花は散れどもいずれまた咲く
──それから、数十年後
春のある日の朝、庭先出たレスリーは家の周りにちらちらと散りばめられた淡い色の花びらに気付いた。
「あら、もうそんな時期なのね」
花びらの飛んできた方向を眺めながら、レスリーはぽつりと呟く。
「そうね…折角こんなに天気も良いんだし、少し見に行ってみようかしら」
レスリーは踵を返すとキッチンに行き、サンドイッチ等の軽食を作る。
ワインと共にバスケットに詰め込むと、それらを持って家を出た。
そうしてほんの数分歩くと、彼女は目的地であるギュスターヴとフリンの眠る墓の前に辿り着く。
「あらあら、ずいぶんと花びらまみれになっちゃって。まあ、ほぼ真下みたいなものだから仕方ないわよね」
苦笑いしながらレスリーはギュスターヴとその横のフリンの墓に降り積もった花びらを払いつつ、すぐ傍に佇む桜の木を見上げる。
植えたばかりの頃は頼りなかった幹もずいぶんと太く大きく成長し、気が付けば多くの花を咲かせるようになっていた。
墓石が綺麗になった事に満足するとレスリーは木の下に座り、バスケットの中身を取り出して食べ始める。
歴史の表舞台から身を引いたギュスターヴやフリンがレスリーと共にこの地で過ごすようになって以降、春になる度ここで桜を眺めながらピクニックをするのが彼らの恒例であった。
「あーあ、今年もここで一緒に花を眺めながら食べようって約束したのに…叶わなくなっちゃったわね。貴方ったらほんと急にぽっくり死んじゃうんだもの」
サンドイッチをワインで流し込み、ほうっと一息つくと、レスリーは文句を言うような口振りでギュスターヴの墓に向かって呟く。
「ねえギュス。私ね、ちょっとだけ貴方の事恨んでるのよ?せめてもう少し分かりやすい最期の言葉にしてくれたら良かったのに。そうしたら私だって…貴方のアニマが旅立つ瞬間を見逃さなかったのに…」
そこまで言って、レスリーはうつむき、目を閉じる。
「……なんて、こんなのは貴方に別れの言葉を伝えられなかった後悔を八つ当たりしてるだけに過ぎないなんて、分かっているけどね…」
(あの時になってようやく、人とは違うアニマを持って生まれた貴方の苦しみを、愛する人の死すらも感じ取る事の出来ない悲しみがどんなに辛いものだったかを、私は知ったから…)
ギュスターヴが亡くなってからもう半年以上経つが、レスリーは今でも彼の亡くなった日の事を昨日の出来事のように思い出す。
安らかな顔で眠るように息を引き取っていたギュスターヴを前にして、彼女は彼の感謝の言葉の意図に気付けず看取る事の出来なかった悲しみに、そしてギュスターヴが本当にアニマの無い存在だったのならば、いつか自らのアニマが還る日が来たとしてももう二度と彼に出会う事は出来ないのかもしれないという絶望に、ただただ泣き崩れる事しか出来なかった。
そんな彼女の心を救ってくれたのは、共にギュスターヴの人生を見守り続けたシルマールの言葉であった。
『彼が東大陸に向けて出港した時、理解したのです。彼は違った形のアニマを持っていただけなのだと』
『彼は教えてくれました。アニマを持たない、宿らないと思われる場所にも、それぞれのアニマがあるのだと』
(……みんなと少し違うだけ。感じ取る事は出来なくても、確かに貴方のアニマは存在していて、貴方がこの世から消え去ってしまった訳じゃ無いのなら…)
レスリーは再び目を開ける。先程綺麗にした墓石の上には、また少しばかり花びらが舞い落ちていた。
「……ねぇ、ギュス。この花びらが全て散っても時が来ればまたつぼみをつけて咲き誇るように…いつかまた、貴方のアニマと出会えるわよね?」
その問いに返事が返ってくる事は無い。それでもレスリーは、自らに言い聞かせるためにもそう問わずにはいられなかった。
それからレスリーは残りの軽食を平らげ、残ったワインをバスケットに詰め直すと立ち上がり、服を軽く払う。
「また来るわ。ギュスターヴ」
小さくそう囁き、家へ戻ろうとしたその直後だった。
『うん。またな、レスリー』
懐かしい声が聞こえた気がしてレスリーが振り向くと、ぶわりと一際強い風が吹く。
それによって散った花びらが一瞬、まるで人の姿を形作るように舞い散り、レスリーは目を見開いた。
「ギュス…?そこに、居るの……?」
レスリーは思わず手を伸ばすが、掴めたのはひとひらの花びらだけだった。
ふいに涙が頬を伝ったが、レスリーはそれを直ぐ様拭って前を見据える。
「まだまだ私は長生きするつもりだから、せいぜい待ちくたびれないようにしててよね」
気丈にそう言うと、レスリーは踵を返し、ギュスターヴとの思い出が詰まった住まいに帰るのだった。
