コドク狼
「ったく…あいつ等陰険にも程があるぜ。ストーカーじみた事やった挙げ句人の家族を侮辱しやがって…」
ぶつぶつ言いながらも家にたどり着いたトーワは、既に寝ているであろう妻を気使い、自宅の玄関のドアを静かに開ける。
「──…」
「─……──…」
すると、ジルの部屋の方から二人の話し声が漏れていた。
(ん?ジルはともかくもユナもまだ起きていたのか…参ったな。こんな時間に飲みに行こうとした事、絶対に叱られるんだろうな…)
どう言い訳するか悩みながら、トーワが開きかけのドアの隙間からそっと部屋を覗き込むと──その扉の向こうには、ベッドの上で語らい合う、二人のケダモノがいた。
「ユナ、部屋に戻らなくても大丈夫かい?もし先生が帰ってきたら…」
「平気よ。遅くなるって言ってたんでしょ?またいつものように酒場で酔い潰れて朝方店員から送り届けられるのがオチだわ」
「はは…確かにそうかもね」
「ところで、研究はまだ完成しなそうなの?」
「ああ、この間少し肌を若返らせるくらいの物は作れたそうだけど、不老不死にはまだまだ遠いみたいだ」
「ほんっと、早くして欲しいわ。あの人じゃないけどこのままじゃどんどんおばさんになっていくもの」
「そうだね…早く完成させなきゃ。そうして僕ら二人で永遠に生きるんだ」
「ええ…。それにしても、あの人って本当に馬鹿よね。何年も騙されてる事に気付かないんだから」
「本当は、貴族の君と平民の僕じゃ君のお父上様が結婚なんて許してくれるはずもないから、二人であの屋敷を出ていく為に体のいい理由として妻や助手にしてくれって言っただけなのにね。何年もそれを信じ込んでるんだから笑っちゃうよ」
「ほんとよね。挙げ句、信じて疑わない私達に研究成果を奪われて殺されるんだから、哀れな人よ」
「僕らが時々目を盗んではこうしてる事にも気付かないしね」
「そう…私が愛してるのは貴方だけよジル」
目前で繰り広げられられる会話に、トーワはまるで奈落の底へと突き落とされたような感覚に陥る。
(あの野郎の言ってた事は、本当だったのか…)
ふと、自分を囮にしてまで逃げ出そうとした、あの日の父親の姿をトーワは思い出した。
(ああ、そうだ。あの日、親父に見捨てられたあの日からとっくに分かりきってた事じゃないか。人間なんて信ずるに値しないという事など)
どんなに綺麗事を抜かしたところで、結局人間など己の身可愛さに簡単に他人を捨てられるものなのだと、あの時身を持って知っただろうと。
(こいつらも結局、親父や他の信者共と何も変わらなかったんだ。誰も彼も皆、オレの表面しか見ていなかったんだ。皆、自分の欲しい物さえ手に入れば何だって良かったんだ……相手など…誰でも良かったんだ……オレ自身の事など…誰も必要としては、いなかったんだ…)
自分の地位を確かなものにするため、後継ぎという存在を作った父親のように。
次期教主を崇め奉り、更なる徳を得ようと考えた信者達のように。
この二人もまた、トーワを利用するためだけに芝居をうち続けてきただけだった。
(は、は……っとに、下らねぇなぁ…一体何を夢見ていたんだかオレは…)
トーワは二人に気付かれぬよう、足音を立てぬようにしながら再び外へと舞い戻った。
(どうせ何処に行ったとこで、幾多の術不能者達を見下しそのアニマを弄んだオレの人生にもはや救いようなど無いんだろう。それならばいっそ、堕ちるとこまで堕ちてやろうじゃねぇか)
その行く先は勿論──
「ねぇ、本当にこんな場所に不老不死になるために必要なものがあるの?」
石切場の採掘場跡の洞窟の中を歩きながら、ユナが呟く。
