とがにんたちのその後のお話


(一体、彼らと私達とは何が違うというのだろう?どこで間違ってしまったというのだろう?)

「……オラ…人に散々バカにされてきたッチ…けど、オラは人をバカにしたりしたコトはないッチ」

(そんな問いを投げ掛けた私に、彼は頬を赤らめて気恥ずかしそうに、しかしはっきりとした感情を込めて)

「だって…オラがされてイヤな事は、きっと人もイヤだッチよ…」

(困ったように、はにかみながらそう返した彼に私は思わず脱力して、苦笑いしながら倒れ伏してしまった)

そんな、そんなあまりにも単純な理由だけで、憎しみに打ち勝ったのかと。

(私は…彼のように自らに向けられた悪意に堪え忍ぶ事など出来なかった。あんなにも手酷く裏切られて、報復せずにはいられなかった。あいつらにやられた以上の苦しみを味わわせなければ気が済まなかった)

だが、目の前のこの男は、持って生まれた人並み外れの体という逃げようの無い理由ゆえに、他者に担がれた事すら無いまま、その存在を嘲笑われ、否定され、どうにもならない諦めの感情を抱きながら生きてきたはずだ。
それでもきっと、例え自らの存在を肯定してくれた師と出会わなかったとしても、彼は元々持っていたその信条だけは絶対に覆す事など無かったのだろう。自らの尊厳をどれだけ踏みにじられても、見返してやる事すら出来ない無力さにうちひしがれて罪人の身に落ちるしか無くても、悪意に悪意でやり返しはしなかったその優しい強さこそが、きっと彼が勝者側になれた理由なのだろう。

(私も…自分に向けられた悪意に怒りや憎しみで返そうとしなかったら、もしかしたら、彼のようになれたのだろうか?)

もはや考えても仕方の無い事だが、それでも思わずにいられなかった。
どんなに罵られ、裏切られても、諦めずに自分の事を信じてくれる人をずっと探し求め続けていたら、理解される事すらも諦めて、無関係の人間達にまで手を下す事をしなければ、こうはならなかったのだろうかと。崩れていく自らの指先を眺めながら、ぼんやりと思った。

(嗚呼、もしも叶うならば自らの罪を、必要以上に傷付けてしまった人々への行いを、贖う事が出来たら良かったのにな…)

魔王オディオ。否。オルステッドは、そのまま風塵と化し、消滅する──筈だった。





気が付けば、オルステッドは山の上に倒れていた。
しかしそこは魔王山でも雪山でもない。真っ二つに割られた巨岩と、並べられた三つの石がある見晴らしの良い山だ。

「あ、れ?ここ…は?」

オルステッドは体を起こし、辺りを見回す。来たことは無いはずなのに、どうしてだかこの光景に見覚えがあった。

(そうだ。確か、私が呼び出した者の一人がいた場所…)

「あれ?人がいるッチ?一体誰ッチか…って」

ほんわりと、穏やかな口調の声に振り向けば、布に包んだ大きな荷物を背負った太った男が、その細い目をぱちくりさせていた。

「えーと…確かあんたは…オルステッド…だったッチよね?」
「君は……」

目の前できょとんとしているのは、魔王オディオとしてのオルステッドを打ち倒した者の一人であるサモ・ハッカその人だった。

「あんた、消えたんじゃなかったッチか?」
「私もそのつもりだったが…これは一体どういう事だ…?」
「オラに聞かれても困るッチ~。オラ、あんまり頭良くないから…難しい事はよく分からないッチ」

うーん、と。二人で何とか答えを捻り出そうとしたがやはり原因は思い付かない。
どのくらいそうしていたか。不意にぐぎゅるるると、情けないような音が晴れた空に響く。

「とりあえず腹減ったッチ…メシにするッチ!」
「え、ええ…?」

言うが早いかサモは背負っていた荷をさっと降ろして広げる。中には大量の食べ物が詰め込まれており、オルステッドは急な展開について行けず困惑する。

「ほら、あんたも!ももまん食べるッチ」
「えっ?いや、あの」

サモにももまんを押し付けるように手渡され、オルステッドはどうしたら良いのかと言いたげに手元のももまんとサモを交互に見る。

「あんたもとにかく腹いっぱい食べるッチ!お腹減ると暗い気持ちになりやすいッチ。そんでもって、美味いものは幸せのモトだッチ!話をするのはたらふく食べて元気になってからだッチよ」
「えっ…あ、ああ…」
「そんじゃ、いただきますッチ!」

