごと口を忙しなく動かすサモに、オルステッドはふと疑問を投げ掛ける。
「フシュ…何となく、さっきの奴らに怪我させてたら、多分まずい事になった気がするんだッチ」
「それはどういう意味だい?」
「あいつら、門下生を増やすのを邪魔してやりたいって気持ちもあった感じだったから…多分少しでも怪我させてたら、オラが勝手に襲い掛かったって事にして、心山拳の悪口を広めそうな気がして…オラの気にしすぎかもしれないッチけど」
「ああ…確かにあり得たかもしれないな…適当なところで引き下がられて、あること無いこと勝手に吹聴された可能性は…」
結果的に転ばせた時の軽い擦り傷以外に傷を負わせる事もなく、改心の方向にも持って行けたが、最初の人を侮辱するような態度を思えばその結果もあり得たはずだ。
(人間は…自らが他者を傷付けたという自覚に対してはとても鈍感なのに、傷付けられた事に対しては過剰に反応してしまうものだからな…)
「それに…」
「それに?」
「お師匠さんから教えて貰った技で人を傷付けるのは、やっぱりオラはあんまりしたくないッチ。オラのこの拳はオラ自身を守るためじゃなくて、オラの大切な人達を守るためのものでありたいッチ」
「…そうかい」
例えその結果自らがどんなに傷付けられる事になろうとも、ただ他者の為に自らの力を使いたい。
それはかつて、魔王の身に堕ちる前のオルステッドの中にも確かにあった信条であった。
「君と居ると、長い間忘れてしまっていた大切な気持ちを思い出す事が多くて助かるよ」
「へへ…よく分からないけど、オラがお役に立ててるのなら嬉しいッチ…」
柔らかな笑みを浮かべたオルステッドに、サモは照れたようにはにかんだ。
「さてと!お腹もたっぷり膨れて元気が沸いてきたッチ。お手伝い再開と行こうッチ!」
「ああ。それじゃ行こうか」
そうしてまた、二人はこの場所でのいつもの日常へと戻って行った。
余談だが、ここから少し離れた地で乱暴者として有名だった三人組の不良が旅から帰ってくるなりすっかり大人しくなり、その力自慢を故郷のために使うようになったらしい。
そしていつしか彼らは故郷の人達に頼りにされ、好かれる存在となっていったという。
「オルさん、こっちにその荷物置いてくれるかい?」
「ああ、任せてくれ」
「オルさん!次こっち頼むね!」
「分かった」
この地の住人とも少しずつだが打ち解け始めたオルステッドは、いつものようにサモと下山し、ユンファの市場で共に人々の手伝いをしていた。
「オルステッド。お疲れ様ッチ」
「サモこそお疲れ様。他に何かする事はあるかい?」
「あっちの店で干し柿用の柿を向くのを手伝って欲しいらしいッチ」
「そうか。なら行こう」
二人は頷きあうと、市場の人達から貰った食べ物などが詰められた大きな籠を背負い、その場所へ向かう。
「いや~。それにしても良かったッチ」
「何がだい?」
「そりゃあ勿論、オルステッドがみんなと打ち解けられた事ッチよ」
「……正直、まだ怖い気持ちの方が大きいよ。彼らもまたルクレチアの民のようにいつかは手のひらを返すんじゃないかって」
「……」
「だが…少なくとも私は君の事は信用している。だから君が彼らの善性を信じると言うのなら、私も彼らを信じる努力をしてみようと思ったんだ」
「オラと同じだッチね」
「私はまだまださ」
「そんな事ないッチよ。オラだって最初は食い逃げなんてしてたオラの事を本当にみんなが受け入れてくれるか不安だったッチ」
「はは…お互い、底からの人生やり直しだものな」
犯した罪の重さは違えど、常に同じ立場で、目線で接してくれるサモの言葉がオルステッドにはとても有り難かった。
「おい、テメェ」
「ほぁ?」
「ん?」
会話を遮るように突如背後から聞こえた声に二人が振り返ってみれば、見かけない顔のゴロツキめいた男が三人立っていた。
「オメーが心山拳とかいう拳法の師範だな?」
「ええっと…確かにオラがそうだッチけど…あんた達、誰ッチか?」
「俺達は義破門団っつー強ぇ拳法の噂を聞き付けて弟子になりに来たんだよ」
