とがにんたちのその後のお話
「ところで、あんたはこれからどうするんだッチ?」
ももまんを再び平らげた後、サモはオルステッドに問う。
「…どうしたら良いんだろうな。この世界に迷いこんでしまった原因も分からないし、私には行くところも無いから」
「なら、どうするか決まるまで道場に居ると良いッチ。今はオラ一人で暮らしてるから好きに寝泊まりして良いッチよ」
「いや、でも…それは流石に君に迷惑をかけ…」
「気にすることないッチ!」
「あだっ!!?」
背中をばしーんと叩かれ、鎧すらも突き通すその掌打の威力に悶絶する。
(わ、悪気は無いのだろうが、もう少し力加減して欲しい…)
「困ってる時はお互い様ッチ。それに、寝泊まりする代わりにちょっと手伝いとかして欲しいんだッチ」
「て…手伝い?」
「そうそう。道場の近くの畑の世話とか、町へ行くのに付き合って貰うとか。あんたもあんなとこに居たんだし、この山と麓の町を往復するくらいはへっちゃらだと思うッチ」
「それくらいなら、まあ…」
「助かるッチ~!オラ、すぐに腹が減るから一人だと運ぶ途中でどんどんメシが減っちまうんだッチよ…他にメシを運んでくれる人がいるのはありがたいッチ!」
「ハ、ハハハ…」
オルステッドの手を取り、笑顔でぶんぶんと振り回すサモの姿に、オルステッドはただ苦笑いするしかなかった。
その後、二人は下山し、ユンファの市場を訪れた。
「おやサモ。久しぶりあるね」
「久しぶりッチ。何か手伝える事はないッチか?」
挨拶を返しながら、サモは住民に問う。
「丁度いいとこ来てくれたよ。火にくべる用の薪割りして欲しいね。裏手の倉庫に丸太置いてるからいくらか割って持ってきとくれ」
「おやすいご用ッチ。あ、オルステッドもちょっと手伝ってくれないッチか?」
「ああ、分かった」
サモの後に続こうとしたオルステッドだったが、突然後ろから服をくいくいとつままれ、振り返れば数人の女性がにこにこしながら彼を取り囲んでいた。
「あの…?何か…」
「お兄さん、綺麗な顔してるわね。異国のお方かしら?」
「え、あ、ああ…」
「良かったらお近づきにならない?」
「色々とお話聞かせて欲しいわ」
「いや、その…」
「あれっ?どうしたッチ?」
サモが振り返ったのを見てオルステッドは咄嗟に目で訴えると、状況を把握したのかサモは直ぐ様その場に駆け寄ってきた。
「あー…。この人はその、人見知りが激しいらしくて、知らない人に話しかけられるとどうして良いか分かんなくなっちまうみたいなんだッチ…みんなもほどほどにしてあげて欲しいッチ」
「え~?そうなの~」
「仕方ないわね~」
「それじゃあねお兄さん。遊びたくなったらいつでも言ってね。貴方なら大歓迎しちゃうわ」
オルステッドにまとわりついてきた女性達はひらひらと手を振り、離れてゆく。
「はぁ……た、助かったよ…すまない」
「顔が良いのも大変なんだッチねぇ…オラには無縁の事だからなんて言えばいいか分からないけど、とりあえずお疲れ様ッチ」
「…それは自虐と皮肉どっちだい?」
「へ?」
「ああいや…やっぱり何でもない。とりあえず行こう。先程の人を待たせたら悪い」
「そうだッチね。善は急げだッチ。早くしないとお昼になってまた腹が減るッチ」
オルステッドの言いかけた問いをさして気にするでもなく、サモはまた歩き出す。また誰かに話し掛けられて置いて行かれそうになったらたまらないと、オルステッドはなるべく彼の横に並んで歩くようにした。
「あそこで持ち運べそうな分だけ割って持ってくッチ。オラは拳で叩き割ってるけど…オルステッドは道具とかいるッチよね?」
「私には剣があるから平気だよ」
「それで割れるッチ?斧とかじゃなくて大丈夫ッチか?」
「慣れればね。見ていてくれ」
オルステッドは腰から剣を引き抜き、短く切られた丸太を放り投げるとそれを空中でものの見事に四つに割ってみせた。
「すごいッチ!早ワザだッチ~!」
「私も鍛練の一環でやってた事だからね」
「よーし、オラも頑張るッチ!…フンッ!!」
サモは台の上に丸太を置くと、その上から真っ直ぐ拳を振り下ろし、粉砕する。
「君も大概すごいと思うんだが…普通、丸太は素手で叩き割るようなものじゃないだろう?」