春のある日の朝、庭先出たレスリーは家の周りにちらちらと散りばめられた淡い色の花びらに気付いた。
「あら、もうそんな時期なのね」
花びらの飛んできた方向を眺めながら、レスリーはぽつりと呟く。
「そうね…折角こんなに天気も良いんだし、少し見に行ってみようかしら」
レスリーは踵を返すとキッチンに行き、サンドイッチ等の軽食を作る。
ワインと共にバスケットに詰め込むと、それらを持って家を出た。
そうしてほんの数分歩くと、彼女は目的地であるギュスターヴとフリンの眠る墓の前に辿り着く。
「あらあら、ずいぶんと花びらまみれになっちゃって。まあ、ほぼ真下みたいなものだから仕方ないわよね」
苦笑いしながらレスリーはギュスターヴとその横のフリンの墓に降り積もった花びらを払いつつ、すぐ傍に佇む桜の木を見上げる。
植えたばかりの頃は頼りなかった幹もずいぶんと太く大きく成長し、気が付けば多くの花を咲かせるようになっていた。
墓石が綺麗になった事に満足するとレスリーは木の下に座り、バスケットの中身を取り出して食べ始める。
歴史の表舞台から身を引いたギュスターヴやフリンがレスリーと共にこの地で過ごすようになって以降、春になる度ここで桜を眺めながらピクニックをするのが彼らの恒例であった。
「あーあ、今年もここで一緒に花を眺めながら食べようって約束したのに…叶わなくなっちゃったわね。貴方ったらほんと急にぽっくり死んじゃうんだもの」
サンドイッチをワインで流し込み、ほうっと一息つくと、レスリーは文句を言うような口振りでギュスターヴの墓に向かって呟く。
「ねえギュス。私ね、ちょっとだけ貴方の事恨んでるのよ?せめてもう少し分かりやすい最期の言葉にしてくれたら良かったのに。そうしたら私だって…貴方のアニマが旅立つ瞬間を見逃さなかったのに…」
そこまで言って、レスリーはうつむき、目を閉じる。
「……なんて、こんなのは貴方に別れの言葉を伝えられなかった後悔を八つ当たりしてるだけに過ぎないなんて、分かっているけどね…」
(あの時になってようやく、人とは違うアニマを持って生まれた貴方の苦しみを、愛する人の死すらも感じ取る事の出来ない悲しみがどんなに辛いものだったかを、私は知ったから…)
ギュスターヴが亡くなってからもう半年以上経つが、レスリーは今でも彼の亡くなった日の事を昨日の出来事のように思い出す。
安らかな顔で眠るように息を引き取っていたギュスターヴを前にして、彼女は彼の感謝の言葉の意図に気付けず看取る事の出来なかった悲しみに、そしてギュスターヴが本当にアニマの無い存在だったのならば、いつか自らのアニマが還る日が来たとしてももう二度と彼に出会う事は出来ないのかもしれないという絶望に、ただただ泣き崩れる事しか出来なかった。
そんな彼女の心を救ってくれたのは、共にギュスターヴの人生を見守り続けたシルマールの言葉であった。
『彼が東大陸に向けて出港した時、理解したのです。彼は違った形のアニマを持っていただけなのだと』
『彼は教えてくれました。アニマを持たない、宿らないと思われる場所にも、それぞれのアニマがあるのだと』
(……みんなと少し違うだけ。感じ取る事は出来なくても、確かに貴方のアニマは存在していて、貴方がこの世から消え去ってしまった訳じゃ無いのなら…)
レスリーは再び目を開ける。先程綺麗にした墓石の上には、また少しばかり花びらが舞い落ちていた。
「……ねぇ、ギュス。この花びらが全て散っても時が来ればまたつぼみをつけて咲き誇るように…いつかまた、貴方のアニマと出会えるわよね?」
その問いに返事が返ってくる事は無い。それでもレスリーは、自らに言い聞かせるためにもそう問わずにはいられなかった。
それからレスリーは残りの軽食を平らげ、残ったワインをバスケットに詰め直すと立ち上がり、服を軽く払う。
「また来るわ。ギュスターヴ」
小さくそう囁き、家へ戻ろうとしたその直後だった。
『うん。またな、レスリー』
懐かしい声が聞こえた気がしてレスリーが振り向くと、ぶわりと一際強い風が吹く。
それによって散った花びらが一瞬、まるで人の姿を形作るように舞い散り、レスリーは目を見開いた。
「ギュス…?そこに、居るの……?」
レスリーは思わず手を伸ばすが、掴めたのはひとひらの花びらだけだった。
ふいに涙が頬を伝ったが、レスリーはそれを直ぐ様拭って前を見据える。
「まだまだ私は長生きするつもりだから、せいぜい待ちくたびれないようにしててよね」
気丈にそう言うと、レスリーは踵を返し、ギュスターヴとの思い出が詰まった住まいに帰るのだった。
2/2ページ