「勿論だとも。この先にメガリスが隠されている。そこに行けば良いらしい」
「こんな場所にメガリスがあるだなんてよく調べられましたね」
「まぁな。何はともあれ、ようやくオレの望みが叶う時が来たんだ」
「そうね。私達、これでいつまでも一緒にいられるのね」
「ああ、ずっと一緒だ」
ユナの作り笑顔に、トーワもまた何も知らない振りをして笑顔で返す。
「さあ、こっちだ」
洞窟内の奥にある仕掛けを解き、隠し部屋を出現させると、トーワは二人を手招きする。
そして三人が隠し部屋へと足を踏み入れた途端、そのメガリスの機能は働いた。
「…!?」
「いや…何これ……頭が痛い!!」
「先生…これは一体…!?」
「ここのメガリスは条件に見合うだけのアニマを持たない者をスライムに変えてアニマを抽出し、より優れたアニマを持つ者に他の奴らから奪ったアニマを移し変える作用があるらしい。そしてここにいる中で最も優れたアニマを持つのはこのワシだ」
「まさか…酷い!騙したのね!!」
「ケケケケ…騙したのはどっちだろうなぁ?ワシが知らない間に二人で随分お楽しみだったようじゃねぇか。なぁ?」
「っ!!?…あ、あれは違……」
「もう遅ぇよ。あばよクズ共。てめぇらと過ごした日々は中々に愉快だったぜ。単細胞生物と化しても二人仲良く暮らせよ」
トーワはけらけらと笑う。
無邪気に、楽しそうに。まるで悪戯が成功した子供のように。
その顔には、微塵の後悔も罪悪感も見受けられ無かった。
「イ、イヤァーーー!!!!」
「ぐあああーーーー!!!!」
からんからんと、ユナが隠し持っていたナイフが床に落ち、二人が絶叫と共にスライムと化したまさにその瞬間、自身の体に大量のアニマが流れ込んでくるのをトーワは感じる。
老いた肌は瞬く間に若返り、老化によって霞んでいたはずの眼は遠くの物さえ澄み切って見えるようになった。
そして、自分の好きなように、虫や獣、あらゆる動物へと姿を変える事も今のトーワには容易い事だった。
「気分はどうだ?トーワ」
いつの間にか部屋へと入り込んで来ていたギュスターヴが、トーワに問い掛ける。
「ああ、最高だ。生まれ変わったみてぇだよ」
「そうだろう。お前は得たのだ。力を、永久の命を紡ぐだけの資質を」
「ああ、ワシの…いや、オレの悲願と復讐を叶えるための方法を教えてくれたてめぇには感謝するぜ……だがな、一つだけ覚えておけ」
トーワは人ならざる異形のものへと形を変えた自らの爪を、ギュスターヴの喉元へ突き付ける。
「オレはあの日親父と共にオレを見捨てたてめぇを許すつもりはねぇ。てめぇに心底服従する気なんざさらさらねぇ。隙あらばいつでもその依り代の喉元へ食らい付いてやるからせいぜい用心しとけ」
「…貴様がそうしたければそうすれば良い。その時は貴様の体を新たな依り代にするだけの事だ」
「はっ!そうかいそうかい…そんじゃこれからよろしく頼むぜ。ご主人サマよ」
(こうして、ちっぽけでつまらない、いてもいなくてもこの世にとっては大差の無い存在だったオレは、この世界を根底から揺るがす脅威になりうるだけの力を得た)
例えそれが、化物に魂を売るような行為であったとしても。
例えいずれは自分も他の人間達と同じように、このクヴェルへと吸収され、消えて無くなるのだと分かってはいても。
(もうそんな事はどうだっていい。強者が弱者達のアニマを食らって生き延びる、この蠱毒のようなメガリスでせっかく生き残ったんだ。せっかく選ばれたんだ。ようやくオレが優れた存在であるとこの世界に声高々に言い張れるようになったんだから!!)