「いや~それほどでもないッチよ…お師匠さんはもっと綺麗に割れたッチ。オラはほら、まだ力ずくだからどうしてもちょっと押し潰すような変な砕け方してしまうッチ」
「君は人よりも手が大きいから力が分散してしまいやすいんだろうね。もっと一ヶ所に力を込められれば上手くいくと…」
オルステッドがそう言いながらサモの方を見れば、サモは目を見開きあんぐりと口を開けている。
「あ、いやすまない。余計な口出しを…」
「それッチ!!」
「!?」
「お師匠さんも言ってたッチ。『力を一点にこめる事でより鋭い一撃が繰り出せるのじゃ』って…思い出させてくれてありがとうッチ!」
サモは丸太をもう一つ台に置くと、中指の関節だけを少し突き出すような形で拳を握る。
「あの時のお師匠さんの拳の握り方…確かこうだったッチ。よし……ハァァッ!!」
突き出させた中指で丸太の中心を射抜くように叩けば、丸太は先程よりもより綺麗な形に砕け割れた。
「出来たッチ…出来たッチよ~!お師匠さんみたいに出来たッチ!!オルステッド、本当にありがとうッチ!」
「……私の一言が君の力になれたのなら何よりだ」
感極まって小躍りしながら礼を言うサモを見て、オルステッドもつられて笑みが溢れた。
(まさか、こんな今更になって誰かに感謝されるような日が来るなんて、思ってもみなかったな…)
ただただ純粋に、裏表の無いを喜びを表すサモの姿に、もはや感じる事すらも出来なくなっていたはずの心の渇きが癒され、オルステッドは胸がいっぱいになっていくのを感じた。
その後も二人は薪を割り、少々作りすぎたそれを抱え、住人に渡した。
これだけあれば当分割らずに済むと喜んだ住人は、お礼として幾らかの食料を二人に渡す。
「たらふくメシ貰えて良かったッチ~。さ、他にも何か困ってる人がいないか探しに行くッチ」
「ああ」
「お兄さん!サモさん!待って!」
「ん?」
声に振り返れば、小さな少女が息を切らせて二人の元へ駆けよって来ていた。
「あの、お家のお手伝いしてくれてありがとう!私からもこれ…少ないけど、私がお父さんと採って作った干しナツメ。良かったら二人で食べて!」
少女はそう言ってオルステッドに小袋を手渡す。
「あ、ありがとう…」
「えへへ…それじゃあね!」
照れたように笑い、また家の中へと駆けて行った少女の背を眺めるオルステッドの心の中に、不意に昔の記憶が甦った。
(昔、勇者として送り出されたあの時、ヨシュアの実を持たせてくれた少年がいたっけな。木こりの父親から貰った宝物だと言うのに、わざわざ私にくれて…)
そこまで思い出し、そして突如として頭の中のその少年の姿が真っ赤に染まる。
(あの子は最期…一体どうなったのだっけ?……私は、彼の事を、どうしたの、だっけ…?)
「…オルステッド?どうしたッチ?ナツメが好きじゃないならオラがそれ食べても良いッチか?」
「え?あ、いや…別にそういう訳じゃないんだ」
サモの声で、オルステッドの意識は現実に引き戻された。
「顔色が悪いッチよ?具合悪いッチか?」
「大丈夫だよ…ただ少し、昔を思い出しただけさ」
「……ごめんッチ」
「ああ、いや…君が悪い訳じゃないから気にしないでくれ……むしろありがとう。君が声を掛けてくれなかったら、私は……うわっ!?」
サモは唐突にオルステッドの頭に手を乗せ、わしゃわしゃとかき回すように撫でた。
「な、何を…?」
「辛かったら、オラで良ければいつでも話を聞くッチよ」
「あ……」
「気にするコトないッチ。オラだってイヤな事思い出しそうな時は、よくお師匠さんにこっそり打ち明けたりしてたッチ」
「……ああ」
その優しい言葉に、オルステッドは少し泣きそうになる。
とても温かい、大きな手のひらだと思った。
その後もユンファの市場で他にも色々な人の手伝いをしてはその礼として食料や日用品を分けて貰い、次に向かったウォンの町でも人々の手助けをし、気付けば二人は大量の荷物を抱える事となった。
「…君は、ずいぶん周囲から慕われてるんだな」
山への帰りの道中、少女から貰ったナツメを口に含みながらオルステッドはサモに言った。
サモは食べていた肉まんをむぐむぐと飲み込むと、首を横に振る。
