水虎は竜の夢を見る

「行け!探せ!!何としてでも海皇の宝玉を探し出せ!!」
「止めろー!!」
「オラ邪魔だ!!どけどけー!!」
「ぐあっ!!」

乗り込んできた海賊達は銀帆船団員達を次々となぎ倒していく。

「おい、海皇の宝玉はどこだ?」
「くっ…誰が言うかよ…あれはオレ達のものだ……」
「あくまで口を割らないつもりか…まぁいい。腕の一本でも切り落とせば口を割る気になんだろ!」
「く…っ!!」

「そこまでだ!!」

一人の海賊が持っていた石剣を振り上げ、船員に切りかかろうとしたその時、バットの怒号が甲板に響いた。

「ん?」
「バ…バット船長!」
「バットさん…」
「へぇ…お前がバットとやらか」
「随分とご丁寧な挨拶じゃねーか。全く派手にぶつけやがって…陸に戻ったらちゃんと修理代は払ってくれるんだろうな?」

乗り込んできた海賊達に向かって、バットは睨みをきかせる。

「へっへっへっ…生きて帰れるとでも思ってんのかよ」
「そこの下っ端共にも言った通り、俺達の狙いは海皇の宝玉だ。大人しく渡して貰おうか」
「休戦協定を忘れたのか?」
「ヒャハハハハ!!そんなもの、てめぇ等を皆殺しにしちまえば良いだけの事だ!!」

先程船員に切りかかろうとしていた海賊は下卑た笑いを浮かべると、バットに向かって行った。

「はっ…俺も舐められたもんだな…」

バットは海賊の一撃を素早くかわし、相手の懐に潜り込む。

「なっ!!?」
「老いぼれたとはいえ、銀帆船団のバットの腕はそう鈍っちゃいねえぞっ!」
「ぐえっ!!」

バットの放った剣技をまともに食らい、海賊はその場に倒れ伏した。

「おいお前ら!こんな奴等に好き放題させるんじゃねーぞ!!傷付いた奴は早く傷を癒せ!そうでない奴は応戦しろ!こいつらを海皇の宝玉に近付けさせるな!」
「了解!!」
「分かりやした!!」

バットの指揮により、船員達は再び状況を立て直したその頃、ようやくボルス達も甲板へと上がってきた。

「おお、ドンパチやってんなー。しっかし流石はバットさん。痺れるぜー」
「丁度いいや。このところモンスターにも遭遇しなくてろくに腕を振る機会もなかったし、ちょいと鈍った体を動かすとするか」
「グレアム、パオロ…お前らちょっと不謹慎だぞ」
「冗談だっつーの。お前も気合い入れてけよボルス。相手は同じ人間なんだからよ」
「ああ…」

パオロの言葉に頷くと、ボルスも海賊に押されかけている他の仲間達の元へ加勢に行った。

「く…これでも食らえ!!」
「甘いっ!」
「ぐはっ!?」
「この程度かよ…てめぇ等の船にはもっと手応えのある奴はいねーのか!?」
「ひぃっ!!」
「こいつ…つええ…」

バットは向かってきた海賊全てを蹴散らし、その周囲にいた海賊達を脅えさせた。

「流石は銀帆船団二代目船長バットと言った所か…」

その間を掻き分け、他の海賊達よりも上等な服を身にまとった男が出てくる。

「お前がこの海賊船の船長か?」
「ああ、うちの船員が随分世話になったな」
「それはお互い様だろ」
「へっ…違ぇねえ…」

バットのドスの効いた声に怯む事なく、海賊頭はにたりと下卑た笑いを浮かべた。

「俺たちゃ知ってんだぜぇ?お前らだって元は海賊だったって事をよ」
「……!」
「お前もこうやってお貴族様の船を襲ってクヴェルを手にいれたんだろ?同じ事して何が悪いってんだ」
「違う…俺達は男爵様の船を襲ってなんかいねぇ!」
「まぁ、貴族共なんざ威張ってばかりだからなぁ…気持ちは分かるぜ?」
「黙れっつってんだろ!!男爵様を愚弄するんじゃねぇっ!!」
「おいおい…こんな事で簡単に煽られてどうすんだ…よっ!」
「ぐっ!?」

冷静さを欠いたバットは海賊頭が放った一撃をかわしきれず、頬に傷を負う。

「全く、訳分かんねーな…なんでお前みたいな奴が貴族共に肩入れなんてするんだか」
「うるせぇ…そこら辺の貴族共と男爵様を一緒にするな。あの方を、俺達の故郷を大切にして下さったあの方を愚弄する事だけは…絶対許せねぇんだよっ!!」

