花は散れどもいずれまた咲く

「それで、結局のところどこに植えるのが正解だと思うんだ?」
「うーむ…悩ましいですな」

彼らがまだワイドで暮らしていた頃の事。
執務室の天井を見上げ考え込むムートンの前に立つギュスターヴの手には、細い幹を真っ直ぐに伸ばす若木の植木鉢が抱えられている。

「ギュスターヴ。父上に渡す書類の内容について相談したい事が……おい、何だそれは?」
「木?ギュス様何でそんなの持ってるの?」

そこに訪れたケルヴィンとフリンは、ギュスターヴの抱えるものに目を奪われ、当初の目的も忘れて思わず駆け寄り問いかけた。

「ああ、これどっかに植えようと思うんだが、どこが良いかなって話をちょっとな」
「どっから持ってきたんだ、そんなもの」
「ほら、昨日銀帆船団の奴らが久しぶりに来ただろ?そん時に船長がくれたんだよ。遠方の島国に生えてるサクラって植物なんだが、花が綺麗だったから土産にとか言って」
「あの元海賊達か。何も木ごと渡さなくても良いだろうに…」

ケルヴィンは呆れたようにため息をつく。

「花が咲いてから散るまでの期間が結構短いらしいからな。今年は見るのが間に合わずともせめて来年にはってつもりだったんだろ」
「ねえギュス様。この木どんな花が咲くの?」
「杏に近い植物らしいから、あんな感じの淡いピンクの小ぶりな花が沢山咲くらしい。大樹に咲いた花はそれはもう圧巻らしいぞ」
「へ〜!綺麗そうだね!」
「だよな。んで、俺も見てみたいから植えようと思ってムートンに相談してたらお前らが丁度来たって訳だ」
「下手なところに植えたら景観を損ねたり、根を張り過ぎて街を囲む壁や城の地下通路を破壊してしまう可能性がありますし、かと言って城壁外の丘にひっそり植えたらそのうち誰かが無断伐採する可能性も出てきますからね。鉄製品の生産量増加のおかげで、鍛冶に使う木炭の需要には事欠かないですから」
「おい、最後のは嫌味かムートン」
「いえいえまさか。そんな訳ありませんとも」
「……」

ギュスターヴはムートンに若干睨みを利かせるが、にこにことわざとらしい程に人の良い笑顔を浮かべるムートンには敵いそうにもないと思い、それ以上言及する事は無かった。

「周囲を気にせず、かと言って他人にどうこう出来ない場所…考えると結構難しいな」
「それならうちの別荘地はどうかしら?グリューゲルとヤーデの中間らへんの海沿いにあるんだけど、結構涼しくて良い場所よ」
「えっ?」
「あれっ?レスリー。いつから居たの?」

ギュスターヴとフリンが明るいソプラノ声に振り向くと、扉の前にレスリーが立っていた。

「どんな花が咲くかを貴方がギュスターヴに聞いた辺りからかしら」
「お前のところの別荘地っつーと…ベーリング家の所有してる土地か。良いのか?」
「ええ、元々私が引き継ぐ予定になってた土地だから。結構ひらけた場所だから景観も損なわないし、木の世話は別荘の管理を任せてる使用人に頼めるし、私有地内なら人が手を出す事も無いでしょう?」
「確かに…おいギュスターヴ、悪くない話じゃないか?見に行くのに手間にはなるだろうが、少なくともムートンが出した問題点は解決出来るぞ」
「レスリーに甘えさせて貰おうよギュス様。折角の貰い物なのに育ちきる前に切り株にしなきゃいけなくなるのは勿体ないでしょ?」
「うーん…お前らがそこまで言うなら……それじゃあ、頼む。レスリー」
「ええ、任せて。近々一緒に植えに行きましょう」
「そうと決まれば、それまでに溜まっている仕事を片さなければなりませんな」
「そうだな」
「げ…そうくるかよ。別に後でもいいだろ」
「あら?どう頑張ってもここから数日掛かる距離よ?先に片しておいた方が後で泣きを見なくてすむんじゃないかしら?」
「レスリーまで…」
「ギュス様。諦めて真面目にやった方が良いと思うよ?」
「あー!!分かった!分かったよ!やれば良いんだろやれば!」

やけっぱち気味に叫ぶギュスターヴの様に、その場に居た一同はくすくすとおかしげに微笑んだ。
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