「いんや。あれはお師匠さんが町の人達に昔から優しくしてたおかげッチ。オラもそのおかげで、ああやって皆にも優しくして貰えるだけッチよ」
「そうかい?…そうは見えなかったが」
少なくともオルステッドには、ユンファの市場の人々もウォンの町の人々も大半の人がサモの事を純粋に慕っているように見えたし、だからといって彼に頼り過ぎる事もしない、対等な立場で彼に接しているように見えて、それがとても羨ましく思えた。
だがそれと同時に、サモの事を馬鹿だの元食い逃げが偉そうにだのと揶揄する者達も勿論少数ながらも居て、そんな人間達の言葉を受け流せるサモを強いとも思った。
「私も、君のようにどんな事があっても優しく強く耐え続ける心があれば…同じようになれたのだろうか…?」
「…………」
オルステッドの、魔王山では口に出来なかった疑問の言葉を聞いたサモが、急に足を止める。
「…サモ?どうしたんだい?」
「オラ、まだまだ全然強くなんてないし、我慢だってろくに出来ないッチ。オラもあんたと何も変わらないッチよ」
「え?」
「オラも…お師匠さんに出会う前は色んな人達に沢山迷惑かけたッチ」
サモはそう言って顔を伏せる。
「オラ、食い逃げくらいなら仕方ないと思っていたッチ。頭悪いせいで上手くいかなくて、なのに腹ばかり空いて、誰もオラなんて雇ってくれないんだからどうしようもないって…けど、本当は分かってたッチ。オラが食い逃げしたメシだって、それを作った人が生きてくために苦労して作ったやつで、それを奪われた人達は生活に困るんだって…気付いてても、バカなオラには他にどうして良いかも全然思いつかなくて、ずっと見ないフリしてたッチ」
「……」
「お師匠さんに出会って、この体を生かせるだけの自信を持たせて貰えなかったら、レイやユンと共に体や心を鍛えたあの日々がなかったら、きっとオラだって、いつかは耐えられなくなって、全部イヤになって投げ出したくなって…あんたみたくなってたと……そう思うッチよ」
再び上げた顔は、あの時オルステッドの前で自分なりの答えを告げた時と同じ、困ったような笑顔だった。
「オラも一度は諦めて、楽な道に走ってしまったッチ…みんながオラを許してくれても、いつの日かオラがしでかした事を覚えてる人が誰もいなくなっても、オラ自身は絶対にオラを許しちゃいけないと思うッチ」
「…そうかい」
きっかけはどうあれ、やってしまった事はもう取り返しがつかない。例えどれだけ詭弁を垂れて自分を正当化しようが、自らが誰かを苦しめた咎人であるという事実が変わる事は無く、自らの罪が消える事など決して無い。
オルステッド自身、サモのその考えは嫌という程よく分かった。
(私が犯した過ちと彼の犯した過ちでは重さにあまりにも差がありすぎると思うが…人を無闇に傷付ける事を嫌う彼にとっては、きっとどちらも大して変わらないものなのだろうな)
「やってしまった事は消えないけど…でも、でもこんなオラでも、誰かが困ってる時に助けになってあげられれば、きっとほんの少しは今までの償いになると…オラは思ってるッチ」
「償い…」
「そうッチ。迷惑かけた分、みんなを助けてあげるのが、それがオラに出来るたった一つの償いだッチ」
「……私にも、出来るだろうか?元の世界での罪を、この世界で少しでも償う事が…」
「大丈夫ッチよ。お師匠さんも言ってたッチ。『百里の道も一歩から』って…まずは始めるコトが大事なんだッチ!」
ふんっと鼻息を荒らげ、サモは満面の笑みで言い切る。先程と違い、その表情には微塵も迷いなど無かった。
「そうだ…!どうッチか?オルステッドもオラの元で心山拳を学ぶってのは?」
「私が…?」
「そうッチ。今、心山拳の門下生になってくれる人達が居ないか探してるとこなんだッチ。あんたも一緒にやってくれたら心強いッチ!」
「心山拳…確か、肉体より精神に重きを置き、『人』としての強さを追及する拳法…だったか」
うつむき、やや考えあぐねた後、ふふっと笑いながらオルステッドはサモの顔を見た。
「それも良いかもしれないな。私も、もう一度鍛え直してみようか。心というものを…」