頬から伝う血をぐいっと乱暴に拭いながら、バットはもう一度海賊頭へと向かって行った。



「くっそ…キリがねーな畜生!!」

斧を振るい敵を撃破しながらも、合間合間に仲間の傷を生命の水で癒していたボルスの顔には、明らかに疲労の色が見えていた。

「恐らくあっちも交代してチマチマ回復しながら向かってきてるんだろ…ここは海の上だ。水のアニマには事欠かないからな」
「なんか手立てはねーのかよ!?」
「…奴等のお頭さえ倒せば…だがバットさんも手こずってるようだし、そう簡単には…」
「だったら俺、親父を手伝いに言ってくる!」
「あっ!こら待てボルス!!早まるんじゃねぇ!!」

グレアムの制止も聞かず、ボルスはバットの元へ駆け出した。



「おい、どうしたんだバット船長さんよぉ?流石にその年じゃ体にこたえてきたか?」
「はっ!そっちこそ、人を挑発でもしなきゃまともに戦えねーのか?」
「言ってくれるぜ…でりゃあああっ!!」
(ふん、甘いな…懐ががら空きだ!)

バットと海賊頭がぶつかり合う、まさにその瞬間。

「どいてろ親父!!そりゃあっ!!」
「ぶべっ!!?」
「うおっ!?」

ボルスの放ったアクアバイパーが海賊頭の顔面を直撃し、その勢いで海賊頭は思い切り後ろへと吹っ飛んだ。

「へっへーん!どんなもんだ。ざまーみろ海賊が!!」
「ボルス…お前あぶねぇだろ馬鹿!!俺まで巻き込む気か!!」
「あいてっ!?殴る事ねーだろ!それに親父だって危ねーところだったじゃねーか!!」
「馬鹿言え!あんなのに負けるほど落ちぶれちゃいねぇよ!!」
「何だよ!!折角助けてやったのに!!」

こんな状況下にも関わらず、二人は取っ組み合いの喧嘩を始める。

「………」

ボルスの不意打ちから立ち直り、再び起き上がった海賊頭が剣を構え直していた事にも気付かずに──

「…っの…舐めくさってんじゃねぇぞ!!」
「!!…ボルス!避けろ!」
「うおっ!?」

バットが叫んだその時には、既にボルス目掛けて刃が降り下ろされるところであった。

(ヤベ…間に合わねぇ…っ!)

ボルスは思わず目をつむった。

しかし痛みは一向に訪れない。
恐る恐る目を開ければ、目の前にバットが立ち塞がっていた。

「なっ!?…おや…じ…」
「ったく…いつまで経ってもお前は甘いな…もっと危機感を持てっていつも言ってんだろう…に……」

そのままバットはどさりと倒れる。

「親父っ!!」

ボルスが慌てて駆け寄ると、その背は鮮血で真っ赤に染まっていた。

「バットさん!!」
「バット船長!!」
「ひひっ…よそ見してる場合かよっ!」
「ぐあっ!!」

バットがやられた事により銀帆船団の船員達は動揺し、その隙を逃さぬように海賊達は次々に襲い掛かる。

「親父…しっかりしてくれよ親父っ!!」

ボルスが必死に生命の水をかけるも、あまりにも傷が深すぎるために中々血は止まらない。
その間にも仲間達も次々に傷付いてゆく。

「あ…あ……」

(俺が…俺が余計な真似したせいで親父が…皆まで…)

自分の腕に抱えられたバットのアニマが段々と弱まっていくのを感じ、ボルスは頭が真っ白になる。

(嫌だ…こんな…こんな……)

「嫌だ…死ぬなよ親父……死ぬな…死ぬなああああああーーーーっ!!!!」

ボルスが絶叫したその瞬間、大量の海水がいきなり舞い上がったかと思うと、それがまるで雨のように降り注いだ。

「これは…」
「傷が…消えていく…?」

その雨はバットや船員達の傷を急速に癒し、たちまち体力を回復させた。

「な…何だ…」
「何なんだよこの術は…!?」

海賊達はボルスの引き起こした術に唖然とする。

「……う、うう……ボルス…?」
「親父!…よかっ…た……」
「ボルス!!」

バットが再び目を開けた事に安堵したボルスは、大掛かりな術により大量のアニマを失い過ぎた影響からか、ぐらりとよろめき倒れこむ。

「ボルス!お前なんて無茶苦茶な術を…!!死んだらどうするつもりだったんだ!!」
「…親父が死ぬ方が嫌だった、から……」
「馬鹿野郎…俺だってこんな老いぼれの為にてめぇに死なれたくねぇよ…」
「へへ…悪い…」