義破門団という名を聞き、サモとオルステッドはぴくりと眉をひそめる。
「だが、いざ門を叩きに行ってみりゃあ既に誰も居やしねえ」
「聞けばオメーとその師匠が壊滅させちまったせいだそうじゃねえか」
「ここまで来るための旅費と労力、どうしてくれんだ?ああ!?」
「うっ…す、すまない、ッチ…?」
「サモ、そこは別に謝る必要は無いんじゃないかい?」
「あ、なんか、つい…」
サモは困ったように頭をかく。
「あの、でも…義破門団は人としてやっちゃいけない事をしたッチ。そんなところに入るのは駄目ッチよ。他にもっと……」
「うるせえッ!!」
「おわあっ!?」
諭そうとするサモにゴロツキの一人が殴りかかり、サモは慌てて避ける。その衝動で背負っていた籠から果物が幾つか転がり落ちた。
「何するッチか!?」
「無駄足になっちまった分殴らせろ!でねーと俺は怒りが収まらねーんだよ!!」
「お断りするッチ!!」
「テメェに断る権利なんざあると思ってんのかよ!それとも旅費全額弁償してくれんのか!?」
「せめて後にして欲しいんだッチ!オラまだ忙しいんだッチよ!」
サモはゴロツキの攻撃をひょいひょい避けながらもきょろきょろ辺りを見回して地面を落ちた果物を回収し、籠に入れ直す。
「どさくさ紛れに拾ってんじゃねえよテメェ!」
「嫌ッチ!!折角貰ったのに勿体ないッチ!!」
(やはりこういう時でもブレないんだな…そういう所は…)
オルステッドは離れた場所に転がっていった果物を回収してやりながら、柄の悪い連中に絡まれてもなお崩れる事の無いサモの食い意地に苦笑いする。
「サモ、落ちた果物は私が拾ったこれで恐らく最後だし、こんな奴らは放っといて早く行かないかい?」
「あ、そうッチか?えーと…それじゃあんたら、後でちゃんと相手するからそこで暫く待っててくれッチ!」
「おい!?ふっざけんな!!」
殴りかかってきたゴロツキを振り切ると、サモはオルステッドの元に駆け寄り、そのまま行こうとする。
「流石は元食い逃げ犯だな。逃げる事に関してだけはご立派な訳だ」
「!」
しかし、別のゴロツキが呟いたその一言で、サモの動きが不意に止まった。
「全く。心山拳の前師範とやらも良い根性してるよなあ。食い逃げに野盗にスリ…よりによって犯罪者共をわざわざ弟子にするなんざ、あんまりにも下らない拳法過ぎてそんな奴らぐれぇしか付き合ってくれなかったんだろうな」
「へっ…だよなあ!こいつ以外死んだのもおおかたバチが当たったんだろ!」
「ッ……」
ぐぐ、と、項垂れるサモの拳に力がこもる。
「お前達、もうよせ。サモはちゃんと後で相手になると言っているんだ。故人を貶してまで挑発する必要なんてどこにもないだろう?」
そんなサモの姿に、かつての恩人であるウラヌスが自身と共に冤罪をかけられた時の事を思い出したオルステッドは、ついゴロツキとサモの間に割って入る。
「あ?何だよ。お前には関係ねえだろ」
「私は彼の門下の者だ。師範やその大切な人達が侮辱されたら怒って当然だろう」
「こいつの弟子?へぇ…じゃあオメーも元は犯罪者が何かって訳か?」
「………」
違うと言ってやれたらどんなに良かっただろう。
しかし、それを言うにはオルステッドの手は既にあまりにも汚れきってしまっていた。
「ぎゃはははは!こいつは傑作だぜ!!犯罪者共の拳法か!!」
「ここいらの住人も甘いよなぁ!いつまた手を汚すか分からない連中を信用するなんざ!」
「義破門団を潰したのだってどうせ他の拳法が目障りだったからじゃねーの!?」
「く……」
下卑た憶測と笑いを浮かべるゴロツキ達に、オルステッドの心をとある感情。長い長い年月、彼の心を支配してきた『憎しみ』が、じわじわと侵食し始める。
(駄目だ…もう、決めたじゃないか…もう……この感情に振り回されないようにすると…)
一度堕ちてしまったところに再び舞い戻るのは、苦しみもがきながら這い上がり、真っ当な道に戻ろうとするよりはるかに、むしろとても楽な行為だ。
(それでは駄目なんだ…それでは……嗚呼…でも…)
──こんなどうしようも無い奴らに手を下すくらい、別に構わないんじゃないだろうか?