その後、異国の青年が心山拳に入門したという話題が、麓の町を賑わせたという。
ももまんを再び平らげた後、サモはオルステッドに問う。
「…どうしたら良いんだろうな。この世界に迷いこんでしまった原因も分からないし、私には行くところも無いから」
「なら、どうするか決まるまで道場に居ると良いッチ。今はオラ一人で暮らしてるから好きに寝泊まりして良いッチよ」
「いや、でも…それは流石に君に迷惑をかけ…」
「気にすることないッチ!」
「あだっ!!?」
背中をばしーんと叩かれ、鎧すらも突き通すその掌打の威力に悶絶する。
(わ、悪気は無いのだろうが、もう少し力加減して欲しい…)
「困ってる時はお互い様ッチ。それに、寝泊まりする代わりにちょっと手伝いとかして欲しいんだッチ」
「て…手伝い?」
「そうそう。道場の近くの畑の世話とか、町へ行くのに付き合って貰うとか。あんたもあんなとこに居たんだし、この山と麓の町を往復するくらいはへっちゃらだと思うッチ」
「それくらいなら、まあ…」
「助かるッチ~!オラ、すぐに腹が減るから一人だと運ぶ途中でどんどんメシが減っちまうんだッチよ…他にメシを運んでくれる人がいるのはありがたいッチ!」
「ハ、ハハハ…」
オルステッドの手を取り、笑顔でぶんぶんと振り回すサモの姿に、オルステッドはただ苦笑いするしかなかった。
その後、二人は下山し、ユンファの市場を訪れた。
「おやサモ。久しぶりあるね」
「久しぶりッチ。何か手伝える事はないッチか?」
挨拶を返しながら、サモは住民に問う。
「丁度いいとこ来てくれたよ。火にくべる用の薪割りして欲しいね。裏手の倉庫に丸太置いてるからいくらか割って持ってきとくれ」
「おやすいご用ッチ。あ、オルステッドもちょっと手伝ってくれないッチか?」
「ああ、分かった」
サモの後に続こうとしたオルステッドだったが、突然後ろから服をくいくいとつままれ、振り返れば数人の女性がにこにこしながら彼を取り囲んでいた。
「あの…?何か…」
「お兄さん、綺麗な顔してるわね。異国のお方かしら?」
「え、あ、ああ…」
「良かったらお近づきにならない?」
「色々とお話聞かせて欲しいわ」
「いや、その…」
「あれっ?どうしたッチ?」
サモが振り返ったのを見てオルステッドは咄嗟に目で訴えると、状況を把握したのかサモは直ぐ様その場に駆け寄ってきた。
「あー…。この人はその、人見知りが激しいらしくて、知らない人に話しかけられるとどうして良いか分かんなくなっちまうみたいなんだッチ…みんなもほどほどにしてあげて欲しいッチ」
「え~?そうなの~」
「仕方ないわね~」
「それじゃあねお兄さん。遊びたくなったらいつでも言ってね。貴方なら大歓迎しちゃうわ」
オルステッドにまとわりついてきた女性達はひらひらと手を振り、離れてゆく。
「はぁ……た、助かったよ…すまない」
「顔が良いのも大変なんだッチねぇ…オラには無縁の事だからなんて言えばいいか分からないけど、とりあえずお疲れ様ッチ」
「…それは自虐と皮肉どっちだい?」
「へ?」
「ああいや…やっぱり何でもない。とりあえず行こう。先程の人を待たせたら悪い」
「そうだッチね。善は急げだッチ。早くしないとお昼になってまた腹が減るッチ」
オルステッドの言いかけた問いをさして気にするでもなく、サモはまた歩き出す。また誰かに話し掛けられて置いて行かれそうになったらたまらないと、オルステッドはなるべく彼の横に並んで歩くようにした。
「あそこで持ち運べそうな分だけ割って持ってくッチ。オラは拳で叩き割ってるけど…オルステッドは道具とかいるッチよね?」
「私には剣があるから平気だよ」
「それで割れるッチ?斧とかじゃなくて大丈夫ッチか?」
「慣れればね。見ていてくれ」
オルステッドは腰から剣を引き抜き、短く切られた丸太を放り投げるとそれを空中でものの見事に四つに割ってみせた。
「すごいッチ!早ワザだッチ~!」
「私も鍛練の一環でやってた事だからね」
「よーし、オラも頑張るッチ!…フンッ!!」
サモは台の上に丸太を置くと、その上から真っ直ぐ拳を振り下ろし、粉砕する。
「君も大概すごいと思うんだが…普通、丸太は素手で叩き割るようなものじゃないだろう?」