その場に座り込み、ばっちーんと威勢の良い合掌の音を響かせると、サモは目の前のももまんに勢い良くかぶりつく。ほとんど丸飲みではと思うほどの勢いで次々と口に運ばれていくももまんは、包みの中からどんどん消えていった。

「……」

サモの食欲に呆気に取られつつもオルステッドは意を決し、サモに貰ったももまんを恐る恐る食べる。
ふわふわの柔らかい生地の中に甘いものが入っており、クリームとはまた違うその未知の、けれど何故だか懐かしい気分になる味に、胸が暖かくなるのを感じた。

「……美味しい、な…」

そう呟くと共に、目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

(何かを食べて味を感じるのなんて、一体どれほど久しぶりだろう…いや、そもそも、最後に何かを口にした事自体、最早忘れて久しい…)

憎しみに囚われて殺戮の日々を過ごすうちに気付けば腹も減らなくなり、何も食わずとも生きていけるようになり、食事という行為自体の存在すらどこか遠いものになっていた。

「本当に…美味しいな。久しぶりにこんなに美味いものを食べた気がする…」

オルステッドはぐしぐしと目を擦って、何とか笑い顔を作る。

「うんうん。やっぱり美味いメシは人を幸せにするッチね。それに誰かと一緒に食べるメシは一人で食べるよりも、もっともっと美味しく感じるッチ」
「…ああ。そう…だな……」

(一人より、誰かと食べる食事…か)

アリシアを救いに行く道すがらハッシュやウラヌス、そしてストレイボウと共に夜営した時の事をふと思い出す。木の実や乾物だけの簡素なものであったが、まだ夢破れる前に味わったあの食事は、皆で様々な事を語り合いながら食べたあれは、確かに何故だか美味しく感じた気がする。

「ふー…沢山食べたッチ…あ、そうそう。ほいっ!お師匠さんもレイもユンも!」

サモは三つの器を取り出し、いくつか残しておいたももまんを並べられた石の前に置くと手を合わせた。

「亡くした師と、同門の者の墓か?」
「そうッチ…毎朝ここに来て、皆にお参りしてから鍛練して、それからメシにすんのがオラの日課なんだッチ」
「…食事は今したんじゃないのか?」
「へ?鍛練後のメシはまた別腹ッチよ?」
「そ、そうか…」

何を言うのかと言わんばかりのサモのきょとんとした表情に、オルステッドは顔を少し引きつらせる。

(そういえば石像を通して英雄達と各世界のオディオ達を再戦させた際も、彼は死ぬ前にもっと食っとけば良かったなどと言っていた気がするな…)

サモのあまり緊張感が無い物言いを聞いているとどうしても気が抜けてしまうなと、オルステッドは思った。

「さて、と…ちょっと失礼するッチ」

サモは墓の前から立ち上がり、割れた大岩の前に立つ。
その一瞬にして彼は雰囲気を変えた。
拳を、蹴りを、虚空に向けて、目に見えぬものへ向かって放つ。

「ハッ!!フンッ!せやぁっ!!」

後ろに転回しながら宙を蹴り上げ、くるくると旋回しながら組み付くような動作をし、力強く大地を踏みしめ両腕を突き出す。巨躯に見合わぬその軽やかな体捌きは、一種の舞踏のようにも思えた。
息を乱す事もせず、繰り出される所作は、たゆまぬ鍛練の成果なのだろう。

(どれだけ穏やかな気質の持ち主でも、やはり彼もまた、武の道を極める者なのだな)

「フシュー…」

ややあって、サモの動きが止まる。
オルステッドは思わず拍手を送った。

「へへ…照れるッチよ~」

サモはぽりぽりと頭を掻く。また元通りの穏和な雰囲気に戻っていた。

「さて、いただくとするッチ」
「いや待て、それはお供え物では無かったのか?」

先程師達の墓前に置いたももまんを手にしたサモをオルステッドは思わず制止する。

「ここに置きっぱなしじゃせっかくのももまんが腐るッチよ~。それに大丈夫ッチ。お師匠さん達ならきっと許してくれるッチ!」
「そ…そういうものなのか…?」
「そういうもんだッチ!あ、もしかしてオルステッドも一個じゃ足りないんじゃないッチか?」
「え?いや私はあれでもう十分…」
「遠慮はいらないッチ!ほら!ほらっ!」
「ああああ…わ、分かったからそんなに押し付けないでくれ…」

(ああ…本当に、調子が狂わされる…)

だが、全く気負わされる事の無いサモのマイペースな態度は、なんだかんだで気が楽だった。
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