オルステッドが一瞬憎しみに飲まれかけ、心山拳の門下となった後もいざという時の為に腰に携えていた剣に触れかけたその時、彼の肩を大きな掌がぽんと叩いた。
「!……サモ…」
「……」
サモはオルステッドに向かって、ふるふると顔を横に振る。
「すまない…私は…今、なんて事を…」
「大丈夫ッチ。オルステッドはちゃんと止まれたッチ」
「だが…」
「……オラ達のために怒ってくれてありがとうッチ。あとはオラに任せておくッチよ」
サモはオルステッドを安心させるように微笑んでみせると、ゴロツキ達の方に顔を向けた。
「ああ?何だってんだよ?」
「みんなに謝るッチ」
「はぁ?」
「オラの事をどうこう言うのは別に構わないッチ。でも、お師匠さんが遺してくれた心山拳の悪口と、お師匠さんやレイやユンや、弟子になってくれたオルステッドや、こんなオラ達を信用してくれたみんなの悪口は許せないッチ。みんなにちゃんと謝るッチ」
「へへ…謝らねえならどうするってんだよ」
「……オラはバカだから言葉で上手く言い返せないッチ。だから…これで語るッチ」
サモは腰を低く落とし、身構える。
「ははっ!結局テメェも暴力で語るんだな。拳法なんてみんなそんなもんさ」
「良いからさっさとかかって来るッチ」
「言われなくても…オラァ!!」
しかし、ゴロツキ達の攻撃がサモに届く事はほとんど無かった。
ゴロツキが拳や蹴りを放つ度サモはそれを軽くいなし、周囲の人達に被害が及びそうな時だけその身で攻撃を受け止める。
無駄の無いサモの動作に、そしてサモが一切反撃をしない事に、ゴロツキは次第に焦りを見せる。
「おい!何でやり返してこねーんだよ!?ちったあ張り合い見せろよ!!」
「断るッチ。これがオラの戦い方ッチ」
「この野郎!!」
「甘いッチよ!」
「どわっ!?ととっ…!」
放った回し蹴りをサモに受け流され、ゴロツキの一人はバランスを保とうとしてくるくると身を踊らせた。
「わー!サモさんすっごーい!」
「やっちゃえやっちゃえー!!」
「っの…クソガキ共がァ!!」
物陰から攻防を眺めていた子供達の反応に苛ついたゴロツキの一人は、懐から隠し持っていた短刀を取り出すとそれを子供達に向けようとする。
サモはそれに気付くとすぐさま子供達の前に立ち塞がった。
「でやあああーーーっ!!!!」
そして、ゴロツキの顔目掛けて寸止めの突きを放つ。
「ぐおおっ!!?」
「あだっ!?」
「でっ!!?」
サモの巨体から放たれた拳の風圧にゴロツキは吹っ飛び、そのまま他の二人を巻き込みながら地面に倒れ込んだ。
「い…つつ…」
「おい!重ぇよこの馬鹿!」
「わ、悪い…」
「全く…あんたら良かったッチね。その程度で済んで。もしもオラが手加減せずに当ててたら吹っ飛ぶだけじゃ済まされなかったッチよ?」
「ひいっ!?……す…すみませ…」
「謝る相手はオラじゃないッチ」
「すみませんでした皆さん!!」
「俺達が悪かったっす!!」
「もうしませんから許して下せぇ!!」
本気を出したサモの実力にゴロツキ達はすっかり意気消沈し、地面に頭を押し付ける程に深々とした土下座をした。
「……義破門団は…こんな手加減なんてするような連中じゃなかったッチ。よってたかって弱いものいじめして、相手が死ぬまでいたぶって……あんたらは、あんたらはそんな拳法を本当にやりたかったッチか?」
「それは…その…」
「誰だって、痛いのは嫌ッチよ…ただ強くなるためだけに人を傷付ける力を求めるなんて、そんなの駄目だッチ。悲しいッチ」
「…………」
「あんたら三人、きっと仲良しなんだッチよね?だったら…だったら……いつか傷付け合わなきゃならなくなるような力なんて、そんなの欲しがっちゃ駄目ッチよ…」