「いや~それほどでもないッチよ…お師匠さんはもっと綺麗に割れたッチ。オラはほら、まだ力ずくだからどうしてもちょっと押し潰すような変な砕け方してしまうッチ」
「君は人よりも手が大きいから力が分散してしまいやすいんだろうね。もっと一ヶ所に力を込められれば上手くいくと…」
オルステッドがそう言いながらサモの方を見れば、サモは目を見開きあんぐりと口を開けている。
「あ、いやすまない。余計な口出しを…」
「それッチ!!」
「!?」
「お師匠さんも言ってたッチ。『力を一点にこめる事でより鋭い一撃が繰り出せるのじゃ』って…思い出させてくれてありがとうッチ!」
サモは丸太をもう一つ台に置くと、中指の関節だけを少し突き出すような形で拳を握る。
「あの時のお師匠さんの拳の握り方…確かこうだったッチ。よし……ハァァッ!!」
突き出させた中指で丸太の中心を射抜くように叩けば、丸太は先程よりもより綺麗な形に砕け割れた。
「出来たッチ…出来たッチよ~!お師匠さんみたいに出来たッチ!!オルステッド、本当にありがとうッチ!」
「……私の一言が君の力になれたのなら何よりだ」
感極まって小躍りしながら礼を言うサモを見て、オルステッドもつられて笑みが溢れた。
(まさか、こんな今更になって誰かに感謝されるような日が来るなんて、思ってもみなかったな…)
ただただ純粋に、裏表の無いを喜びを表すサモの姿に、もはや感じる事すらも出来なくなっていたはずの心の渇きが癒され、オルステッドは胸がいっぱいになっていくのを感じた。
その後も二人は薪を割り、少々作りすぎたそれを抱え、住人に渡した。
これだけあれば当分割らずに済むと喜んだ住人は、お礼として幾らかの食料を二人に渡す。
「たらふくメシ貰えて良かったッチ~。さ、他にも何か困ってる人がいないか探しに行くッチ」
「ああ」
「お兄さん!サモさん!待って!」
「ん?」
声に振り返れば、小さな少女が息を切らせて二人の元へ駆けよって来ていた。
「あの、お家のお手伝いしてくれてありがとう!私からもこれ…少ないけど、私がお父さんと採って作った干しナツメ。良かったら二人で食べて!」
少女はそう言ってオルステッドに小袋を手渡す。
「あ、ありがとう…」
「えへへ…それじゃあね!」
照れたように笑い、また家の中へと駆けて行った少女の背を眺めるオルステッドの心の中に、不意に昔の記憶が甦った。
(昔、勇者として送り出されたあの時、ヨシュアの実を持たせてくれた少年がいたっけな。木こりの父親から貰った宝物だと言うのに、わざわざ私にくれて…)
そこまで思い出し、そして突如として頭の中のその少年の姿が真っ赤に染まる。
(あの子は最期…一体どうなったのだっけ?……私は、彼の事を、どうしたの、だっけ…?)
「…オルステッド?どうしたッチ?ナツメが好きじゃないならオラがそれ食べても良いッチか?」
「え?あ、いや…別にそういう訳じゃないんだ」
サモの声で、オルステッドの意識は現実に引き戻された。
「顔色が悪いッチよ?具合悪いッチか?」
「大丈夫だよ…ただ少し、昔を思い出しただけさ」
「……ごめんッチ」
「ああ、いや…君が悪い訳じゃないから気にしないでくれ……むしろありがとう。君が声を掛けてくれなかったら、私は……うわっ!?」
サモは唐突にオルステッドの頭に手を乗せ、わしゃわしゃとかき回すように撫でた。
「な、何を…?」
「辛かったら、オラで良ければいつでも話を聞くッチよ」
「あ……」
「気にするコトないッチ。オラだってイヤな事思い出しそうな時は、よくお師匠さんにこっそり打ち明けたりしてたッチ」
「……ああ」
その優しい言葉に、オルステッドは少し泣きそうになる。
とても温かい、大きな手のひらだと思った。
その後もユンファの市場で他にも色々な人の手伝いをしてはその礼として食料や日用品を分けて貰い、次に向かったウォンの町でも人々の手助けをし、気付けば二人は大量の荷物を抱える事となった。
「…君は、ずいぶん周囲から慕われてるんだな」
山への帰りの道中、少女から貰ったナツメを口に含みながらオルステッドはサモに言った。
サモは食べていた肉まんをむぐむぐと飲み込むと、首を横に振る。