こうして、最後のエーデルリッター。獣の将魔トーワは誕生した。
=====
タイトルの『コドク狼』を『孤独狼』と読むか『蠱毒狼』と読むかはお好きなように。
とりあえずトーワは小さい頃、子供が虫を殺したりするのと同じ感覚で術不能者の命を弄ぶ事になんら罪悪感を抱かないような、プライドだけは立派なクソガキでした。
そして散々人の命を軽んじた報いがきたのか全てを失い、最後には愛するものに裏切られて完全に心が壊れて、自らエーデルリッターになる道を選ぶという結末に
余談ですが偽ギュスがラウプホルツに連れてったのはサルゴンとイシスだけです。
モイは資金稼ぎを兼ねてディガーを、ミカさんはグラン・ヴァレの通行料として使う予定だった金を勝手に使った罰としてモイのヴィジランツを、そしてボルスも一般常識の欠けた二人が非常識な真似やらかさないようヴィジランツ兼お目付け役としてグラン・タイユの方に滞在してたという設定です(シリアスぶち壊しな裏事情)
ぶつぶつ言いながらも家にたどり着いたトーワは、既に寝ているであろう妻を気使い、自宅の玄関のドアを静かに開ける。
「──…」
「─……──…」
すると、ジルの部屋の方から二人の話し声が漏れていた。
(ん?ジルはともかくもユナもまだ起きていたのか…参ったな。こんな時間に飲みに行こうとした事、絶対に叱られるんだろうな…)
どう言い訳するか悩みながら、トーワが開きかけのドアの隙間からそっと部屋を覗き込むと──その扉の向こうには、ベッドの上で語らい合う、二人のケダモノがいた。
「ユナ、部屋に戻らなくても大丈夫かい?もし先生が帰ってきたら…」
「平気よ。遅くなるって言ってたんでしょ?またいつものように酒場で酔い潰れて朝方店員から送り届けられるのがオチだわ」
「はは…確かにそうかもね」
「ところで、研究はまだ完成しなそうなの?」
「ああ、この間少し肌を若返らせるくらいの物は作れたそうだけど、不老不死にはまだまだ遠いみたいだ」
「ほんっと、早くして欲しいわ。あの人じゃないけどこのままじゃどんどんおばさんになっていくもの」
「そうだね…早く完成させなきゃ。そうして僕ら二人で永遠に生きるんだ」
「ええ…。それにしても、あの人って本当に馬鹿よね。何年も騙されてる事に気付かないんだから」
「本当は、貴族の君と平民の僕じゃ君のお父上様が結婚なんて許してくれるはずもないから、二人であの屋敷を出ていく為に体のいい理由として妻や助手にしてくれって言っただけなのにね。何年もそれを信じ込んでるんだから笑っちゃうよ」
「ほんとよね。挙げ句、信じて疑わない私達に研究成果を奪われて殺されるんだから、哀れな人よ」
「僕らが時々目を盗んではこうしてる事にも気付かないしね」
「そう…私が愛してるのは貴方だけよジル」
目前で繰り広げられられる会話に、トーワはまるで奈落の底へと突き落とされたような感覚に陥る。
(あの野郎の言ってた事は、本当だったのか…)
ふと、自分を囮にしてまで逃げ出そうとした、あの日の父親の姿をトーワは思い出した。
(ああ、そうだ。あの日、親父に見捨てられたあの日からとっくに分かりきってた事じゃないか。人間なんて信ずるに値しないという事など)
どんなに綺麗事を抜かしたところで、結局人間など己の身可愛さに簡単に他人を捨てられるものなのだと、あの時身を持って知っただろうと。
(こいつらも結局、親父や他の信者共と何も変わらなかったんだ。誰も彼も皆、オレの表面しか見ていなかったんだ。皆、自分の欲しい物さえ手に入れば何だって良かったんだ……相手など…誰でも良かったんだ……オレ自身の事など…誰も必要としては、いなかったんだ…)
自分の地位を確かなものにするため、後継ぎという存在を作った父親のように。
次期教主を崇め奉り、更なる徳を得ようと考えた信者達のように。
この二人もまた、トーワを利用するためだけに芝居をうち続けてきただけだった。
(は、は……っとに、下らねぇなぁ…一体何を夢見ていたんだかオレは…)
トーワは二人に気付かれぬよう、足音を立てぬようにしながら再び外へと舞い戻った。
(どうせ何処に行ったとこで、幾多の術不能者達を見下しそのアニマを弄んだオレの人生にもはや救いようなど無いんだろう。それならばいっそ、堕ちるとこまで堕ちてやろうじゃねぇか)
その行く先は勿論──
「ねぇ、本当にこんな場所に不老不死になるために必要なものがあるの?」
石切場の採掘場跡の洞窟の中を歩きながら、ユナが呟く。
「勿論だとも。この先にメガリスが隠されている。そこに行けば良いらしい」