「……くそ…分かった。分かったよ。俺らが考え無しだったぜ」
絞り出すような声とは裏腹の優しい笑顔を浮かべるサモに、ゴロツキ達はいたたまれない気持ちになる。
「…お前ら、行くぞ」
「行くってどこにだよ」
「帰るに決まってんだろ」
「……そう、だな…」
「おい、テメー…いや、アンタ。絡んで悪かったな」
ゴロツキ達は立ち上がると、そのまま市場を去って行った。
「……フシュ~~~~…」
やがて彼らの姿が見えなくなると、サモは気が抜けたようにその場にへなへなと崩れ落ちた。
「サモ!?大丈夫か?」
「あ、安心したら腹減って力が抜けたッチ…」
そう呟くと同時に、サモの腹が地響きのような音を立てる。
「…さっき落ちてしまった果物、洗ってこようかい?それを食べれば少しは腹の虫も収まるだろう?」
「へ?良いんだッチか?でも早く干し柿作りの手伝い…」
「だって今の君、そのまま何も食べずに行ったら渋柿と分かっていてもかぶりつきそうじゃないか」
「うう…言われてみれば確かにオラそういう事やっちゃいそうだッチ…そうならないためにも頼むッチ」
「ははっ…!任せてくれ」
照れながらも素直に自身の食への貪欲さを認めるサモに、オルステッドは思わず笑ってしまった。
そうして、市場の人達にも手伝って貰いながら果物に付いた泥を水で洗い落としたオルステッドは、空腹で倒れる寸前のサモにそれを渡した。
「ところで、どうして最後の寸止め以外は全く反撃しなかったんだ?」
果実にかぶりつき、もごもごと口を忙しなく動かすサモに、オルステッドはふと疑問を投げ掛ける。
「フシュ…何となく、さっきの奴らに怪我させてたら、多分まずい事になった気がするんだッチ」
「それはどういう意味だい?」
「あいつら、門下生を増やすのを邪魔してやりたいって気持ちもあった感じだったから…多分少しでも怪我させてたら、オラが勝手に襲い掛かったって事にして、心山拳の悪口を広めそうな気がして…オラの気にしすぎかもしれないッチけど」
「ああ…確かにあり得たかもしれないな…適当なところで引き下がられて、あること無いこと勝手に吹聴された可能性は…」
結果的に転ばせた時の軽い擦り傷以外に傷を負わせる事もなく、改心の方向にも持って行けたが、最初の人を侮辱するような態度を思えばその結果もあり得たはずだ。
(人間は…自らが他者を傷付けたという自覚に対してはとても鈍感なのに、傷付けられた事に対しては過剰に反応してしまうものだからな…)
「それに…」
「それに?」
「お師匠さんから教えて貰った技で人を傷付けるのは、やっぱりオラはあんまりしたくないッチ。オラのこの拳はオラ自身を守るためじゃなくて、オラの大切な人達を守るためのものでありたいッチ」
「…そうかい」
例えその結果自らがどんなに傷付けられる事になろうとも、ただ他者の為に自らの力を使いたい。
それはかつて、魔王の身に堕ちる前のオルステッドの中にも確かにあった信条であった。
「君と居ると、長い間忘れてしまっていた大切な気持ちを思い出す事が多くて助かるよ」
「へへ…よく分からないけど、オラがお役に立ててるのなら嬉しいッチ…」
柔らかな笑みを浮かべたオルステッドに、サモは照れたようにはにかんだ。
「さてと!お腹もたっぷり膨れて元気が沸いてきたッチ。お手伝い再開と行こうッチ!」
「ああ。それじゃ行こうか」
そうしてまた、二人はこの場所でのいつもの日常へと戻って行った。
余談だが、ここから少し離れた地で乱暴者として有名だった三人組の不良が旅から帰ってくるなりすっかり大人しくなり、その力自慢を故郷のために使うようになったらしい。
そしていつしか彼らは故郷の人達に頼りにされ、好かれる存在となっていったという。