「いんや。あれはお師匠さんが町の人達に昔から優しくしてたおかげッチ。オラもそのおかげで、ああやって皆にも優しくして貰えるだけッチよ」
「そうかい?…そうは見えなかったが」
少なくともオルステッドには、ユンファの市場の人々もウォンの町の人々も大半の人がサモの事を純粋に慕っているように見えたし、だからといって彼に頼り過ぎる事もしない、対等な立場で彼に接しているように見えて、それがとても羨ましく思えた。
だがそれと同時に、サモの事を馬鹿だの元食い逃げが偉そうにだのと揶揄する者達も勿論少数ながらも居て、そんな人間達の言葉を受け流せるサモを強いとも思った。
「私も、君のようにどんな事があっても優しく強く耐え続ける心があれば…同じようになれたのだろうか…?」
「…………」
オルステッドの、魔王山では口に出来なかった疑問の言葉を聞いたサモが、急に足を止める。
「…サモ?どうしたんだい?」
「オラ、まだまだ全然強くなんてないし、我慢だってろくに出来ないッチ。オラもあんたと何も変わらないッチよ」
「え?」
「オラも…お師匠さんに出会う前は色んな人達に沢山迷惑かけたッチ」
サモはそう言って顔を伏せる。
「オラ、食い逃げくらいなら仕方ないと思っていたッチ。頭悪いせいで上手くいかなくて、なのに腹ばかり空いて、誰もオラなんて雇ってくれないんだからどうしようもないって…けど、本当は分かってたッチ。オラが食い逃げしたメシだって、それを作った人が生きてくために苦労して作ったやつで、それを奪われた人達は生活に困るんだって…気付いてても、バカなオラには他にどうして良いかも全然思いつかなくて、ずっと見ないフリしてたッチ」
「……」
「お師匠さんに出会って、この体を生かせるだけの自信を持たせて貰えなかったら、レイやユンと共に体や心を鍛えたあの日々がなかったら、きっとオラだって、いつかは耐えられなくなって、全部イヤになって投げ出したくなって…あんたみたくなってたと……そう思うッチよ」
再び上げた顔は、あの時オルステッドの前で自分なりの答えを告げた時と同じ、困ったような笑顔だった。
「オラも一度は諦めて、楽な道に走ってしまったッチ…みんながオラを許してくれても、いつの日かオラがしでかした事を覚えてる人が誰もいなくなっても、オラ自身は絶対にオラを許しちゃいけないと思うッチ」
「…そうかい」
きっかけはどうあれ、やってしまった事はもう取り返しがつかない。例えどれだけ詭弁を垂れて自分を正当化しようが、自らが誰かを苦しめた咎人であるという事実が変わる事は無く、自らの罪が消える事など決して無い。
オルステッド自身、サモのその考えは嫌という程よく分かった。
(私が犯した過ちと彼の犯した過ちでは重さにあまりにも差がありすぎると思うが…人を無闇に傷付ける事を嫌う彼にとっては、きっとどちらも大して変わらないものなのだろうな)
「やってしまった事は消えないけど…でも、でもこんなオラでも、誰かが困ってる時に助けになってあげられれば、きっとほんの少しは今までの償いになると…オラは思ってるッチ」
「償い…」
「そうッチ。迷惑かけた分、みんなを助けてあげるのが、それがオラに出来るたった一つの償いだッチ」
「……私にも、出来るだろうか?元の世界での罪を、この世界で少しでも償う事が…」
「大丈夫ッチよ。お師匠さんも言ってたッチ。『百里の道も一歩から』って…まずは始めるコトが大事なんだッチ!」
ふんっと鼻息を荒らげ、サモは満面の笑みで言い切る。先程と違い、その表情には微塵も迷いなど無かった。
「そうだ…!どうッチか?オルステッドもオラの元で心山拳を学ぶってのは?」
「私が…?」
「そうッチ。今、心山拳の門下生になってくれる人達が居ないか探してるとこなんだッチ。あんたも一緒にやってくれたら心強いッチ!」
「心山拳…確か、肉体より精神に重きを置き、『人』としての強さを追及する拳法…だったか」
うつむき、やや考えあぐねた後、ふふっと笑いながらオルステッドはサモの顔を見た。
「それも良いかもしれないな。私も、もう一度鍛え直してみようか。心というものを…」
その後、異国の青年が心山拳に入門したという話題が、麓の町を賑わせたという。