「こんな場所にメガリスがあるだなんてよく調べられましたね」
「まぁな。何はともあれ、ようやくオレの望みが叶う時が来たんだ」
「そうね。私達、これでいつまでも一緒にいられるのね」
「ああ、ずっと一緒だ」
ユナの作り笑顔に、トーワもまた何も知らない振りをして笑顔で返す。
「さあ、こっちだ」
洞窟内の奥にある仕掛けを解き、隠し部屋を出現させると、トーワは二人を手招きする。
そして三人が隠し部屋へと足を踏み入れた途端、そのメガリスの機能は働いた。
「…!?」
「いや…何これ……頭が痛い!!」
「先生…これは一体…!?」
「ここのメガリスは条件に見合うだけのアニマを持たない者をスライムに変えてアニマを抽出し、より優れたアニマを持つ者に他の奴らから奪ったアニマを移し変える作用があるらしい。そしてここにいる中で最も優れたアニマを持つのはこのワシだ」
「まさか…酷い!騙したのね!!」
「ケケケケ…騙したのはどっちだろうなぁ?ワシが知らない間に二人で随分お楽しみだったようじゃねぇか。なぁ?」
「っ!!?…あ、あれは違……」
「もう遅ぇよ。あばよクズ共。てめぇらと過ごした日々は中々に愉快だったぜ。単細胞生物と化しても二人仲良く暮らせよ」
トーワはけらけらと笑う。
無邪気に、楽しそうに。まるで悪戯が成功した子供のように。
その顔には、微塵の後悔も罪悪感も見受けられ無かった。
「イ、イヤァーーー!!!!」
「ぐあああーーーー!!!!」
からんからんと、ユナが隠し持っていたナイフが床に落ち、二人が絶叫と共にスライムと化したまさにその瞬間、自身の体に大量のアニマが流れ込んでくるのをトーワは感じる。
老いた肌は瞬く間に若返り、老化によって霞んでいたはずの眼は遠くの物さえ澄み切って見えるようになった。
そして、自分の好きなように、虫や獣、あらゆる動物へと姿を変える事も今のトーワには容易い事だった。
「気分はどうだ?トーワ」
いつの間にか部屋へと入り込んで来ていたギュスターヴが、トーワに問い掛ける。
「ああ、最高だ。生まれ変わったみてぇだよ」
「そうだろう。お前は得たのだ。力を、永久の命を紡ぐだけの資質を」
「ああ、ワシの…いや、オレの悲願と復讐を叶えるための方法を教えてくれたてめぇには感謝するぜ……だがな、一つだけ覚えておけ」
トーワは人ならざる異形のものへと形を変えた自らの爪を、ギュスターヴの喉元へ突き付ける。
「オレはあの日親父と共にオレを見捨てたてめぇを許すつもりはねぇ。てめぇに心底服従する気なんざさらさらねぇ。隙あらばいつでもその依り代の喉元へ食らい付いてやるからせいぜい用心しとけ」
「…貴様がそうしたければそうすれば良い。その時は貴様の体を新たな依り代にするだけの事だ」
「はっ!そうかいそうかい…そんじゃこれからよろしく頼むぜ。ご主人サマよ」
(こうして、ちっぽけでつまらない、いてもいなくてもこの世にとっては大差の無い存在だったオレは、この世界を根底から揺るがす脅威になりうるだけの力を得た)
例えそれが、化物に魂を売るような行為であったとしても。
例えいずれは自分も他の人間達と同じように、このクヴェルへと吸収され、消えて無くなるのだと分かってはいても。
(もうそんな事はどうだっていい。強者が弱者達のアニマを食らって生き延びる、この蠱毒のようなメガリスでせっかく生き残ったんだ。せっかく選ばれたんだ。ようやくオレが優れた存在であるとこの世界に声高々に言い張れるようになったんだから!!)
こうして、最後のエーデルリッター。獣の将魔トーワは誕生した。
=====
タイトルの『コドク狼』を『孤独狼』と読むか『蠱毒狼』と読むかはお好きなように。
とりあえずトーワは小さい頃、子供が虫を殺したりするのと同じ感覚で術不能者の命を弄ぶ事になんら罪悪感を抱かないような、プライドだけは立派なクソガキでした。
そして散々人の命を軽んじた報いがきたのか全てを失い、最後には愛するものに裏切られて完全に心が壊れて、自らエーデルリッターになる道を選ぶという結末に
余談ですが偽ギュスがラウプホルツに連れてったのはサルゴンとイシスだけです。
モイは資金稼ぎを兼ねてディガーを、ミカさんはグラン・ヴァレの通行料として使う予定だった金を勝手に使った罰としてモイのヴィジランツを、そしてボルスも一般常識の欠けた二人が非常識な真似やらかさないようヴィジランツ兼お目付け役としてグラン・タイユの方に滞在してたという設定です(シリアスぶち壊しな裏事情)
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