「ふむ…自身の生命を削り降らす癒しの雨……さしずめ生命の雨と言ったところか。どこかあのナイツの血統の女…ヘンリー・ナイツの妹ニーナ・コクランが最期に使った術を思わせるものだな…」

「あっ、アンタらは…」
「なんだ、まだ奥に乗組員がいやがったのか?」

不意に聞こえた声に船員達も海賊もそちらを見ると、ギュスターヴとその配下達が立っていた。

「面白い…やはりあいつは我が精鋭部隊エーデルリッターに加えるに値する力の持ち主のようだ。ここで殺すには惜しい。おい、行くぞ貴様ら」
「はっ!!」

ギュスターヴの言葉を皮切りに、エーデルリッター達はその人間離れした早さで海賊達に向かっていく。

「ふん、何人こようが…」
「邪魔だ」

海賊が言葉を言い終わらないうちに、サルゴンが相手の両腕を斬り落とす。

「…え?……ぎ、ぎゃああああっ!!!!」
「ひいっ!?」
「ひ、怯むなー!!別の奴らを狙え!」

仲間の悲鳴に海賊達は驚き竦み上がるも、海賊頭の一言で皆それぞれ別の相手に向かって行った。

「おらっ!死ねクソガキ!!」

海賊がモイに対して石剣を降り下ろす。
しかしモイはその刃を握ったかと思うと、そのままぼきりと剣をへし折った。

「んなぁっ!!?」
「ねぇ、おじさん達、ボルス兄ちゃん達を酷い目に遭わせたんだよね?」
「な、止めろ…ぐあああーーっ!!」

モイが手をかざすと、海賊の体はどんどん石へと変わっていく。

「僕達にとっても優しくしてくれたボルス兄ちゃん達を殺そうとするなんて僕許せないんだよ。だから…」

相手が完全に石になったところでモイは杖を構え

「跡形もなく砕け散れ!!」

削岩撃を食らわせ、相手の海賊はモイの言葉通り粉々に粉砕された。


「おい、あの女を狙うぞ!!」
「ひっひっ…色っぺえな」
「ああ…たまんねぇや」
「ふん…私も舐められたものだ…女だから弱いとでも思ったか?」

ミカは複数の海賊に囲まれるもその不遜な態度を崩さず、袖をごそごそとまさぐったかと思うと、そこから取り出した植物の種のような物を海賊達の足元に投げた。

「ん?」
「何じゃこりゃ?」
「行け。奴等を縛り上げろ」

ミカがそう呟いた瞬間、植物の種は急速に成長し、海賊達に絡み付いてその身をきつく縛り上げた。

「ぐおおおっ!!?」
「す、吸われる…」
「離せっ!離せーっ!!」
「どう?私の可愛い食人蔓草は…そのままアニマを徐々に吸い取られる感覚は?」

ミカは身動き出来ない海賊達に近寄り、サディスティックな笑みを浮かべる。

「本当はこの子達にたっぷりと栄養をつけさせたいのだけど、こんな海の上で大きくなられて船が転覆したら困るもの…残念だけど……」
「ま、待て…俺達が悪かった…許してくれ!頼む!!」

ミカが槍を構えたのを見て、海賊は必死に命乞いをする。

「ふっ…笑わせるな。もしも私とお前が逆の立場だったとしたら、お前は黙って私を見過ごしたとでも言うのか?」

それだけ言うと、ミカは海賊の腹を一気に貫いた。


「ぎゃあああーっ!!」
「嫌だー!!死にたくねぇー!!」

次々と殺されて行く仲間の姿に怖じ気付いた海賊達は、自分達の船へと退却しようとする。

「…逃がさないよ。一人残らず消してあげる……」

しかし、一人マストに登っていたイシスはそれを見逃さず、一度に大量の矢を弓につがえたかと思うと、逃げ惑う海賊目掛けて放った。

その矢は海賊達の急所に次々と突き刺さり、海賊達はそのまま尽き果てた。


「くっそ…!!」
「チェックメイトだ。丁度我々が乗り合わせた時に襲いに来たとは…つくづく運の無い奴らだな…最も、私にとっては予想外の収穫で非常にありがたい事だったが」

斬り刻まれ、ぼろぼろに成り果てた海賊頭の首に剣を突き付けながら、ギュスターヴは笑う。

「畜生…こんなところで終われるかぁぁぁっ!!」

海賊頭は最後の力を振り絞り、ギュスターヴに向かっていくが、ギュスターヴはそれを難なく斬り伏せた。

「が、は……」
「貴様らのアニマはおおよそ美味とは言い難いが、我が渇きを癒すには丁度良かったぞ。礼を言おう」


「すげぇ…」

目の前で起こった光景に、ボルスは朦朧とした意識の中呟く。

(あの強さ…やっぱりあの人は本物の……)

心の中でそう言いながら、ボルスは気を失った。



「………!!……ルス!!」
「…おいボルス!!いい加減起きろよ!!」
「う…んん?あれ、パオロ…グレアム…」

次にボルスが目を覚ました時には、不安そうな顔の仲間の姿が目の前にあった。

(あれ?つーか俺、何でベッドに…)

「はー…良かった。目覚めたか…」
「二日も目覚めないからてっきりこのまま死んじまうのかと思ったぜ…」
「二日!?」

ボルスは驚き、慌てて飛び起きた。

「ああ、ったく本当にお前って奴は…」
「…グレアム、お前泣いてんの?」
「ばっ!?違…目にゴミが入っただけだ!」
「…そうかよ。んじゃそういう事にしといてやるよ」
「わっ、笑ってんじゃねぇよ馬鹿!!」
「あいてっ!殴んなよ!!」
「はいはい、二人とも落ち着け落ち着け。それよりボルス、バットさんの所に行ってやれよ。心配してたんだぞ?」
「あ、ああ…分かった」

ボルスはベッドから立ち上がると、船長室へと歩いていった。

「親父…」
「ようやく目覚めたか」
「ああ…悪い。心配かけて」

ばつが悪そうにボルスは呟き、その後少し躊躇うかのように口をつぐんだ後、ようやく言葉を吐き出す。

「親父…その、やっぱり許してもらえないのかもしれねーけど、俺…」
「あいつらについて行きたいんだろ?」
「…ああ」
「ったく仕方ねぇな。行けよ。それがお前の決意ならもう引き止めはしない」
「…!!」
「状況こそ違えど、あいつもギュス同様うちの船と船員を救ってくれたんだ。本物と認めざるを得ないだろ」
「それじゃ…」
「だがよボルス、一つだけ覚えとけ」

バットはボルスを見据える。

「ここがお前の家だ。帰りたくなったらいつでも帰って来い。また商人として一から鍛え直してやるからよ」
「……ああ、ありがとう。親父」
「無論、扉の外で盗み聞きしてる奴らもな」
「えっ」
「へへ…」
「やっぱりバレちまいやしたか」

バットの言葉を聞いて、苦笑いを浮かべたグレアムとパオロが船長室へと入ってくる。

「グレアム!?パオロ!?」
「いやー。俺達もギュスターヴさんの剣技に惚れ込んじまってよー」
「つー訳で俺達も行くからな!」
「んなっ!?」
「お前ばかりにカッコいい思いさせてたまるかよ」
「そうそう、戦果上げまくってよ、俺達も英雄の仲間入りだぜ」
「お、お前らなぁ…!」
「いいんじゃないか?大勢の方があいつらも賑やかでよ」
「親父まで!?」
「まあ頑張ってこいよ。くれぐれも死なねえようにな」
「「りょうかーい」」

「ちくしょー!!お前ら俺が今まで何言っても聞かなかったくせにあっさり手の平返しやがって!!俺の苦労は何だったんだよーーっ!!!」



ボルスはまだ知らない。バットの最初の勘は何ら外れてはいなかった事を。
目の前で友人がスライムへと成り果て、自身も人の形を保ったまま異形の怪物へと成り果てる事を。
友を巻き込んだ罪悪感に耐えられず、自らの記憶に蓋をして、何も知らないまま二度と戻れない道へと突き進む事を。


海だけが、ただ彼らの行く末を静かに見守っていた。



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うちの将魔のうち水だけは自身の正体(将魔としての力や姿)に気付いてなくて、暴走して理性を失わない限りは将魔形態に変身出来ないんですが、理由はサルゴンとは違って力を得た高揚感より友達を巻き添えにした罪悪感が遥かに勝ってしまい、「友人と共に東大陸に来た」という記憶を忘れて無かった事にしてしまった弊害からです。
まあその後他のエーデル達の変身目撃したり、明らかに致命傷レベルの傷受けても(大気中の水のアニマ吸い取って)即座に治ったりで違和感感じて何度か思い出しかけたりもしたものの、その度に偽ギュスが記憶いじって洗脳した結果最後には自分達の肉体の異常性すら認識出来なるんですが。
あとタイトルの水虎はアレです。陸に上がった河童って事で←
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